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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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◇
「城が騒がしいようね」
イジドーラ王妃は、離宮の自室の窓から王城を見下ろしていた。王妃の離宮は、王城と隣接しているが少し離れた場所にあった。
事前に王に言われ、娘である第三王女のピッパは第一王女の住む遠方の東宮へ行かせてある。そのほかの離宮仕えの者のほとんどに休暇を取らせていたため、離宮に残っているのは、王妃と古参の女官、数人の女性騎士くらいだった。
「イジィ」
愛称を呼ばれ振り向くと、そこにはくつろいだ格好のディートリヒ王が立っていた。ディートリヒは燃えるような見事な赤毛に金色の瞳をした美丈夫だ。
「まあ、王。この騒ぎを放っておいてよろしいのですか?」
「あれにまかせておけばよい」
手を引かれ、窓際から部屋の奥のソファへと導かれる。
「王はハインリヒに冷たすぎますわ」
ディートリヒにもたれかかりながらイジドーラは言った。
「その分イジィが手をかけているだろう?」
やさしい手つきでディートリヒはイジドーラの頬をなでる。
「ハインリヒはセレスティーヌ様の大事なお子ですもの」
前王妃であるセレスティーヌは気高く美しい女性だった。ハインリヒは性別は違えど、その彼女にそっくりな容姿をしていた。
だが、ハインリヒはセレスティーヌと違ってやさしすぎる。姉姫たちの方がよっぽどセレスティーヌの気質を受け継いでいるとイジドーラは感じていた。
もっともセレスティーヌが亡くなったのは、ハインリヒが二歳のときであったから、それも仕方のないことかもしれない。
「王はハインリヒに冷たすぎるのですわ」
もう一度イジドーラは言った。
「すべては龍の思し召しだ」
そう言うと、ディートリヒは王妃の白い手を取り、その指先に口づけた。
「イジィはあれが大事か?」
王の問いに、イジドーラは「セレスティーヌ様のお子ですもの」と同じ言葉を繰り返した。
「余よりもか?」
少し拗ねたように言われ、イジドーラは驚いたようにディートリヒを見上げた。
「まあ、王、お戯れを……。わたくし、王とセレスティーヌ様には、心から感謝しておりますのよ。茨の道からわたくしを救い出してくれた恩人ですもの」
「感謝か」
「ええ……ですから、この身が朽ちるまで……わたくしは、ずっと、王のものですわ」
イジドーラはうすい水色の瞳をそっと閉じて、ふたたびディートリヒにもたれかかった。
浮かばれぬ魂たちの哀し気な咆哮が、遠くで木霊している。ディートリヒは、イジドーラのすべらかな頬を、その手でなで続けた。
「城が騒がしいようね」
イジドーラ王妃は、離宮の自室の窓から王城を見下ろしていた。王妃の離宮は、王城と隣接しているが少し離れた場所にあった。
事前に王に言われ、娘である第三王女のピッパは第一王女の住む遠方の東宮へ行かせてある。そのほかの離宮仕えの者のほとんどに休暇を取らせていたため、離宮に残っているのは、王妃と古参の女官、数人の女性騎士くらいだった。
「イジィ」
愛称を呼ばれ振り向くと、そこにはくつろいだ格好のディートリヒ王が立っていた。ディートリヒは燃えるような見事な赤毛に金色の瞳をした美丈夫だ。
「まあ、王。この騒ぎを放っておいてよろしいのですか?」
「あれにまかせておけばよい」
手を引かれ、窓際から部屋の奥のソファへと導かれる。
「王はハインリヒに冷たすぎますわ」
ディートリヒにもたれかかりながらイジドーラは言った。
「その分イジィが手をかけているだろう?」
やさしい手つきでディートリヒはイジドーラの頬をなでる。
「ハインリヒはセレスティーヌ様の大事なお子ですもの」
前王妃であるセレスティーヌは気高く美しい女性だった。ハインリヒは性別は違えど、その彼女にそっくりな容姿をしていた。
だが、ハインリヒはセレスティーヌと違ってやさしすぎる。姉姫たちの方がよっぽどセレスティーヌの気質を受け継いでいるとイジドーラは感じていた。
もっともセレスティーヌが亡くなったのは、ハインリヒが二歳のときであったから、それも仕方のないことかもしれない。
「王はハインリヒに冷たすぎるのですわ」
もう一度イジドーラは言った。
「すべては龍の思し召しだ」
そう言うと、ディートリヒは王妃の白い手を取り、その指先に口づけた。
「イジィはあれが大事か?」
王の問いに、イジドーラは「セレスティーヌ様のお子ですもの」と同じ言葉を繰り返した。
「余よりもか?」
少し拗ねたように言われ、イジドーラは驚いたようにディートリヒを見上げた。
「まあ、王、お戯れを……。わたくし、王とセレスティーヌ様には、心から感謝しておりますのよ。茨の道からわたくしを救い出してくれた恩人ですもの」
「感謝か」
「ええ……ですから、この身が朽ちるまで……わたくしは、ずっと、王のものですわ」
イジドーラはうすい水色の瞳をそっと閉じて、ふたたびディートリヒにもたれかかった。
浮かばれぬ魂たちの哀し気な咆哮が、遠くで木霊している。ディートリヒは、イジドーラのすべらかな頬を、その手でなで続けた。
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