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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 リーゼロッテは、王太子の執務室隣の応接室にいた。ジークヴァルトは、王子殿下とやることがあるからと席を外し、珍しくカイと二人で留守番をしていた。

「ねえ、リーゼロッテ嬢。この小鬼、なんだかかわいくなってない?」
「まあ、カイ様もそうお思いになられますか?」

 ふたりがかこむテーブルの縁に、先日からリーゼロッテが浄化を試みている小さな小鬼がちょこんと腰かけていた。リーゼロッテが両足をプラプラさせている小鬼を見ると、小鬼はきゅるんとした可愛らしい目をリーゼロッテに向けた。

 はじめは他の異形とかわらずドロドロのデロデロだったが、今ではちょっとブサ可愛い小人みたいなものに変わっている。リーゼロッテが浄化を試みるうちに、小鬼の目つきがかわってきたなと思っていたが、最近では動作も可愛らしく思えてきた。

 カイが小鬼をつつくと、小鬼はイヤそうにカイの手を逃れ、テーブルから飛び降りてリーゼロッテにぽてぽてと駆け寄ってくる。

「カイ様、浄化してはだめですわよ。わたくしが試みているのですから」
「リーゼロッテ嬢、小鬼に一体何をしたの?」
「何って、ですから浄化ですわ」
「うーん、確かになんか変な方向にキレーになってるけどね」

 カイは屈みこんで小鬼の首根っこを捕まえ、自分の目の高さまで小鬼を持ち上げた。目の前でプラプラさせてまじまじと小鬼を観察していると、ハインリヒとジークヴァルトが応接室に戻ってきた。

「カイ、何してるんだ?」

 ハインリヒが聞くと、カイはつまみあげた小鬼を、ずいとハインリヒの前に近づけた。

「リーゼロッテ嬢の小鬼が、こんなになってて」

 いやいやした小鬼がカイの手を逃れて、ポトリと床へ落ちた。そのままリーゼロッテにとてとてと駆け寄り、スカートの裾にしがみついて隠れるようにもぐりこんだ。
「まあ、ポチったら」とリーゼロッテが言うと、「ポチって何?」カイがあきれるように返した。

「どう浄化したら小鬼がかわいくなるわけ? 浄化って言ったら、ねじ伏せて、ドン、でしょ」

 カイの言葉に、リーゼロッテが驚いた顔をする。

「ええ? 浄化とはそういうものなのですか?」

 異形の者を“浮かばれない死者の魂”と解釈したリーゼロッテは、どちらかというと『成仏してください』という日本でいう仏教的な概念でお祈りを繰り返していた。
 自分の“力”がどんなものなのか、今だ感じることができないリーゼロッテは、とりあえず念仏を唱えるように小鬼に語りかけていたのだ。

「それは力技すぎるだろう。まあ、浄化に抗うものは、力ずくが必要なこともあるが。リーゼロッテ嬢は、カイの言うことを真に受けなくていいよ」
「では、王子殿下。浄化とはいったいどういうものなのですか?」

 リーゼロッテのその問いに、ハインリヒは少し考え込んだ。

「どういうもの、か。あまり深く考えたことはなかったが……そうだな……わたしの場合、強いて言えば、正しい方向へ導く、という感じかな?」
「正しい方向、でございますか?」

 抽象的な言葉に、リーゼロッテは首をかしげた。

「ヴァルトはどうだ?」

 ハインリヒが聞くと、ジークヴァルトは無表情で即答した。

「もっと明るい方へ。それだけだ」

 やはり抽象的な言葉で、リーゼロッテには理解しがたかった。

「感覚的なものだから、言葉にはしづらいな。一度、その手で浄化できれば難しいことではないはずなんだけど」

(はじめて自転車に一人で乗れた時のような感覚かしら?)
「でも……ぜろいちにするのがいちばん難しいのですわ」

 リーゼロッテがぽつりと言うと、小鬼が心配そうにスカートの間から顔をのぞかせた。

 ふいにリーゼロッテの口に、クッキーが詰め込まれた。驚いて顔を上げると、ジークヴァルトが無表情のままリーゼロッテの唇にクッキーを押し付けていた。

「お前、最近食わないな。もっと食べろ」
「じーふばるとはま」

(そんなにつめこまれては咀嚼もままなりません……)
 ハムスターのようにもごもごとやっていると、カイが紅茶を淹れなおしてくれた。

「ありがとうございます、カイ様」

 ようやく口の中のものを胃に流し込むと、リーゼロッテはジークヴァルトに苦笑いを向けた。
(ジークヴァルト様なりに、なぐさめてくれたのかしら?)

 相変わらず唐突で分かりづらい男だったが、なんとなく彼の人となりが分かってきたようにも思う。
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