ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
53 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
     ◇
「アンネマリー、今日はわざわざありがとう。また会えてうれしいわ」

 リーゼロッテは王城の客間で、アンネマリーを迎え入れていた。お茶会の夜から、半月ぶりの再会であった。

「リーゼは休んでいなくて大丈夫なの? 体調を崩したときいたわ」
「ええ、問題ないわ。大事を取って今日一日休ませてもらったのだけれど、正直やることもなくて退屈していたの」

 にっこり微笑むリーゼロッテの顔は、お茶会の時よりも少し青白かった。

「食欲はある? ちゃんと眠れているの?」

 心配そうにのぞき込むアンネマリーに、リーゼロッテは明るく返した。

「大丈夫よ。お城の食事はおいしいし、ついつい食べ過ぎてしまうくらい」

 明らかに強がっているのがわかって、アンネマリーはリーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。エラは何も言わなかったが、心配顔のまま後ろで控えている。

「それよりも、アンネマリーこそ困ったことはない? 王妃様から王女殿下の話し相手を務めるよう言われたと聞いたわ」
「ええ、わたしも急な話で驚いたのだけれど。ピッパ様はとても快活で素直な愛らしい王女殿下よ。王城にいて毎日楽しいわ」

 この国の王家はとても親しみやすく、仕える者にも悪どい人間はほとんどいなかった。アンネマリーは、王宮などは陰謀渦巻くドロドロとした世界で、決して近づくものではないと思っていたのだが。自国の王室はいたって平和な人間関係ばかりだった。

「それに、リーゼの言っていた通りね。ハインリヒ様にお会いしたのだけれど……とてもおやさしい方ね」
 頬を赤らめて、アンネマリーが恥ずかしそうに言った。

「まあ、王子殿下とお会いしたのね」

 アンネマリーが王妃の茶会でどうしてあれほど王子殿下を悪く言っていたのか、リーゼロッテは今でも不思議に思っていた。

「アンネマリーは、なぜ王子殿下のことを……あんなふうに誤解していたの……?」
「……わたくしの偏見がいけなかったの」
アンネマリーは気まずそうに答えた。

「わたくし、隣国にいたときテレーズ様と懇意にさせていただいていたのだけれど……」
「テレーズ王女殿下ね。ブラオエルシュタインから隣国に輿入れされたのだったわね」
「ええ。それで、隣国の王室はそれこそ魑魅魍魎がいるような場所だったの。特に王族の男性は横柄で、女性を物としかみないような方ばかりだったのよ。国に戻って、王子殿下のお噂を聞いたとき、この国の王家の方々も同じなのだと勝手に思い込んでしまったの」

 アンネマリーは申し訳なさそうに続けた。

「テレーズ様はおやさしくて聡明な方だわ。ハインリヒ様はそんなテレーズ様の弟君であらせられるのに、勝手な妄想で貶めてしまうなんて……ひどい話よね」

 実のところアンネマリーは、隣国の王族に手籠めにされそうになったことがあった。幸いすぐに助けが入ったのだが、あの時のことを思い出すと今でも身震いしてしまう。

 テレーズの計らいもあって、逃げるように帰国した経緯もあった。その時の恐怖から、王族に対する不信感がどうしてもぬぐえなかった。王族には絶対に近づきたくない。そう強固に思わせるほどに。

 何かを察したリーゼロッテが、今度はアンネマリーをぎゅっと抱きしめた。

「ごめんなさい……何か辛いことを思い出させてしまったかしら」
「大丈夫よ。リーゼは心配性ね」
「まあ、その言葉、そのままそっくり返すわ、アンネマリー」

 ふたりは抱き合ったまま、くすくす笑いあった。
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...