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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
「お嬢様、ドレスはいかがなさいましょう? 公爵様からいただいたドレスはいくつかございますが……」
「袖を通すだけで卒倒しそうだわ」

 困ったように眉を下げて、リーゼロッテはため息をついた。
 リーゼロッテはまず外出しないので、よそ行きのドレスなどほとんど持っていなかった。普段は、屋敷の中で転んでも大丈夫なように、動きやすいシンプルなドレスばかりを好んで着ている。

 お茶会の開催は数日後、今からドレスを仕立てている時間はなかった。決死の覚悟で公爵のドレスを着るか、既製品で乗り切るか。
 しかし王妃の招待のお茶会に既製品で行くとなると、ダーミッシュ家の名誉にかかわるだろう。見る人が見れば、どこで仕立てたドレスかなどはすぐにわかってしまうのだ。

「ではお嬢様、三年ほど前に遠縁の方の結婚式のためにあつらえたドレスはいかがでしょう」
「まあ、あのときのドレスね。結局出席は断念したから、着られなかったのよね」

 リーゼロッテは自分のせいで結婚式が台無しになったらと不安になり、結局は直前で出席をやめたのだ。人生の晴れ舞台を、遠縁の子供にぶち壊されたら、自分だったら絶対に嫌だ。

「だけど、三年前のドレスよね。……サイズがあうかしら?」
「まずは合わせてみてはいかがでしょう。手直しして着られるかもしれませんし」
「そうね、エラは裁縫が得意ですものね」

 エラは手先が器用だった。リーゼロッテなどは、初恋の人ジークフリートに贈ろうとハンカチに刺繍を刺し始めたが、やるたびに自分の指を刺して、一年かけてようやく刺繍が完成したほど不器用だった。

 できあがったハンカチはジークフリートに贈ってみたものの、刺繍の出来栄えも微妙だったため、今でも贈ったことを後悔しているリーゼロッテだった。その点エラは、売り物かと思えるような見事な刺繍を披露してくれた。

 とりあえずエラにそのドレスを探しに行ってもらうことにした。

「お嬢様、お持ちいたしました。こちらでございます」

 エラが持ってきたのは、パステルグリーンの可愛らしいデザインのドレスだった。早速体に当ててみる。

「やはり裾の長さは足りなさそうですね。そこはレースや同系色の布をあしらえば問題ないと思います。胸元も少し襟ぐりを開けて、もう少し大人っぽく見せるのはどうでしょう」
「まあ、ステキね、エラ。でも実際に着られるか、試着してみないと」

 三年たてば、肩幅やウエスト、胸まわりも当然きつくなっているだろう。リーゼロッテは、エラに手伝ってもらって、そのドレスに袖を通してみることにした。

 屋敷の中で着ている普段着のドレスは機能性重視だ。コルセットはつけず、脱ぎ着も簡単である。エラに背中のボタンを外してもらうと、肩から脱いでドレスをするりとそのまま落とした。

 手触りのいいやわらかい生地のドレスは、すとんと抵抗もなく足元に落ちた。幼児体形のおかげで、ひっかかるところは皆無だ。

(十四歳ってもう少し発育がよくなかったかしら……?)

 そう思いながら、リーゼロッテは薄い肌着のみになったぺたんこの胸を見下ろした。申し訳なさ程度にあるふくらみの間に、何か文様のようなあざが丸く見える。このあざは、生まれつきのものだ。

 ここブラオエルシュタイン国では、リーゼロッテのような生まれつきのあざは、守護神である青龍の祝福として、とても喜ばれるものだった。

(この意味ありげなあざも、ラノベっぽいと言えばラノベっぽいけど)

 いくら祝福と言われているとはいえ、こんなところにあざがあるのは見られたくないと思ってしまうのが乙女心だ。胸の開いたドレスは一生着られそうにない。

(それは、あざのせいであって、断じてこのぺたんこの胸のせいではないわ)
 リーゼロッテは、自分をそう納得させた。
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