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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「さあ、ハインリヒさまー、お仕事の時間ですよー」

 そんなときカイが上機嫌で執務室に顔を出した。あれこれ話しつつも、書類仕事はきちんとしていたので「サボっているように言うな。今も仕事中だ」とハインリヒは不機嫌そうに返した。

「わかってますって。おふたりでひとりの女の子の話で盛り上がっていたなんて、絶対に言いふらしませんから」
「誤解を招くようなことを言うな」
「誤解も何も事実でしょー。さあ、公務が待ってますよ。今日はご婦人が多い場所なので、はりきっていきますよ!」

 その言葉に、ハインリヒはさらにげんなりした。

「ちゃんと全力で働けよ、カイ」
「もちろんです! 王子殿下の魔の手からご婦人方は全力でお守りしますとも!」

 カイに背中を押されて出ていこうとするハインリヒが、ジークヴァルトを振り返った。

「そうだ。今日の午後、クラッセン侯爵令嬢がリーゼロッテ嬢のもとを訪れる予定になった。ヴァルトは邪魔するなよ」

 ハインリヒはそう言い残して、カイと共に公務へと向かっていった。

 ひとり残されたジークヴァルトは、横で浮かぶ守護者ののんきな顔をちらりと見やった。子供のころからずっとそこにいる存在だ。鬱陶しく思うこともあったが、今では会話することもない。

 守護者と言っても、守られたことなど一度もなかった。例えそれが、自分が死にそうな場面であったとしても。
 期待すべき相手ではないと、ジークヴァルトはいつものように意識からその存在を追いやる。

 ここ最近毎日会っていた婚約者が、今そばにいない事実に、ジークヴァルトにはなぜが物足りなさを感じていた。

 その感覚自体が謎に思えて、ジークヴァルトの視線は、しばし書類の文字を上滑りしていた。
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