ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
「何をやっているんだ、ヴァルトのやつは?」

 苛立つようにハインリヒは言った。リーゼロッテを連れてジークヴァルトが隣室に行ってから、小一時間は経とうとしている。

「リーゼロッテ嬢を休ませているんじゃ? 間取りからして、あっちは寝室ですよね?」

 そう言われて、そこまで思い至っていなかったハインリヒはぎょっとした顔をした。婚約者同士とはいえ、男女が寝室に二人きりというのはいかがなものか。

「いや、さすがにこの状況で、そんなことは……」

 ハインリヒの自分を納得させようとするつぶやきに、カイが深刻そうな声音でぽつりと言った。

「オレ、昔、イグナーツ様に聞いたことがあるんですけど……託宣の相手同士が肌を合わせると、すごく、気持ちがいいんだそうです」

 その言葉に、ハインリヒは思わず腰を浮かせた。

「ヴァルトだぞ!? そんなことが」
「あり得なくはないですよ。だってあんなジークヴァルト様、今まで見たことありますか?」

 カイの言葉に、ハインリヒは言葉を失った。

 確かに、笑みを浮かべるジークヴァルトなど天変地異が起こらない限りあり得ないと思っていたが、最近のジークヴァルトはリーゼロッテ相手に頻繁にその口元を綻ばせていた。たとえそれが、悪魔のような笑みであったとしても。

 しかも、今までどんな美女に言い寄られても眉間にシワしかよせなかったジークヴァルトが、自ら女性に触れるなど、いまだに我が目を疑ってしまう。そんなジークヴァルトの様子がおかしくて、リーゼロッテには悪いと思いつつ、ハインリヒはついつい笑ってしまっていたのだが。

「いや、だが、しかし、さすがにこの状況で」
「何言ってるんですか! こんな状況だからこそ燃え上がるんです!」

 バンっとテーブルを叩きながら、カイが声高に叫んだ。妙に実感のこもったカイの台詞に、ハインリヒの顔が赤くなる。

「ば、馬鹿なことを言うな」

(扉をたたいて確かめるか? いや、いきなり女性の寝室に行くなど……。アンネマリーか侍女に頼む? いやいや、万が一コトが行われたとしたら一体どうするのだ!)

 高速でハインリヒの頭がそんなことを考えていると、寝室の扉がいきなり開いた。

「ハインリヒ、玉座の間に向かうぞ」

 ジークヴァルトがリーゼロッテを連れてそのまま居間を出ていこうとする。ハインリヒは思わずふたりの着衣を確認してしまった。

「なんだー、残念。ジークヴァルト様も案外ヘタレですね」

 カイがつまらなそうに言うと、からかわれたことに気づいたハインリヒは「おい」とカイを一睨みした。カイは嗤いながら肩をすくめてみせた。
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