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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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「お嬢様、今回は正式なお茶会ですから、コルセットはなさった方がいいかと思います」
エラに言われて、リーゼロッテはコルセットをつけてみた。背中の紐を締められていき、呼吸が圧迫される。
「もっと締めるのが一般的ですが、お嬢様はコルセットに慣れておられませんので、緩めにしておきます」
エラはそう言ったが、リーゼロッテにしてみれば、十分苦しい閉め具合だった。しかし、締め終わったコルセットの胸を見て、「まあ」とリーゼロッテは声を上げた。そこにささやかな谷間ができていたからだ。それを見たエラは微笑ましそうに顔を緩めた。
ふたりでニコニコしながら、三年前にあつらえたドレスに袖を通してみた。エラに背中のボタンを留めてもらいながら、次第にふたりの顔から笑顔が消えていく。
「…………」
「…………」
ぴったりだった。三年たった今でも、ドレスは今まさにリーゼロッテのためにあつらえられたかの如くぴったりであった。悲しいかな、特に胸まわりが。
なぜだ。寄せて上げたハズなのに。
「やはり裾は少々短くなっておりますねっ。ウエストは以前より細くおなりのようで、うらやましい限りですっ。胸元も大人っぽくなるように、今流行りのレースとリボンをあしらって、お嬢様にお似合いのドレスに手直しいたしますわっ。お嬢様、このエラにっ、このエラにお任せください!!」
「……ありがとう、エラ」
一ミリたりとて成長していないその胸に、一切触れようとしないエラに、リーゼロッテは力なくお礼を言った。
(そのやさしさがかえってツライ……)
心の中では滂沱の涙であった。
「リーゼ、ドレスは決まったの?」
クリスタがリーゼロッテの様子を見に部屋を訪れた。
「まあ、お義母様。足を痛めてらっしゃるのにご無理をなさってはいけませんわ」
「ダニエルがいるから大丈夫よ。それより、ドレスはフーゲンベルク家からいただいているのでしょう? どれにしたの?」
ちょっとウキウキした口調でクリスタは聞いた。
「奥様、それがあいにくと、公爵様から頂いたドレスはどれも冬物か夏物で、今の時期に合うものがなかったのです」
(ナイスよ、エラ!)
「あら、そうなの? でも、そのドレスは数年前にあつらえたものではない? ちょっとデザインが子供っぽくないかしら」
「そこはわたしにおまかせください、奥様。お嬢様の魅力を最大限に輝かせるドレスに仕立て直して見せます!」
「でも、あと数日しかないし、やっぱり公爵家から贈っていただいたどれかにしてはどう? 確か、薄いブルーのドレスがあったわよね。今の時期になら、合わないことはないのじゃないかしら?」
義母のその言葉にリーゼロッテは慌てたように目を潤ませる。
「お義母様、わたくしどうしてもこのドレスが着たいですわ。はじめて仕立てていただいたドレスですもの。こちらでお茶会に出席したいのです」
両手を胸の前で組んで、リーゼロッテは懇願するように言った。
クリスタは三年前、リーゼロッテがはじめてのよそ行きのドレスに、とてもはしゃいでいたのを思い出した。そして、結婚式に欠席してちょっと落ち込んでいた姿も覚えている。
「リーゼがそう言うなら……そうね、そうするといいわ。エラ、大変だと思うけど、リーゼのためにお願いね。いつもの仕立て屋にも連絡して、手伝いに来てもらえないかきいてみるわ」
「ありがとうございます、お義母様!」
公爵からのドレスなど着ることはできないリーゼロッテは、心の中でガッツポーズをした。
「アクセサリーは、このペンダントにします。着飾るようなお茶会ではないでしょうし」
「あら、先日素敵な首飾りと耳飾りをいただいたと聞いたけれど?」
「奥様、あちらは夜会などにふさわしい豪華なものでした。昼間のお茶会には少々につかわしくないかと……」
(ナイスよ、エラ!)
「まあ、そう。……では、それはリーゼロッテの社交界デビュー用だったのかしら。公爵様はリーゼロッテのデビューためにドレスを仕立ててくださっているそうよ」
(ピンチよ、エラ!)
リーゼロッテは顔を青くしたが、今は数日後のお茶会を乗り切る方が先だった。
――そして、とうとう王妃のお茶会の日を、迎えるのであった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ひきこもり令嬢生活に春の嵐が吹き荒れます! ついに陰謀渦巻く王妃様のお茶会の真相が明らかになる!? わたくし、どうせならラノベ的展開で婚約破棄を希望しますわ!
