上 下
58 / 523
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 ジークヴァルトは毎晩、リーゼロッテの客間に、守り石に施すように力を注いでいた。異形が中に入らないための手立てだったが、部屋が広いため、毎晩時間をかけて重ね掛けを続けていたのだ。

 早朝の見回りは、リーゼロッテが移動する廊下に集まってきた異形を、一通り浄化するために行っていたのだが、ジークヴァルトはそのことをリーゼロッテに言う必要はないと思っていた。どのみち浄化しても、やつらはいつの間にかまた集まってくる。

「石を見せてくれないか?」

 いつもは断りもなく触れてくるくせに、この夜、ジークヴァルトはリーゼロッテの言葉を待っていた。言われてみれば、今、ペンダントの石は夜着の中に隠れている。
 リーゼロッテがペンダントを外してジークヴァルトに渡すと、ジークヴァルトは青い石を手のひらの上で転がし、「今日はあまりくすんでいないな」と独り言のようにつぶやいた。

「ジークヴァルト様、昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 リーゼロッテがそう言うと、ジークヴァルトは再びリーゼロッテに視線を向けた。

「いや、昨日は不測の事態だ。石を通さず力の流れを確認したらああなった。……苦しかったか?」
「い、いえ、苦しいというか……少しだけ、怖かったです」

 ぽつりと言うと、ジークヴァルトは「そうか」とそっけなく言って、リーゼロッテの頭をそっとなでた。あやすような手つきで、リーゼロッテの髪を梳く。

 リーゼロッテはくすぐったさを覚えたが、やさしい手つきに心地よさも感じていた。寝不足のせいか、うとうとしてうっかり寝てしまいそうだ。

 ゆっくりした手の動きはそのままに、ジークヴァルトは反対の手に持っていた守り石に唇を寄せた。青い石が、さらに青く輝く。いつ見てもきれいだと、リーゼロッテはとろんとした眠そうな表情で目を細めた。

 ジークヴァルトがしばらく無言で髪をなでていると、リーゼロッテの頭がこてんとジークヴァルトによりかかった。見やるとリーゼロッテは瞳を閉じて、眠ってしまったようだった。
 ジークヴァルトはしばらくの間、守り石を手にしたまま、じっとリーゼロッテを見つめていた。無防備に眠るその頬にリーゼロッテの髪がひと房かかる。

 そっと手を伸ばそうとした、その時――リーゼロッテの体から、ゆらりと何かが浮き出した。部屋の空気がピリッと一変する。

 ジークヴァルトは息をのんだ。リーゼロッテの全身から、鳥肌が立つような強い力があふれていたのだ。

 不意にカタン、と音がして、人の気配を感じた。

「リーゼロッテお嬢様?」

 リーゼロッテとジークヴァルトの姿を認めたエラが、真っ青な顔でそこに立っていた。唇がわなわなと震えている。はっとしたようにリーゼロッテが顔を上げた。

(え? わたし今寝ちゃってた?)

「お嬢様! このような時間に公爵様と何をされていたのですか?」

 部屋の明かりをつけてエラが詰め寄ると、リーゼロッテは驚いたように目を見開いた。

「ごめんなさい、エラ。起こしてしまったのね。ジークヴァルト様とは少しお話をしていただけよ。エラが心配するようなことは何もないわ」

 立ち上がってエラをのぞき込むリーゼロッテからは、先ほどの力はみじんも感じられなくなっていた。

 ジークヴァルトは無言でリーゼロッテを見つめていたが、「明日、また迎えに来る」、そう言うと、ペンダントをリーゼロッテに手渡して部屋を後にした。

 夜もかなり更けた時間になっていた。困惑しているエラをなだめて、リーゼロッテはあきらめて寝室へと向かったのだった。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。最近小鬼がかわいく見えるのだけど、どうしてかしら? 王子殿下に夢の話を聞かれたわたしは、思いがけずに小鬼を浄化してしまって!? って、ヴァルト様、そんなもの舐めるのは反則ですわ! 
 次回、第12話「涙するもの」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...