ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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 場の雰囲気を変えるかのように、灰色の髪の少年が冷めた紅茶を下げ、新しい紅茶をリーゼロッテの前のテーブルへと差し出した。

「よろしければどうぞ」

 琥珀色の目を細めてリーゼロッテに笑みを残すと、少年はそのままテーブルの端をみやり、何かを目で追うように視線を彷徨わせた。

 テーブルの端から真ん中を通りすぎて、リーゼロッテに提供したティーカップのあたりで、視線が一度止まる。そして、またリーゼロッテの顔をみやった。かと思うと、またカップに視線を戻す。
 リーゼロッテもつられて少年の目線の先を追うが、とくに虫など何かがいる様子も見えなかった。

「ときにリーゼロッテ嬢」

 ハインリヒの声に、リーゼロッテははっと顔を上げる。

「そこにいるソレは、見えているかい?」

 先ほどと打って変わって、明るい口調で問われた。そこにいるソレ、と王子が手袋をはめた指先で指し示した先にあるのは、くだんのティーカップであった。淹れたての紅茶が、湯気を立てている。

「そこには、紅茶がございます」

 ティーカップを見つめながら、リーゼロッテはそう答えた。遠慮せずに、飲めということだろうか?

 戸惑いつつもリーゼロッテが手を伸ばそうとしたとき、誰も触れていないカップがかちりと鳴って、紅い水面に波紋が広がった。

 がしっ

 頭頂部に衝撃を受けたリーゼロッテは、隣で沈黙を守っていたジークヴァルトに、いきなり頭を鷲掴みにされていた。ぶわっと、胸のあざが熱を持つ。そう感じた矢先、リーゼロッテの眼前が一変した。

「!!」

 目の前で芳しく湯気をあげているティーカップの周りに、何か異形の、あまり見目よろしくない小人のようなものが、わさわさとうごめいていた。紅茶の入ったカップの縁にしがみつき、がちゃがちゃとカップをゆらしている。

「んふやっ」

 よくわからない声をあげて、リーゼロッテは反射的に、横にいたジークヴァルトにしがみついた。見ると、スカートの裾にも異形の者がまとわりついて、その醜い小さな手で裾先をつかんで引っ張ろうとしている。

 さっと裾をひき、令嬢のたしなみも忘れてリーゼロッテは、両足をソファにのせ、いわゆる体育座りの格好でジークヴァルトに身を寄せた。震える手で騎士服をぎゅっとつかむ。
 見ようによっては、ちょこんと座るリーゼロッテを、ジークヴァルトが頭から包み込むように大事に守っているようにも見えた。その大きな手がリーゼロッテの頭頂部を鷲掴んでさえなければの話だが。

「ななな、なんですの、あれは」

 涙目でかたかたと震えるリーゼロッテを見て、灰色の髪の少年が、突如ぷっと噴き出した。

「リーゼロッテ嬢、まじで視えてなかったんだ! そんだけ力持ってんのに、何も視えてないなんて、すんげー、宝の持ち腐れ!」

 そのあとは大爆笑だった。

 まじであり得ないとか、かえってそんけーするとか、今までよく無事だったなとか、なんだか言いたい放題にされている。琥珀色の瞳に涙まで浮かべて腹を抱えて笑っている彼の頭を、ハインリヒ王子が、背後から小気味よくはたき落とした。

「カイ、いくら何でも笑いすぎだ」

 そう言った王子の口元も、笑いをこらえるかのように歪んでいるのを、リーゼロッテは見逃さなかった。肩をふるふると震わせ、口元に手を当てて、ふすりと息が漏れるのを必死にこらえている。

「ひどい」

 涙目になって思わずぽつりと漏らしてしまう。それをとがめるでもなくハインリヒ王子はリーゼロッテに続けて言った。

「ふ、大丈夫。その首に下げた石があれば、ぷっ、小鬼はそうそう、はっ、寄ってはこられないからっ」

 途中途中に、変な息をはさむハインリヒに、そんなにおかしいなら遠慮なく笑えばいいのにと、恨みがましく思ったリーゼロッテだった。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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