48 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
6
しおりを挟む
◇
「いやー、なんか護衛騎士の間ですごい噂になってるね、リーゼロッテ嬢」
紅茶を淹れながら、カイが楽しげに言った。
「噂? 噂ってどんなですの?」
ぐったりしながらソファに沈みこんでいたリーゼロッテは、カイに聞き返した。
「鬼が妖精を連れているとか、悪魔が妖精をさらってきたとか、魔王が妖精をかどわかした、とか?」
「なぜすべて妖精なのでしょう!?」
リーゼロッテは信じられないといったふうに、頬に両手を当てて頭をふるふると振った。大きな緑の瞳をうるませて、羞恥に震えるリーゼロッテはとても庇護欲をそそる。
「あー、なんていうか、そういうところだろうねー」
自覚はないんだと、カイは苦笑した。
小さくて可愛くて可憐なリーゼロッテが、ジークヴァルトにふんわりと抱き上げられる様は、重さを感じさせない妖精そのものだった。騎士たちの中には、その背に羽がないかと真剣に探す者までいた。女に餓えた男どもにとって、リーゼロッテは奇跡のような存在となっていたのだ。
いかにジークヴァルトの婚約者と言っても、よからぬことを考える奴がいるかもしれない。リーゼロッテの無防備さが心配になってきたカイは、人差し指を立てて言い聞かせるように言った。
「リーゼロッテ嬢は、間違っても一人で王城内を出歩いたらダメだよ?」
「なぜ、みな同じことを言うのですか……」
そんなに自分は危なっかしいのだろうか。ジークヴァルトはもちろん、エラや給仕にやってくるほかの侍女たちにも、何度も何度もきつく言われていた。耳タコである。
「申し訳ないが、それに関してはわたしも同感だな」
黙って聞いていたハインリヒ王子にも苦笑気味にそう言われ、リーゼロッテはますます絶望的な顔をした。
「安心しろ。どこかへ行きたいときにはオレが連れていく」
「行きたいところとおっしゃいましても……」
ジークヴァルトにそう言われたが、王城内では客室とこの王太子用の応接室を往復する毎日だ。他に出かける用事などがあるわけもなく、リーゼロッテは首をひねった。
「ああ、リーゼロッテ嬢には窮屈な思いをさせているね。気晴らしに何かあるといいのだが」
ハインリヒの言葉にリーゼロッテはかえって恐縮してしまう。
「王子殿下。わたくし、領地のお屋敷にいるときよりも、ずっと自由に、快適に過ごさせていただいております。感謝こそすれ不満を申し上げるなんてとんでもないことですわ」
物心ついたときから毎日小鬼たちに転ばされていたことを考えると、リーゼロッテにとって今の生活はパラダイスだった。その言葉に、ハインリヒがジークヴァルトをジト目で見る。
「ヴァルト、リーゼロッテ嬢がよくできた婚約者で本当によかったな」
ジークヴァルトは聞こえなかったかのように、ふいと顔をそむけた。
「まあ、いい。リーゼロッテ嬢は何かしたいことはないかい? 今はまだ、城からは出してあげられないけど、外商を呼んで何か買ってもいいし、城下ではやりのお菓子など取り寄せてもいい」
もちろんヴァルトの支払いでね、とハインリヒは続けた。リーゼロッテは可愛らしく小首をかしげてしばらく考え込んだ。
「……でしたら、わたくし、アンネマリーと会いたいですわ。アンネマリーもまだこちらにいると伺っております。お許しいただけるのなら、少し話がしたいです」
その言葉に、なぜかハインリヒが急に咳込んだ。その後ろで、カイがニマニマと笑っている。
「王子殿下?」
「いや、失礼、何でもない。クラッセン侯爵令嬢だね。うん、わかったよ。義母上に一度お伺いを立ててみる」
アンネマリーは今、王妃の離宮に滞在している。王妃の離宮は、国王以外の男性は、王子であっても許可なく立ち入ることはできないのだ。
「それで、最近はどうだい? 力は扱えるようになってきた?」
そう話を振られて、リーゼロッテはかぶりをふった。あれから原因を探るものの、リーゼロッテの内に力は存在していても、その発動には至っていない。成果があったとすれば、ジークヴァルトがいなくても、守り石があれば異形の者が見えるようになってきたことぐらいだ。
「目詰まりだな」
ジークヴァルトのその言葉に、ハインリヒが「もっとわかるように話せ」と嘆息した。
この目詰まり発言は、ジークヴァルトからずっと言われ続けている。リーゼロッテは排水溝のように言われて、いたく傷ついていた。
「ダーミッシュ嬢の力は、内部で秩序なく対流している。この半月、流れを確認しているが、力が行き場をなくしてそのうち破裂しそうにも感じる。ある程度たまれば漏れ出てくるかとみているが、今のところその様子もない」
と、この状態をジークヴァルトは『力の目詰まり』と呼んでいる。
(だったらド〇ストでもパイプ〇ニッシュでも持ってきてよ)
毎日毎日目詰まってると言われるこちらの身にもなってほしいと、リーゼロッテは気づかれないようにため息をついた。
「……そうか、状況はわかった。だが、女性に対して目詰まりはよせ」
「そうですよー、デリカシーのない男は嫌われますよー」
「お前が言うな、カイ」
ハインリヒの突っ込みに、カイは「なんでですかー」と不服そうに返した。
「……わたくし、殿下が王太子であらせられて、我が国はこれからも安泰だと、今、改めて心からそう思いましたわ」
「非常識を前にすると、大概はまともに見えるものだよ」
リーゼロッテの言葉に、ハインリヒは微妙に遠い目をして答えた。
「いやー、なんか護衛騎士の間ですごい噂になってるね、リーゼロッテ嬢」
紅茶を淹れながら、カイが楽しげに言った。
「噂? 噂ってどんなですの?」
ぐったりしながらソファに沈みこんでいたリーゼロッテは、カイに聞き返した。
「鬼が妖精を連れているとか、悪魔が妖精をさらってきたとか、魔王が妖精をかどわかした、とか?」
「なぜすべて妖精なのでしょう!?」
リーゼロッテは信じられないといったふうに、頬に両手を当てて頭をふるふると振った。大きな緑の瞳をうるませて、羞恥に震えるリーゼロッテはとても庇護欲をそそる。
「あー、なんていうか、そういうところだろうねー」
自覚はないんだと、カイは苦笑した。
小さくて可愛くて可憐なリーゼロッテが、ジークヴァルトにふんわりと抱き上げられる様は、重さを感じさせない妖精そのものだった。騎士たちの中には、その背に羽がないかと真剣に探す者までいた。女に餓えた男どもにとって、リーゼロッテは奇跡のような存在となっていたのだ。
いかにジークヴァルトの婚約者と言っても、よからぬことを考える奴がいるかもしれない。リーゼロッテの無防備さが心配になってきたカイは、人差し指を立てて言い聞かせるように言った。
「リーゼロッテ嬢は、間違っても一人で王城内を出歩いたらダメだよ?」
「なぜ、みな同じことを言うのですか……」
そんなに自分は危なっかしいのだろうか。ジークヴァルトはもちろん、エラや給仕にやってくるほかの侍女たちにも、何度も何度もきつく言われていた。耳タコである。
「申し訳ないが、それに関してはわたしも同感だな」
黙って聞いていたハインリヒ王子にも苦笑気味にそう言われ、リーゼロッテはますます絶望的な顔をした。
「安心しろ。どこかへ行きたいときにはオレが連れていく」
「行きたいところとおっしゃいましても……」
ジークヴァルトにそう言われたが、王城内では客室とこの王太子用の応接室を往復する毎日だ。他に出かける用事などがあるわけもなく、リーゼロッテは首をひねった。
「ああ、リーゼロッテ嬢には窮屈な思いをさせているね。気晴らしに何かあるといいのだが」
ハインリヒの言葉にリーゼロッテはかえって恐縮してしまう。
「王子殿下。わたくし、領地のお屋敷にいるときよりも、ずっと自由に、快適に過ごさせていただいております。感謝こそすれ不満を申し上げるなんてとんでもないことですわ」
物心ついたときから毎日小鬼たちに転ばされていたことを考えると、リーゼロッテにとって今の生活はパラダイスだった。その言葉に、ハインリヒがジークヴァルトをジト目で見る。
「ヴァルト、リーゼロッテ嬢がよくできた婚約者で本当によかったな」
ジークヴァルトは聞こえなかったかのように、ふいと顔をそむけた。
「まあ、いい。リーゼロッテ嬢は何かしたいことはないかい? 今はまだ、城からは出してあげられないけど、外商を呼んで何か買ってもいいし、城下ではやりのお菓子など取り寄せてもいい」
もちろんヴァルトの支払いでね、とハインリヒは続けた。リーゼロッテは可愛らしく小首をかしげてしばらく考え込んだ。
「……でしたら、わたくし、アンネマリーと会いたいですわ。アンネマリーもまだこちらにいると伺っております。お許しいただけるのなら、少し話がしたいです」
その言葉に、なぜかハインリヒが急に咳込んだ。その後ろで、カイがニマニマと笑っている。
「王子殿下?」
「いや、失礼、何でもない。クラッセン侯爵令嬢だね。うん、わかったよ。義母上に一度お伺いを立ててみる」
アンネマリーは今、王妃の離宮に滞在している。王妃の離宮は、国王以外の男性は、王子であっても許可なく立ち入ることはできないのだ。
「それで、最近はどうだい? 力は扱えるようになってきた?」
そう話を振られて、リーゼロッテはかぶりをふった。あれから原因を探るものの、リーゼロッテの内に力は存在していても、その発動には至っていない。成果があったとすれば、ジークヴァルトがいなくても、守り石があれば異形の者が見えるようになってきたことぐらいだ。
「目詰まりだな」
ジークヴァルトのその言葉に、ハインリヒが「もっとわかるように話せ」と嘆息した。
この目詰まり発言は、ジークヴァルトからずっと言われ続けている。リーゼロッテは排水溝のように言われて、いたく傷ついていた。
「ダーミッシュ嬢の力は、内部で秩序なく対流している。この半月、流れを確認しているが、力が行き場をなくしてそのうち破裂しそうにも感じる。ある程度たまれば漏れ出てくるかとみているが、今のところその様子もない」
と、この状態をジークヴァルトは『力の目詰まり』と呼んでいる。
(だったらド〇ストでもパイプ〇ニッシュでも持ってきてよ)
毎日毎日目詰まってると言われるこちらの身にもなってほしいと、リーゼロッテは気づかれないようにため息をついた。
「……そうか、状況はわかった。だが、女性に対して目詰まりはよせ」
「そうですよー、デリカシーのない男は嫌われますよー」
「お前が言うな、カイ」
ハインリヒの突っ込みに、カイは「なんでですかー」と不服そうに返した。
「……わたくし、殿下が王太子であらせられて、我が国はこれからも安泰だと、今、改めて心からそう思いましたわ」
「非常識を前にすると、大概はまともに見えるものだよ」
リーゼロッテの言葉に、ハインリヒは微妙に遠い目をして答えた。
0
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる