22 / 529
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
4
しおりを挟む
その時、近衛騎士のバリケードをすり抜けて、ひとりの令嬢が脇の方からそろりと近寄ってきていた。
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。
ふと、ここからいちばん遠い円卓に目がとまり、思わずその目を見開いた。
王太子である自分に興味なさげに、遠巻きにたたずんでいる数人の令嬢がいたのだが、そのひとり、遠目に見ても華奢と思える小さな令嬢が、こともあろうに“とんでもないもの”を背負っていたのだ。
「おい、ヴァルト、あれを見ろ」
手袋をはめた指でその令嬢を指し示す。
時折、気に入られたのか取りつかれたのか、その身に異形の者をつけて歩く者がいるにはいるが、あそこまでの人間は今まで見たことがなかった。
その令嬢の様相は、砂糖に群がる蟻を連想させた。
普段、感情を表にあらわさないジークヴァルトも、さすがにぎょっとしたようだ。ジークヴァルトが二度見をするなど、そうあることではなかった。
意味もなく、してやったり感をおぼえたが、あの令嬢を放っておくわけにもいかず、ハインリヒは王太子として、ジークヴァルトに何とかするように命令する。
早く行けと、手をはためかすと、ジークヴァルトは一目散にその令嬢を目指していった。
あのヴァルトが平静を欠くとは。おもしろいものが見られたものだ。
そう思ったことは、ジークヴァルトには内緒にしておこう。からかうネタは、ここぞというときにとっておくべきだ。
ハインリヒはそんなことを思いながら、事の成り行きを目で追ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。いたいけな異世界令嬢、がんばってまーす! 不可解なお茶会のあと、待っていたのは魔王様との対決で!? え! ヴァルト様! そんなことされたら、わたしお嫁に行けなくなっちゃいます!!
次回、第5話「悪魔の令嬢」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
気の弱そうなその令嬢は後方を振り返り、おそらく彼女の母親だろう夫人に助けを求めるような視線を送った。夫人は強く頷いてから顎をしゃくって、そのまま進めと令嬢に指示を出している。令嬢は涙目になりながら、意を決したように壇上の王太子へと近づこうとした。
それに気づかないふりをしたままハインリヒ王子は、ため息交じりに「ヴァルト」と後ろにいる幼馴染の名を呼んだ。その呼びかけに応えることなく、ジークヴァルトは近寄ってきた令嬢に立ちふさがるように体をずらし、無言で令嬢を見下ろした。
スカートの裾を気にしながらこっそりと壇上に登ろうとしていた令嬢は、不意にできた人影に恐る恐る顔を上げた。令嬢とジークヴァルトの視線がからみ合う。
「ひいっ」
令嬢は短く悲鳴をあげたかと思うと母親のいる方へ一目散に逃げていった。
目が合ったのはほんの一瞬だ。ジークヴァルトはずっと無表情を保っていたが、大抵の人間はジークヴァルトを前にするとこんなふうに恐怖する。睨んでいるわけでもないのに、威圧感を感じて恐れをなして逃げていくのだ。
(目が合うだけで追い払えるとは。こういうときジークヴァルトは重宝するな)
そんなことを考えながら、ハインリヒは何気なく庭の方をみやる。
ふと、ここからいちばん遠い円卓に目がとまり、思わずその目を見開いた。
王太子である自分に興味なさげに、遠巻きにたたずんでいる数人の令嬢がいたのだが、そのひとり、遠目に見ても華奢と思える小さな令嬢が、こともあろうに“とんでもないもの”を背負っていたのだ。
「おい、ヴァルト、あれを見ろ」
手袋をはめた指でその令嬢を指し示す。
時折、気に入られたのか取りつかれたのか、その身に異形の者をつけて歩く者がいるにはいるが、あそこまでの人間は今まで見たことがなかった。
その令嬢の様相は、砂糖に群がる蟻を連想させた。
普段、感情を表にあらわさないジークヴァルトも、さすがにぎょっとしたようだ。ジークヴァルトが二度見をするなど、そうあることではなかった。
意味もなく、してやったり感をおぼえたが、あの令嬢を放っておくわけにもいかず、ハインリヒは王太子として、ジークヴァルトに何とかするように命令する。
早く行けと、手をはためかすと、ジークヴァルトは一目散にその令嬢を目指していった。
あのヴァルトが平静を欠くとは。おもしろいものが見られたものだ。
そう思ったことは、ジークヴァルトには内緒にしておこう。からかうネタは、ここぞというときにとっておくべきだ。
ハインリヒはそんなことを思いながら、事の成り行きを目で追ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。いたいけな異世界令嬢、がんばってまーす! 不可解なお茶会のあと、待っていたのは魔王様との対決で!? え! ヴァルト様! そんなことされたら、わたしお嫁に行けなくなっちゃいます!!
次回、第5話「悪魔の令嬢」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
0
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる