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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 アンネマリーが王妃の離宮に戻っていった後、リーゼロッテは夕食の給仕に来た王城勤めの侍女たちに、ジークヴァルトのことを聞いてみた。

「あの、今日、アンネマリーに、ジークヴァルト様のお噂を聞いたのだけれど……あなた達は何か知っているかしら……?」
「まあ、リーゼロッテ様はご存じなかったのですか? 公爵様が毎夜、リーゼロッテ様のお部屋をお守りになっている話は、侍女の間では有名でございますよ」

 とても生暖かい目で見られてしまった。

「エラも知っていたの?」
「はい、お嬢様。わたしは朝かなり早い時間に部屋の外でお会いしたことがございます。公爵様からは、心配をかけるから言わないように申し付かっておりました。黙っていて申し訳ありません」

 エラがしゅんとして言った。

「そうだったの。大丈夫、怒っていないわ。言いつけにそむけるはずもないものね」

 リーゼロッテはこの“自分が守られてます感”が、むずがゆくてどうしようもなくいたたまれなく感じた。

(明日ヴァルト様に会ったら、やめてもらうように言ってみようかしら……)

 だが、ジークヴァルトが恥ずかしい、恥ずかしくないという基準で、物事を考えるような人物には思えなかった。必要だからやる。そこに余計な感情は存在しないように思えた。


 その夜、エラを下がらせた後、リーゼロッテはベッドから起き上がって、寝室のソファに腰を下ろしていた。王城に来てからずっと夢見が悪くて、眠りたくなかったのだ。

 普通に眠気はやってくるのだが、夢が怖くて眠りたくない。そんな子供じみたことを誰にも言えず、ここ最近まんじりともせず夜を明かしていた。結局はいつの間にか寝てしまっていて、毎朝、悪夢で目覚めていた。

 悪夢と言っても、掃除ができなくて部屋が片付かないとか、道具や材料がなくて料理ができないとかいう些細なものから、怪我人の手当てができずに途方に暮れるなど、見る夢の内容は様々であった。

 ふと、ジークヴァルトの噂を思い出して、リーゼロッテは夜着の上からショールをはおり、寝室から明かりの消された薄暗い居間へと向かった。時計を見れば、日付が変わって少ししたくらいの時間だった。

 小さなランプの明かりだけつけて、リーゼロッテはしばらく廊下へ出る扉の前で考え込んだ。まあ、出歩かなければいいだろうと、かちゃりと鍵を開けてそっと扉を開けてみる。

 キィっと扉が開く音がやけに大きく響く。夜の王城の廊下は暗く、しんと静まり返っていた。開けた扉から、部屋の中のわずかな光が一筋もれる。隙間から先をみやっても、誰かがいる様子はなかった。
 開けた扉からそっと顔を出そうとした瞬間、リーゼロッテは大きな腕に体を抱え込まれた。

「こんな時間に何の真似だ」
「じ、ジークヴァルト様」

 本当にいるとは思っていなかったせいか、心臓がはねて声が上ずった。

「何の真似だと聞いている」

 怒っているような声音で問われたリーゼロッテは、慌てたように抱き込まれた腕の袖をつかんでジークヴァルトを見上げた。

「も、申し訳ございません。アンネマリーに、毎夜、ジークヴァルト様がこの部屋の前にいらっしゃると聞いて……」
「だからといって確かめる奴があるか」

 ふと、廊下の遠くから人が近づく気配がする。ジークヴァルトは改めてリーゼロッテの格好を見やり、小さく舌打ちをした。

「とにかく部屋へ戻れ」

 リーゼロッテを抱き込んだまま、一緒に室内に入る。扉を閉めて、ジークヴァルトはリーゼロッテを見下ろした。ほのかな明かりの中、薄い夜着を着ただけの無防備な姿が見える。体を少し離すと、小声でジークヴァルトは問うた。

「侍女はどうした?」
「エラは先に休ませました。その、わたくし、あまり眠れなくて」

 本当は夢のせいで眠りたくなかったのだが、リーゼロッテは正直にそのことが言えなかった。
「そうか」とだけ言って、ジークヴァルトはリーゼロッテの頭に手を置いた。ぽんぽんと子供をあやすように頭をなでる。

 そこに先ほどのような怒気はなかった。完全に子ども扱いされていることに、不満よりも安心感が勝って、リーゼロッテは小さく笑った。

「無理に笑うな」

 そう言ったジークヴァルトに手を引かれて、ふたりで並んでソファに腰かけた。薄暗い室内でしばらく沈黙が続く。

「……ジークヴァルト様は、毎晩、このように遅くまでこの部屋の前にいらっしゃったのですか?」
「ああ。だが、ただの見回りだ」

 ただの見回りにしては、夜も遅すぎるような気がする。

「ジークヴァルト様。いくら王子殿下のご命令でも、そこまでご無理をなさらなくてもよろしいのでは……」
「問題ない」

 そっけなく言ってから、ジークヴァルトはじっとリーゼロッテを見つめた。
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