ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 茶会の開始とともに王妃の離宮の庭園では、デビュー前の令嬢たちが王妃に挨拶するために、長い列を作っていた。

 イジドーラ王妃は、令嬢とその母親のアピールに対して適当に返事を返しつつ、初々しい令嬢たちを、目を細めながら観察していた。口もとのほくろがなんとも色香を漂わせている。王妃は始終鷹揚に頷いていた。

 今日集めたのは、社交界デビュー前の子爵位以上の令嬢たちだ。無作為に選んだわけではない。どの令嬢も、ブラオエルシュタインの長い歴史の中で、王家の血筋が混ざった経緯のある家の子女であった。

 それにしても、令嬢よりも母親によるうちの娘アピールがすさまじい。未来の王妃の母を目指す、面の皮の厚い母親ばかりだ。しかし、イジドーラはそんな夫人たちは嫌いではなかった。ある程度の野心は、貴族として認められるべき気概と言えよう。

 公爵令嬢であったイジドーラは、先の王妃がみまかられたあと、後妻としてディートリヒ王に輿入れした。上位貴族とはいえ、社交界の荒波を乗り切るには、それなりのしたたかさが必要だった。

 しかし、今回ばかりは選ぶのはハインリヒだ。自分にすりよったとしても、意味をなさない。
 あわれな息子は、運命の令嬢を迷子にしてしまっている。血を分けた子ではないが、心から幸せになってほしいと願う程度には、イジドーラはハインリヒのことをかわいく思っていた。
 本人に嫌がられようと、母として自分にできることをしてやりたかったのだ。

 ようやく、令嬢のご機嫌うかがいの列に終わりが見えてきた。

「クラッセン侯爵長女、アンネマリー・クラッセンでございます。王妃様、本日は素晴らしいお茶会にお招きいただきまして、恐悦至極に存じます」


 めずらしく母親のつきそいのない令嬢が礼を取った。ふわふわの亜麻色の髪のかわいらしい令嬢だ。

(これはドストライクね)

 令嬢のメリハリのある柔らかそうな体を観察しつつ、王妃は声をかけた。

「クラッセン侯爵は、外交で隣国へ赴いていたわね。侯爵の手腕はなかなかのもの。これからも頼りにしているわ」
「恐れ多いお言葉、ありがたき幸せにございます。父が泣いて喜びますわ」

 侯爵令嬢自身はそれほど感動したそぶりもみせず、社交的な笑顔をその口元に張り付かせていた。

(クラッセンといえば、ジルケが嫁いだところね。言われてみればジルケにそっくりだこと)

 旧知のたれ目の侯爵夫人を思い浮かべ、王妃は懐かしそうに眼を細めた。侯爵令嬢は、堂々とした態度で王妃に臆することもなく、挨拶を終えてさっさと去っていった。

「……アンネマリー、ね」
 王妃は口元を扇でおおい、後ろに控える女官にひそひそと声をかけた。

「たしかあの娘もクラッセン侯爵と一緒にしばらく隣国へいたはずだわ。詳しく調べ上げなさい」
 女官は小さくうなずいて、仰せのままにと頭を下げた。

 最後の令嬢も、母親を伴わずにやってきた。先ほどのアンネマリーと比べて、華奢で線の細い、やせっぽちの令嬢だった。しかし、足取りはゆっくりと優雅で、そのひとつひとつの動作が見る者の視線をうばう。

「ダーミッシュ伯爵が長女、リーゼロッテ・メア・ダーミッシュにございます」

 やはりゆっくりとした所作で、令嬢は王妃に礼を取った。彼女は、どの令嬢よりも幼く見えるのに、どの令嬢よりも気品にあふれていた。まるで王妃教育を厳しく受けた高貴な令嬢のようであった。

 しかし、王妃は、別のことに眉をひそめた。ハニーブロンドに緑の瞳の令嬢は、リーゼロッテ・メア・ダーミッシュと名乗った。
 メアを受けた令嬢は、フーゲンベルクの託宣の相手であったはずだ。思わずそのことを口からもらしてしまう。

 そこで、はたと王妃は思った。ひとつの託宣を受けた令嬢が、また別の託宣の相手に選ばれることだってあり得るかもしれない。現に今、ハインリヒの可愛い人候補として、既婚女性も並べ挙げているのだから。

――龍は時に気まぐれを起こすのだ。
 夫であるディートリヒ王が、いつだかそう言っていたのを思い出す。

「そう……。そうね、そういうこともあるわよね」

 ハインリヒとあの可愛げのないジークヴァルトが、この令嬢を取り合う姿を想像して、イジドーラ王妃は、その口元にあやしげな笑みをいたのだった。
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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