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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「ずいぶんと長く、王妃様にお声をかけていただいていたわね?」

 慎重な足取りで円卓に移動したリーゼロッテは、アンネマリーにそう話しかけられた。

「ええ、まあ。恐れ多いことですわ」

 同じ円卓に座りながら、リーゼロッテは曖昧に微笑んだ。王妃に自ら、息子とよろしくやってくれと言われたなどと、話せるはずもない。
 もとより、リーゼロッテは王子の婚活などに興味はないのだ。幸いなことに、アンネマリーもそれ以上のことはつっこんで聞いてこなかった。

「わたくし、本当は今日、親戚の赤ちゃんの泉浸式せんしんしきに同席する予定だったのよ」

 アンネマリーは残念そうに言った。
 泉浸式とは、生まれたばかりの赤ん坊に、国の守護神たる青龍の祝福を授ける儀式である。ブラオエルシュタインでは、貴族の子供は生まれてすぐに、この儀式を受けることが義務づけられていた。

「赤ちゃんに会えるのを楽しみにしていたのに……。でも今日ここに来たからリーゼに会えたのですものね」

 アンネマリーはこのお茶会が急だったことに不満を抱いているようだった。リーゼロッテも同感ではあったが、大きな声で王妃に対して不平を言うものではない。リーゼロッテは曖昧な笑顔を返しておいた。

「でも、さすが王妃様主催のお茶会ね。お茶もお菓子も、何かもが一級品だわ」

 アンネマリーはつぶやくように、手にした高級なティーカップをまじまじと見つめた。

「これでコルセットがなかったら、好きなだけおいしいお菓子を楽しめるのに」

 大仰にため息をついたアンネマリーと目が合って、思わずふふっと素で笑ってしまった。
(いけない、今のは淑女の笑い方じゃなかったわ)

 居住まいをただし、庭園をあらためて見まわしてみる。他の令嬢たちはそわそわした様子で、王子殿下の登場を今か今かと待っていた。

 王子が現れるであろう建物の方に熱視線をむけている令嬢たちをよそに、いちばん遠い端の円卓に座ったアンネマリーは、我関せずおしゃべりに熱が入る。

「そんなに王太子妃になりたいのかしら。……わたくしは絶対にごめんだわ」

 王城の一角で、不敬にあたる発言をアンネマリーは吐き捨てるように言った。

「ねえ、王子殿下のお噂をリーゼは知っている? なんでも殿下は大の女嫌いで、近づく令嬢たちをそれは冷たくあしらっているそうよ」

 控えの間で侍女たちの噂話を耳にしたが、こういったことは話半分に聞くものである。リーゼロッテは、「まあ」とだけ言って、自分の言及はあえてさけた。

「それどころか、王子殿下に大怪我を負わされたご令嬢もいたらしいわ。本来なら責任をとって妃に迎え入れなきゃならないところなのに、完全無視よ、無視」

 まるで見知った出来事のように、アンネマリーは憤慨している。

「結局そのご令嬢は、ふたまわりも年の離れた方の後妻に入ったらしいわ」

 リーゼロッテはやはり、「まあ」とだけ口にする。その適当な返しに気を悪くすることもなく、アンネマリーは小声で話を続けた。

「殿下は、実は、男色家だってお噂もあるわ。王太子殿下付きの騎士が、常におそばに張りついて、殿下を狙う令嬢たちから、身を挺して殿下をお守りしているのよ」

(黒王子の次はBLですか……)

 適当に相槌をうちつつ、そんなことよりのどが渇いたなと、リーゼロッテは全く関係のないことを思っていた。
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