ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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 その時、近衛騎士のバリケードをすり抜けて、ひとりの令嬢が脇の方からそろりと近寄ってきていた。

 気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。

 それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。

 スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。

「ひいっ」

 令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。

 目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。

(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)

 そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。

 ふと、ここからいちばん遠い円卓に目がとまり、思わずその目を見開いた。
 王太子である自分に興味なさげに、遠巻きにたたずんでいる数人の令嬢がいたのだが、そのひとり、遠目に見ても華奢と思える小さな令嬢が、こともあろうに“とんでもないもの”を背負っていたのだ。

「おい、ヴァルト、あれを見ろ」
 手袋をはめた指でその令嬢を指し示す。

 時折、気に入られたのか取りつかれたのか、その身にをつけて歩く者がいるにはいるが、あそこまでの人間は今まで見たことがなかった。
 その令嬢の様相は、砂糖に群がるありを連想させた。

 普段、感情を表にあらわさないジークヴァルトも、さすがにぎょっとしたようだ。ジークヴァルトが二度見をするなど、そうあることではなかった。

 意味もなく、してやったり感をおぼえたが、あの令嬢を放っておくわけにもいかず、ハインリヒは王太子として、ジークヴァルトに何とかするように命令する。

 早く行けと、手をはためかすと、ジークヴァルトは一目散にその令嬢を目指していった。

 あのヴァルトが平静を欠くとは。おもしろいものが見られたものだ。
 そう思ったことは、ジークヴァルトには内緒にしておこう。からかうネタは、ここぞというときにとっておくべきだ。

 ハインリヒはそんなことを思いながら、事の成り行きを目で追ったのだった。



【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。いたいけな異世界令嬢、がんばってまーす! 不可解なお茶会のあと、待っていたのは魔王様との対決で!? え! ヴァルト様! そんなことされたら、わたしお嫁に行けなくなっちゃいます!!
 次回、第5話「悪魔の令嬢」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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