ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

文字の大きさ
上 下
4 / 528
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

しおりを挟む
「あなた、お顔の色がよろしくないようだけれど、大丈夫かしら?」

 ふいに、リーゼロッテの前に並んでいた令嬢に声をかけられる。ふんわりとした亜麻色の髪に、ややたれ目の水色の瞳をした、可愛らしい令嬢だった。クリームイエローのドレスが彼女にとても似合っている。

 リーゼロッテより背は少し高く、彼女は出るところは出て、くびれるところはきちんとくびれていた。自分の発育不良な体に、少なからずコンプレックスを覚えていたリーゼロッテは、無意識だがちらりとその令嬢のやわらかそうな胸元に目をやってしまっていた。



「すこし、緊張してしまって……。お気遣いいただきありがとうございます」

 視線を戻し、大丈夫だと伝えるために、リーゼロッテは軽く礼を取って微笑んでみせた。

「そう? ならいいのだけれど。もしつらかったら遠慮なくおっしゃってね」

 そう言うと亜麻色の髪の令嬢は、リーゼロッテの肩にそっと手を添えた。

(あれ?)

 リーゼロッテは軽く首をかしげる。令嬢に触れられた肩が、少し軽くなった気がしたのだ。



(なんだろう、この感覚……。まるでルカに手をひかれている時のよう)

 ルカとは、リーゼロッテの四歳下の義弟おとうとである。何もないところで転ぶリーゼロッテを、屋敷の中では、いつもルカが手をひいてエスコートしてくれている。ルカがいるだけで、リーゼロッテは不思議と転ばなくなるのだ。

 令嬢の髪の色と目の色が、義弟に似ているからだろうか? 不思議な安心感が、令嬢の手から感じられた。



「ねえ、あなた……リーゼ……ダーミッシュ伯爵家のリーゼロッテ様ではない?」

 リーゼロッテの顔をまじまじと見て、令嬢が可愛らしく小首をかしげる。

「ええ、確かにわたくしは、リーゼロッテ・ダーミッシュですわ」

 ふいに聞かれて困惑しつつも、リーゼロッテは頷き答えた。

「やっぱり! リーゼ、わたくしよわたくし! アンネマリーよ!」

 急にくだけた口調になった令嬢は、水色の綺麗な瞳をうれしそうに輝かせた。



(わたしわたし詐欺?)

 脳内でつっこみつつ、リーゼロッテはその名を聞いて記憶の糸を探った。

「もしかして、クラッセン家の……アンネマリー様?」

「まあ、そんな他人行儀に! 従姉妹いとこ同士じゃない!」

 彼女は侯爵家令嬢で、国の外交を任されている父親のクラッセン侯爵と共に、隣国で暮らしていたはずである。アンネマリーの母とリーゼロッテの義母は姉妹で、小さい頃よく、アンネマリーたちがリーゼロッテの領地に遊びに来ていた。



 最後に会ったのはリーゼロッテが十歳の時だったろうか。一時帰国したクラッセン侯爵夫妻がアンネマリーと共に挨拶にやってきて、時間を忘れて二人でおしゃべりしたのを思い出した。あの時のアンネマリーは、リーゼロッテよりも背丈が小さく、体形だって同じような幼児体形だったはずだ。

(見違えるように綺麗になってて、アンネマリーだと気づかなかったわ)

 目の前にいるアンネマリーの曲線のある女性らしい肢体を見やり、リーゼロッテはこの世の不公平さにやるせなさを感じた。



「トビアス伯父様も、ジルケ伯母様も、国にお戻りになられたの?」

 気を取り直して、リーゼロッテはアンネマリーに話しかけた。

「お父様はまだあちらにいらっしゃるけれど、お母様とわたくしは社交界デビューにそなえて、先に国にもどってきたのよ。このお茶会にはわたくしだけで来たのだけれど」

 健康そうな顔をほころばせて、アンネマリーはリーゼロッテの手を両手で握りしめた。



「リーゼロッテこそ、クリスタ叔母様は一緒ではないの?」

「あいにく義母は、出席していないの」

「そう、それは残念だわ。ぜひまたお会いしてお話がしたいわ」

 アンネマリーは、子供のころの面影を残したほがらかな笑顔を見せた。アンネマリーの屈託のない笑顔が大好きだったことを、リーゼロッテは思い出していた。

 小さい頃のことは記憶があいまいだが、アンネマリーは屋敷から出られないリーゼロッテの、唯一の友達と呼べる存在であった。アンネマリーたちが隣国へ旅立つときは、ひどく落ち込んで家族を心配させたように思う。



「あら、もう順番だわ。あとでまたゆっくり話しましょう」

 小声でそう言ってアンネマリーは、優雅な足取りで王妃の元へ向かっていった。そつなく、しかも今までの令嬢に比べて最短で挨拶を終えたアンネマリーは、さっさと円卓に移動していった。

 その背を見送った後、リーゼロッテは覚悟を決めて王妃の前に足をすすめた。

(どうか、おかしなフラグが立ちませんように……!)
しおりを挟む
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...