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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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「まあ、見て」
アンネマリーの視線の先には、高い壇上にしつらえられた豪華な椅子に、深く腰かけながら優雅に足を組んでいる王子殿下がいた。不機嫌そうにひじ掛けに頬杖をついて、冷ややかな視線を令嬢たちに向けている。
令嬢たちは我先に近づいて、何とか王子に話しかけようとしていた。しかし、王子は手の届かない壇上で座っているうえに、その周りを近衛の騎士が固めていて、令嬢たちが近づくのを阻んでいる。熱狂的なファンを抑える、ライブ会場のガードマンのようであった。
「本当に毛嫌いされているようね」
令嬢たちをさげすむように眺めている王子に、さらにさげすむような視線をアンネマリーは送っていた。
「眼福だわ」
そのすぐ横では、祈るようなポーズでヤスミンが榛色の瞳をキラキラと輝かせている。
「王子殿下のうしろにいらっしゃる騎士様が、きっとジークヴァルト様ね」
ぎくりとしてリーゼロッテは思わずその方向に目をやってしまう。
光り輝くような髪色のハインリヒ王子殿下の斜め後ろに、黒衣をまとった黒髪の護衛騎士がひとり立っていた。時折、ハインリヒ王子がその騎士に、何かをささやいている。
「金髪の不機嫌王子に、そばに仕える黒髪の騎士。王子の甘いため息。黒衣の騎士様は無表情、完・全・装・備! その鋭利な瞳の奥に秘めた熱い物は何……? 禁断! これぞ禁断の愛ですわぁ」
ヤスミンはいったいどんな妄想を膨らませているのやら。内緒話をしているような王子と騎士の近い距離に、うっとりとしたため息をついた。
あー、尊いってやつですかー、と普段のリーゼロッテならばそれくらいの脳内突っ込みを入れていたかもしれない。しかし、実際はそれどころではなかった。
黒衣の騎士の正体は、ジークヴァルト・フーゲンベルク。ヤスミンの言うように、王子付きの護衛騎士であり、ニ年前にフーゲンベルク家を継いだ若き公爵でもある。
そして、彼こそが、リーゼロッテの決められた婚約者であった。
(こんなところで会うなんて……)
実際に彼に会うのは、今日でニ度目である。一度目は十年以上前のこと。リーゼロッテがいくつの時だったろうか。
顔はもう憶えていない。というより、リーゼロッテは彼の顔を見たことがない。いや、正確に言うと、初めて会った時に、彼の顔を見ることができなかったのだ。
そして今も、リーゼロッテは彼の、ジークヴァルトの顔を窺い知ることはできなかった。なぜなら、あの日と同じように、ジークヴァルトの顔から胸にかけて、黒いモヤが覆っているのだ。
婚約者だと紹介され対面したあの時も、ジークヴァルトは、真っ黒いそれをその身に纏わせていた。あまりの怖さに、小さかったリーゼロッテは、泣き出してしまったほどだ。
そして、今日、彼から感じる禍々しいまでの黒霧に、記憶の中のあの日以上の恐怖を感じた。リーゼロッテから血の気がすうっと失われていく。
(にげなくちゃ。みつかって、けされてしまうまえに)
理由の分からない恐怖にさいなまれて、リーゼロッテは知らず一歩、後退った。
アンネマリーの視線の先には、高い壇上にしつらえられた豪華な椅子に、深く腰かけながら優雅に足を組んでいる王子殿下がいた。不機嫌そうにひじ掛けに頬杖をついて、冷ややかな視線を令嬢たちに向けている。
令嬢たちは我先に近づいて、何とか王子に話しかけようとしていた。しかし、王子は手の届かない壇上で座っているうえに、その周りを近衛の騎士が固めていて、令嬢たちが近づくのを阻んでいる。熱狂的なファンを抑える、ライブ会場のガードマンのようであった。
「本当に毛嫌いされているようね」
令嬢たちをさげすむように眺めている王子に、さらにさげすむような視線をアンネマリーは送っていた。
「眼福だわ」
そのすぐ横では、祈るようなポーズでヤスミンが榛色の瞳をキラキラと輝かせている。
「王子殿下のうしろにいらっしゃる騎士様が、きっとジークヴァルト様ね」
ぎくりとしてリーゼロッテは思わずその方向に目をやってしまう。
光り輝くような髪色のハインリヒ王子殿下の斜め後ろに、黒衣をまとった黒髪の護衛騎士がひとり立っていた。時折、ハインリヒ王子がその騎士に、何かをささやいている。
「金髪の不機嫌王子に、そばに仕える黒髪の騎士。王子の甘いため息。黒衣の騎士様は無表情、完・全・装・備! その鋭利な瞳の奥に秘めた熱い物は何……? 禁断! これぞ禁断の愛ですわぁ」
ヤスミンはいったいどんな妄想を膨らませているのやら。内緒話をしているような王子と騎士の近い距離に、うっとりとしたため息をついた。
あー、尊いってやつですかー、と普段のリーゼロッテならばそれくらいの脳内突っ込みを入れていたかもしれない。しかし、実際はそれどころではなかった。
黒衣の騎士の正体は、ジークヴァルト・フーゲンベルク。ヤスミンの言うように、王子付きの護衛騎士であり、ニ年前にフーゲンベルク家を継いだ若き公爵でもある。
そして、彼こそが、リーゼロッテの決められた婚約者であった。
(こんなところで会うなんて……)
実際に彼に会うのは、今日でニ度目である。一度目は十年以上前のこと。リーゼロッテがいくつの時だったろうか。
顔はもう憶えていない。というより、リーゼロッテは彼の顔を見たことがない。いや、正確に言うと、初めて会った時に、彼の顔を見ることができなかったのだ。
そして今も、リーゼロッテは彼の、ジークヴァルトの顔を窺い知ることはできなかった。なぜなら、あの日と同じように、ジークヴァルトの顔から胸にかけて、黒いモヤが覆っているのだ。
婚約者だと紹介され対面したあの時も、ジークヴァルトは、真っ黒いそれをその身に纏わせていた。あまりの怖さに、小さかったリーゼロッテは、泣き出してしまったほどだ。
そして、今日、彼から感じる禍々しいまでの黒霧に、記憶の中のあの日以上の恐怖を感じた。リーゼロッテから血の気がすうっと失われていく。
(にげなくちゃ。みつかって、けされてしまうまえに)
理由の分からない恐怖にさいなまれて、リーゼロッテは知らず一歩、後退った。
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