次回、第4話「氷結の王子」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
エラに言われて、リーゼロッテはコルセットをつけてみた。背中の紐を締められていき、呼吸が圧迫される。
「もっと締めるのが一般的ですが、お嬢様はコルセットに慣れておられませんので、緩めにしておきます」
エラはそう言ったが、リーゼロッテにしてみれば、十分苦しい閉め具合だった。しかし、締め終わったコルセットの胸を見て、「まあ」とリーゼロッテは声を上げた。そこにささやかな谷間ができていたからだ。それを見たエラは微笑ましそうに顔を緩めた。
ふたりでニコニコしながら、三年前にあつらえたドレスに袖を通してみた。エラに背中のボタンを留めてもらいながら、次第にふたりの顔から笑顔が消えていく。
「…………」
「…………」
ぴったりだった。三年たった今でも、ドレスは今まさにリーゼロッテのためにあつらえられたかの如くぴったりであった。悲しいかな、特に胸まわりが。
なぜだ。寄せて上げたハズなのに。
「やはり裾は少々短くなっておりますねっ。ウエストは以前より細くおなりのようで、うらやましい限りですっ。胸元も大人っぽくなるように、今流行りのレースとリボンをあしらって、お嬢様にお似合いのドレスに手直しいたしますわっ。お嬢様、このエラにっ、このエラにお任せください!!」
「……ありがとう、エラ」
一ミリたりとて成長していないその胸に、一切触れようとしないエラに、リーゼロッテは力なくお礼を言った。
(そのやさしさがかえってツライ……)
心の中では滂沱の涙であった。
「リーゼ、ドレスは決まったの?」
クリスタがリーゼロッテの様子を見に部屋を訪れた。
「まあ、お義母様。足を痛めてらっしゃるのにご無理をなさってはいけませんわ」
「ダニエルがいるから大丈夫よ。それより、ドレスはフーゲンベルク家からいただいているのでしょう? どれにしたの?」
ちょっとウキウキした口調でクリスタは聞いた。
「奥様、それがあいにくと、公爵様から頂いたドレスはどれも冬物か夏物で、今の時期に合うものがなかったのです」
(ナイスよ、エラ!)
「あら、そうなの? でも、そのドレスは数年前にあつらえたものではない? ちょっとデザインが子供っぽくないかしら」
「そこはわたしにおまかせください、奥様。お嬢様の魅力を最大限に輝かせるドレスに仕立て直して見せます!」
「でも、あと数日しかないし、やっぱり公爵家から贈っていただいたどれかにしてはどう? 確か、薄いブルーのドレスがあったわよね。今の時期になら、合わないことはないのじゃないかしら?」
義母のその言葉にリーゼロッテは慌てたように目を潤ませる。
「お義母様、わたくしどうしてもこのドレスが着たいですわ。はじめて仕立てていただいたドレスですもの。こちらでお茶会に出席したいのです」
両手を胸の前で組んで、リーゼロッテは懇願するように言った。
クリスタは三年前、リーゼロッテがはじめてのよそ行きのドレスに、とてもはしゃいでいたのを思い出した。そして、結婚式に欠席してちょっと落ち込んでいた姿も覚えている。
「リーゼがそう言うなら……そうね、そうするといいわ。エラ、大変だと思うけど、リーゼのためにお願いね。いつもの仕立て屋にも連絡して、手伝いに来てもらえないかきいてみるわ」
「ありがとうございます、お義母様!」
公爵からのドレスなど着ることはできないリーゼロッテは、心の中でガッツポーズをした。
「アクセサリーは、このペンダントにします。着飾るようなお茶会ではないでしょうし」
「あら、先日素敵な首飾りと耳飾りをいただいたと聞いたけれど?」
「奥様、あちらは夜会などにふさわしい豪華なものでした。昼間のお茶会には少々につかわしくないかと……」
(ナイスよ、エラ!)
「まあ、そう。……では、それはリーゼロッテの社交界デビュー用だったのかしら。公爵様はリーゼロッテのデビューためにドレスを仕立ててくださっているそうよ」
(ピンチよ、エラ!)
リーゼロッテは顔を青くしたが、今は数日後のお茶会を乗り切る方が先だった。
――そして、とうとう王妃のお茶会の日を、迎えるのであった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ひきこもり令嬢生活に春の嵐が吹き荒れます! ついに陰謀渦巻く王妃様のお茶会の真相が明らかになる!? わたくし、どうせならラノベ的展開で婚約破棄を希望しますわ!
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