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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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ジークヴァルトは毎晩、リーゼロッテの客間に、守り石に施すように力を注いでいた。異形が中に入らないための手立てだったが、部屋が広いため、毎晩時間をかけて重ね掛けを続けていたのだ。
早朝の見回りは、リーゼロッテが移動する廊下に集まってきた異形を、一通り浄化するために行っていたのだが、ジークヴァルトはそのことをリーゼロッテに言う必要はないと思っていた。どのみち浄化しても、やつらはいつの間にかまた集まってくる。
「石を見せてくれないか?」
いつもは断りもなく触れてくるくせに、この夜、ジークヴァルトはリーゼロッテの言葉を待っていた。言われてみれば、今、ペンダントの石は夜着の中に隠れている。
リーゼロッテがペンダントを外してジークヴァルトに渡すと、ジークヴァルトは青い石を手のひらの上で転がし、「今日はあまりくすんでいないな」と独り言のようにつぶやいた。
「ジークヴァルト様、昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
リーゼロッテがそう言うと、ジークヴァルトは再びリーゼロッテに視線を向けた。
「いや、昨日は不測の事態だ。石を通さず力の流れを確認したらああなった。……苦しかったか?」
「い、いえ、苦しいというか……少しだけ、怖かったです」
ぽつりと言うと、ジークヴァルトは「そうか」とそっけなく言って、リーゼロッテの頭をそっとなでた。あやすような手つきで、リーゼロッテの髪を梳く。
リーゼロッテはくすぐったさを覚えたが、やさしい手つきに心地よさも感じていた。寝不足のせいか、うとうとしてうっかり寝てしまいそうだ。
ゆっくりした手の動きはそのままに、ジークヴァルトは反対の手に持っていた守り石に唇を寄せた。青い石が、さらに青く輝く。いつ見てもきれいだと、リーゼロッテはとろんとした眠そうな表情で目を細めた。
ジークヴァルトがしばらく無言で髪をなでていると、リーゼロッテの頭がこてんとジークヴァルトによりかかった。見やるとリーゼロッテは瞳を閉じて、眠ってしまったようだった。
ジークヴァルトはしばらくの間、守り石を手にしたまま、じっとリーゼロッテを見つめていた。無防備に眠るその頬にリーゼロッテの髪がひと房かかる。
そっと手を伸ばそうとした、その時――リーゼロッテの体から、ゆらりと何かが浮き出した。部屋の空気がピリッと一変する。
ジークヴァルトは息をのんだ。リーゼロッテの全身から、鳥肌が立つような強い力があふれていたのだ。
不意にカタン、と音がして、人の気配を感じた。
「リーゼロッテお嬢様?」
リーゼロッテとジークヴァルトの姿を認めたエラが、真っ青な顔でそこに立っていた。唇がわなわなと震えている。はっとしたようにリーゼロッテが顔を上げた。
(え? わたし今寝ちゃってた?)
「お嬢様! このような時間に公爵様と何をされていたのですか?」
部屋の明かりをつけてエラが詰め寄ると、リーゼロッテは驚いたように目を見開いた。
「ごめんなさい、エラ。起こしてしまったのね。ジークヴァルト様とは少しお話をしていただけよ。エラが心配するようなことは何もないわ」
立ち上がってエラをのぞき込むリーゼロッテからは、先ほどの力はみじんも感じられなくなっていた。
ジークヴァルトは無言でリーゼロッテを見つめていたが、「明日、また迎えに来る」、そう言うと、ペンダントをリーゼロッテに手渡して部屋を後にした。
夜もかなり更けた時間になっていた。困惑しているエラをなだめて、リーゼロッテはあきらめて寝室へと向かったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。最近小鬼がかわいく見えるのだけど、どうしてかしら? 王子殿下に夢の話を聞かれたわたしは、思いがけずに小鬼を浄化してしまって!? って、ヴァルト様、そんなもの舐めるのは反則ですわ!
次回、第12話「涙するもの」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
早朝の見回りは、リーゼロッテが移動する廊下に集まってきた異形を、一通り浄化するために行っていたのだが、ジークヴァルトはそのことをリーゼロッテに言う必要はないと思っていた。どのみち浄化しても、やつらはいつの間にかまた集まってくる。
「石を見せてくれないか?」
いつもは断りもなく触れてくるくせに、この夜、ジークヴァルトはリーゼロッテの言葉を待っていた。言われてみれば、今、ペンダントの石は夜着の中に隠れている。
リーゼロッテがペンダントを外してジークヴァルトに渡すと、ジークヴァルトは青い石を手のひらの上で転がし、「今日はあまりくすんでいないな」と独り言のようにつぶやいた。
「ジークヴァルト様、昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
リーゼロッテがそう言うと、ジークヴァルトは再びリーゼロッテに視線を向けた。
「いや、昨日は不測の事態だ。石を通さず力の流れを確認したらああなった。……苦しかったか?」
「い、いえ、苦しいというか……少しだけ、怖かったです」
ぽつりと言うと、ジークヴァルトは「そうか」とそっけなく言って、リーゼロッテの頭をそっとなでた。あやすような手つきで、リーゼロッテの髪を梳く。
リーゼロッテはくすぐったさを覚えたが、やさしい手つきに心地よさも感じていた。寝不足のせいか、うとうとしてうっかり寝てしまいそうだ。
ゆっくりした手の動きはそのままに、ジークヴァルトは反対の手に持っていた守り石に唇を寄せた。青い石が、さらに青く輝く。いつ見てもきれいだと、リーゼロッテはとろんとした眠そうな表情で目を細めた。
ジークヴァルトがしばらく無言で髪をなでていると、リーゼロッテの頭がこてんとジークヴァルトによりかかった。見やるとリーゼロッテは瞳を閉じて、眠ってしまったようだった。
ジークヴァルトはしばらくの間、守り石を手にしたまま、じっとリーゼロッテを見つめていた。無防備に眠るその頬にリーゼロッテの髪がひと房かかる。
そっと手を伸ばそうとした、その時――リーゼロッテの体から、ゆらりと何かが浮き出した。部屋の空気がピリッと一変する。
ジークヴァルトは息をのんだ。リーゼロッテの全身から、鳥肌が立つような強い力があふれていたのだ。
不意にカタン、と音がして、人の気配を感じた。
「リーゼロッテお嬢様?」
リーゼロッテとジークヴァルトの姿を認めたエラが、真っ青な顔でそこに立っていた。唇がわなわなと震えている。はっとしたようにリーゼロッテが顔を上げた。
(え? わたし今寝ちゃってた?)
「お嬢様! このような時間に公爵様と何をされていたのですか?」
部屋の明かりをつけてエラが詰め寄ると、リーゼロッテは驚いたように目を見開いた。
「ごめんなさい、エラ。起こしてしまったのね。ジークヴァルト様とは少しお話をしていただけよ。エラが心配するようなことは何もないわ」
立ち上がってエラをのぞき込むリーゼロッテからは、先ほどの力はみじんも感じられなくなっていた。
ジークヴァルトは無言でリーゼロッテを見つめていたが、「明日、また迎えに来る」、そう言うと、ペンダントをリーゼロッテに手渡して部屋を後にした。
夜もかなり更けた時間になっていた。困惑しているエラをなだめて、リーゼロッテはあきらめて寝室へと向かったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。最近小鬼がかわいく見えるのだけど、どうしてかしら? 王子殿下に夢の話を聞かれたわたしは、思いがけずに小鬼を浄化してしまって!? って、ヴァルト様、そんなもの舐めるのは反則ですわ!
次回、第12話「涙するもの」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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