上 下
30 / 523
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
 ひとしきり笑った後、カイと呼ばれた灰色の髪の少年が口を開いた。

「その守り石はジークヴァルト様のですよねー。さすがだなー、オレ、こんなにキレーに力込められないですもん」

 リーゼロッテの胸元のペンダントをのぞき込むようにまじまじと見る。

「とにかく、守り石は肌身離さず身に着けておいた方がよさそうだな」
「いや、これは、オレが子供の時に作ったできそこないだ。ないよりはましだろうが」

 ハインリヒの言葉にジークヴァルトが即座に返した。

「え? これはジークフリート様からいただいたのです」

 リーゼロッテが驚いたように顔を向けると、ジークヴァルトは一瞬、怪訝な顔をした。
 しかし、あの日、自分が作ったものを父親であるジークフリートが手渡したのだから、リーゼロッテの言うことが間違っているわけではない。
 そう結論づけると「ああ、そうだな」とだけ答えて、特に否定はしなかった。

(え? 何? ……もしかしてこのペンダントはジークヴァルト様からのプレゼントだったの……?)
 否定されなかったものの、リーゼロッテは逆に混乱していた。

「ダーミッシュ嬢、どうしてあれを身につけて来なかった?」

 先ほどした質問を、ジークヴァルトが再び問うた。
 ジークヴァルトから贈られた首飾りと耳飾りには、大ぶりの青い石がついているとエラが言っていた。
 よくはわからないが、それはきっとこのペンダントと同じように、ジークヴァルトが力を込めた守り石と言われるものだったのかもしれない。

 ぐっと言葉に困ったリーゼロッテは、しばらく逡巡したのち、心を決めた。今さら隠しても仕方がない。

「あの、実はわたくし、初めてお会したときからジークヴァルト様のことが……」

 何やら愛の告白がはじまりそうな台詞だが、リーゼロッテの口からそんなものが紡がれるはずもなく――

「黒いモヤモヤをまとう魔王に見えて、とっても恐ろしかったのです! いただいた贈り物の何もかも、怖くて触れることも見ることもかないませんでしたっ」

 一気に捲したてたリーゼロッテのその言葉に、部屋がしん、と静まり返る。

「り、リーゼロッテ嬢、予想外すぎてオレ、もうムリっ」

 その沈黙を破ったのは、やはりカイの大爆笑であった。

「……ああ、もしかしたら、周りにいる小鬼の波動に同調して、ヴァルトの力に恐怖を感じてしまっていたのかもしれないね」

 ハインリヒがそう言った横で、カイはいまだに腹を抱えて身をよじらせている。そんなカイをあきれたように一瞥してから、「お前はいい加減笑いすぎだ」とハインリヒはもう一度カイの頭を軽くはたき落とした。

「ときにリーゼロッテ嬢、今はどう思っているの? ……ヴァルトは怖い?」

 ハインリヒの問いに、リーゼロッテはきょとんとする。いまだジークヴァルトの腕の中にいたリーゼロッテは、上目遣いでジークヴァルトの青い瞳をじっとみつめた。

「ジークヴァルト様は、とっても綺麗です」
――それこそ、この守り石のように。

 リーゼロッテは答えになっているようでなってないような、そんな言葉を返す。無言で見つめ合っているふたりに、ハインリヒがわざとらしく咳ばらいをした。

「それ以上はふたりきりの時にやってくれ」

 意味不明なことを言われ、リーゼロッテは訝し気に小さく首をかしげた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

処理中です...