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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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◇
リーゼロッテはふいに目覚めた。自室ではない天井と壁が目に入る。体を起こすと、胸のペンダントが夜着の中で揺れた。
窓の方を見やると、厚いカーテンの隙間から光が漏れており、ちゅんちゅんと小鳥のさえずる声が聞こえてくる。
ベッドから起き上がり、窓の方へと歩いていく。カーテンをそっとめくって、外をながめると、そこには美しく整えられた王城の庭が、朝日に照らされて広がっていた。
リーゼロッテは、眠ると必ずといっていいほど夢を見た。
時には、途方に暮れそうなほど山盛りの洗濯物をひたすら洗って干してたたむ夢だったり、ぼろぼろの大きな壁一面にペンキをキレイに塗っていく夢だったり、地面にぽっかり空いた大きな穴をスコップで懸命に埋める夢だったり。
庭に生えている細くて長い雑草が罠のように結ばれていて、脚を引っかけて転ばないようにと、庭中の草の罠を刈って回ったこともあった。
目覚めたときに疲労感を感じるほどに、リアルでへんてこな夢が多かった。そのかわり、やり遂げた達成感がハンパない、そんな夢だ。
だが今朝方見た夢は、なんだかやるせない気持ちになった。いつもの夢なら、荒れた庭を綺麗に整えて、怪我をしている人も助けることができるのに――
リーゼロッテは、そのまましばらく朝日に照らされて煌めく庭をみつめていた。
「リーゼロッテお嬢様?」
うしろから戸惑ったようなエラの声がした。振り返ると、クッキーのつまったバスケットをかかえたエラが、開かれたドアの前に立っていた。
「まだお休みかと……ノックもせずに寝室に入り申し訳ありませんでした」
エラは驚いたような声音で言った。
「お腹はすいておりませんか?」
エラは毎朝、バスケットいっぱいのクッキーを、リーゼロッテに食べさせるのが日課だった。
目覚めたばかりのリーゼロッテは、いつも寝起きが悪く、目を閉じてうつらうつらとしている。そこに、一枚一枚クッキーを食べさせると、バスケットのクッキーがなくなるころに、ようやくリーゼロッテは目を開けるのだ。
リーゼロッテが自分で起きだすなど、エラが侍女として仕えてから一度もないことだった。
「ありがとう、エラ。昨日から不思議とお腹があまり減らないわ。それよりもお水をもらえるかしら?」
慌ててコップに水を注ぎ慎重にリーゼロッテに差し出すと、エラは悲嘆に暮れたように言った。
「お嬢様が食欲をなくされるなんて! やはり慣れない王城で 体調をおくずしになったのでは……」
「きっと王子殿下とジークヴァルト様が、お力をかしてくださったからだわ。ほら、わたくし、こうやってお水を飲めているでしょう?」
割ることもなく、ガラスのコップで水を飲むのは、かなり久しぶりだ。それどころか、王城に来てから一度たりとも転んでいない。
ジークヴァルトに触れていないと、リーゼロッテには小鬼が見えなかったが、この部屋の中は安全だとジークヴァルトに説明を受けた。結界か何かがあるのだろうか?
とにかく自分が迎えに来るまで、部屋から一歩も出ないようにと、ジークヴァルトにはきつく言い渡されていた。
「王子殿下がおっしゃるには、わたくしが粗相を働くのには理由があるのだそうよ。それを治すてだてをジークヴァルト様が知っていらっしゃるの」
曖昧な言い方だったが、王城にとどまるべき理由があることは、エラにもきちんと伝わったようだ。
リーゼロッテはそのあと、王城の客室で朝食をいただいた。貴族令嬢にふさわしい、ほんの一人前の量で、リーゼロッテは十分お腹がいっぱいになったのだ。
王城に来てから、驚くことばかり起きている。
(……人生って何がおこるかわからないのね)
鏡をのぞき込み、自分の顔をまじまじと見つめながら、リーゼロッテは心からそう思った。
もちろん、鏡は割れなかった。
リーゼロッテはふいに目覚めた。自室ではない天井と壁が目に入る。体を起こすと、胸のペンダントが夜着の中で揺れた。
窓の方を見やると、厚いカーテンの隙間から光が漏れており、ちゅんちゅんと小鳥のさえずる声が聞こえてくる。
ベッドから起き上がり、窓の方へと歩いていく。カーテンをそっとめくって、外をながめると、そこには美しく整えられた王城の庭が、朝日に照らされて広がっていた。
リーゼロッテは、眠ると必ずといっていいほど夢を見た。
時には、途方に暮れそうなほど山盛りの洗濯物をひたすら洗って干してたたむ夢だったり、ぼろぼろの大きな壁一面にペンキをキレイに塗っていく夢だったり、地面にぽっかり空いた大きな穴をスコップで懸命に埋める夢だったり。
庭に生えている細くて長い雑草が罠のように結ばれていて、脚を引っかけて転ばないようにと、庭中の草の罠を刈って回ったこともあった。
目覚めたときに疲労感を感じるほどに、リアルでへんてこな夢が多かった。そのかわり、やり遂げた達成感がハンパない、そんな夢だ。
だが今朝方見た夢は、なんだかやるせない気持ちになった。いつもの夢なら、荒れた庭を綺麗に整えて、怪我をしている人も助けることができるのに――
リーゼロッテは、そのまましばらく朝日に照らされて煌めく庭をみつめていた。
「リーゼロッテお嬢様?」
うしろから戸惑ったようなエラの声がした。振り返ると、クッキーのつまったバスケットをかかえたエラが、開かれたドアの前に立っていた。
「まだお休みかと……ノックもせずに寝室に入り申し訳ありませんでした」
エラは驚いたような声音で言った。
「お腹はすいておりませんか?」
エラは毎朝、バスケットいっぱいのクッキーを、リーゼロッテに食べさせるのが日課だった。
目覚めたばかりのリーゼロッテは、いつも寝起きが悪く、目を閉じてうつらうつらとしている。そこに、一枚一枚クッキーを食べさせると、バスケットのクッキーがなくなるころに、ようやくリーゼロッテは目を開けるのだ。
リーゼロッテが自分で起きだすなど、エラが侍女として仕えてから一度もないことだった。
「ありがとう、エラ。昨日から不思議とお腹があまり減らないわ。それよりもお水をもらえるかしら?」
慌ててコップに水を注ぎ慎重にリーゼロッテに差し出すと、エラは悲嘆に暮れたように言った。
「お嬢様が食欲をなくされるなんて! やはり慣れない王城で 体調をおくずしになったのでは……」
「きっと王子殿下とジークヴァルト様が、お力をかしてくださったからだわ。ほら、わたくし、こうやってお水を飲めているでしょう?」
割ることもなく、ガラスのコップで水を飲むのは、かなり久しぶりだ。それどころか、王城に来てから一度たりとも転んでいない。
ジークヴァルトに触れていないと、リーゼロッテには小鬼が見えなかったが、この部屋の中は安全だとジークヴァルトに説明を受けた。結界か何かがあるのだろうか?
とにかく自分が迎えに来るまで、部屋から一歩も出ないようにと、ジークヴァルトにはきつく言い渡されていた。
「王子殿下がおっしゃるには、わたくしが粗相を働くのには理由があるのだそうよ。それを治すてだてをジークヴァルト様が知っていらっしゃるの」
曖昧な言い方だったが、王城にとどまるべき理由があることは、エラにもきちんと伝わったようだ。
リーゼロッテはそのあと、王城の客室で朝食をいただいた。貴族令嬢にふさわしい、ほんの一人前の量で、リーゼロッテは十分お腹がいっぱいになったのだ。
王城に来てから、驚くことばかり起きている。
(……人生って何がおこるかわからないのね)
鏡をのぞき込み、自分の顔をまじまじと見つめながら、リーゼロッテは心からそう思った。
もちろん、鏡は割れなかった。
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