40 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
2
しおりを挟む
リーゼロッテは、もっとジークヴァルトに対して萎縮してしまうのではないかとハインリヒは心配していた。だが、彼女はきちんと自分の意見が言えているようだ。
ジークヴァルトに対して、こんな態度を取れる女性は、身内以外ではめずらしい。騎士団に在籍するような大の男ですら、ジークヴァルトを前にすると竦んでしまうのだから。
そんなことを思いながら、ハインリヒは懐から懐中時計を取り出して、その蓋を開け時間を確かめた。開かれた時計の蓋の裏に、紫色の綺麗な石がはめ込まれている。
「王子殿下。そちらの石も守り石なのですか?」
リーゼロッテの問いかけに、ハインリヒは「ああ」と言って頷いた。
「これは亡き母の形見だが……そうだね。今ではほとんどわたしの力が込められている」
「王子殿下の守り石は紫色なのですね」
ハインリヒの守り石は、まるでアメジストのような輝きを放っていた。リーゼロッテが不思議そうに懐中時計を見つめていると、「守り石はおおむねその者の瞳の色と同じになる」とジークヴァルトが説明した。
「石には質と相性がある。誰かれなく込められるものではない」
ジークヴァルトの言葉にリーゼロッテは、「そうなのですね」と驚いたように返した。
「セレスティーヌ様もハインリヒ様と同じ紫の瞳だったんですよね?」
セレスティーヌとは前王妃、ハインリヒの実母のことだ。この国では、紫の瞳は王族にのみ時々現れるめずらしい色だった。カイが問うと、ハインリヒは「ああ」と頷いた。
「その守り石にはもともと王妃様の力が込められていたのですか?」
リーゼロッテの言葉にハインリヒは懐中時計を見つめながら答えた。
「子供の時はそうだったのだろうね。わたしもよく覚えていないが」
ハインリヒは物心つく前にセレスティーヌを亡くしている。哀しいかと問われても、母親に関しては思い出の一つもなかった。
なんとなくしんみりした空気になっていることに気づき、ハインリヒは努めて明るい声で言った。
「何にせよ、まだ一週間だ。リーゼロッテ嬢は焦ることはない」
あまり無理はしなくていい、とつけ加えると、ハインリヒはリーゼロッテにふわりと笑った。
「頑張らねばならないのは、むしろヴァルトの方だがな」
ジークヴァルトには冷ややかにそう言い残すと、王子は懐中時計の蓋をぱちりと閉めて、カイを連れて応接室を去っていった。
「と、いうわけだ。いい加減、諦めてそこへ座れ」
一人がけのソファを親指でくいとさすと、ジークヴァルトは魔王の笑みをリーゼロッテに向けた。テーブルの上で、先ほどの小さい小鬼が、不思議そうに首をかしげてそれを見守っていた。
ジークヴァルトに対して、こんな態度を取れる女性は、身内以外ではめずらしい。騎士団に在籍するような大の男ですら、ジークヴァルトを前にすると竦んでしまうのだから。
そんなことを思いながら、ハインリヒは懐から懐中時計を取り出して、その蓋を開け時間を確かめた。開かれた時計の蓋の裏に、紫色の綺麗な石がはめ込まれている。
「王子殿下。そちらの石も守り石なのですか?」
リーゼロッテの問いかけに、ハインリヒは「ああ」と言って頷いた。
「これは亡き母の形見だが……そうだね。今ではほとんどわたしの力が込められている」
「王子殿下の守り石は紫色なのですね」
ハインリヒの守り石は、まるでアメジストのような輝きを放っていた。リーゼロッテが不思議そうに懐中時計を見つめていると、「守り石はおおむねその者の瞳の色と同じになる」とジークヴァルトが説明した。
「石には質と相性がある。誰かれなく込められるものではない」
ジークヴァルトの言葉にリーゼロッテは、「そうなのですね」と驚いたように返した。
「セレスティーヌ様もハインリヒ様と同じ紫の瞳だったんですよね?」
セレスティーヌとは前王妃、ハインリヒの実母のことだ。この国では、紫の瞳は王族にのみ時々現れるめずらしい色だった。カイが問うと、ハインリヒは「ああ」と頷いた。
「その守り石にはもともと王妃様の力が込められていたのですか?」
リーゼロッテの言葉にハインリヒは懐中時計を見つめながら答えた。
「子供の時はそうだったのだろうね。わたしもよく覚えていないが」
ハインリヒは物心つく前にセレスティーヌを亡くしている。哀しいかと問われても、母親に関しては思い出の一つもなかった。
なんとなくしんみりした空気になっていることに気づき、ハインリヒは努めて明るい声で言った。
「何にせよ、まだ一週間だ。リーゼロッテ嬢は焦ることはない」
あまり無理はしなくていい、とつけ加えると、ハインリヒはリーゼロッテにふわりと笑った。
「頑張らねばならないのは、むしろヴァルトの方だがな」
ジークヴァルトには冷ややかにそう言い残すと、王子は懐中時計の蓋をぱちりと閉めて、カイを連れて応接室を去っていった。
「と、いうわけだ。いい加減、諦めてそこへ座れ」
一人がけのソファを親指でくいとさすと、ジークヴァルトは魔王の笑みをリーゼロッテに向けた。テーブルの上で、先ほどの小さい小鬼が、不思議そうに首をかしげてそれを見守っていた。
1
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる