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番外編
わたくしはハナコ・モッリ
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「……こさん……華子さん……俺のせいでごめんなさい……お願い死なないで……」
遠くで誰かがわたくしを呼んでいる。
聞き覚えのある、とっても耳に心地よい声。
夢うつつにまぶたを開く。
まぶしい照明。わたくしの手を握り、ベッドの脇に座る男性がひとりいて。
「シュン様……?」
「ああ、華子さん! よかった、目が覚めたんだね……!」
そこにいたのは、ぐるぐる眼鏡をかけたシュン王子。
ずびずびと鼻をすすりながら、眼鏡のふちからボタボタ涙をあふれさせている。
「どうして泣いていらっしゃるの? ハナコはちゃんとここにおりますわ」
だるい腕を持ち上げて、濡れた頬に手を添える。
わたくしの手をぎゅっと握り締めて、シュン様は自分の頬に押しつけた。
「華子さん、本当によかった、華子さん……」
ああ、そうでしたわ。
わたくしは地球という異世界の、日本という島国に住む、「森華子」になったのでしたわね。
どうしてこんな不思議なことに。
初めはそう思ったけれど。
わたくしは高貴な公爵令嬢、ハナコ・モッリ。
これは神が与えた試練ですのね。
子どもころ読んだ本に、そんな話があったから。
ぼんやりとした意識の中で、自分の奥にある華子の記憶を手繰り寄せる。
大丈夫。この世界での振る舞い方も、ちゃんとわたくしは覚えてる。
「意識が戻って一週間よ。山田君、わたしもう、死んだりしないから」
「うん、でも俺、心配で……このまま華子さんが目を覚まさないんじゃないかって……」
声を詰まらせて、唇を細かく震わせる。
シュン様は再び大粒の涙をこぼし始めた。
もう、しょうのないひと。
この世界のあなたも、わたくしがいないと何もできないなんて。
「大丈夫。ずっとそばにいてあげる」
そう言うと、シュン様はますます大声をあげて泣きだしてしまった。
わたくしはハナコでありながら、このあと華子の人生を生き続けた。
“山田”であるシュン様と、悲喜こもごもを味わいながら。
「華子さん……華子さん、お願い、俺を置いてかないで……」
殺風景な病院の一室で、無機質な電子音がリズムを刻んでる。
点滴の管がつながったわたくしの手を握りしめて、ベッドの脇に座るシュン様が、あの日のように眼鏡の下から透明なしずくをあふれさせていた。
「わたし、先に逝くけれど……」
「いやだ、華子さん、俺を置いて逝かないで」
わたくしもシュン様も、とてもしわしわになってしまったわ。
こんなに長い時を過ごしても、まだ一緒にいたいと思うだなんて。
「この不思議な世界に来て、あなたと会えて……わたし本当にしあわせだった……」
「そんなこと言わないで。これからもっともっとしあわせにするから」
いやいやと頭を振ったシュン様が、握る手にぎゅっと力を込めた。
「だったら」
空いた手で濡れる頬に手を伸ばす。
ああ、なんて愛おしい方。
ハナコはいつまでもシュン様のものですわ。
「生まれ変わってもわたしを見つけて。わたし、あなたを待ってるから……」
ひとつ密やかな息をつく。
次に目覚めるときも、きっとあなたはそこにいる。
微笑んで、わたくしは重いまぶたをゆっくり閉じた――。
遠くで誰かがわたくしを呼んでいる。
聞き覚えのある、とっても耳に心地よい声。
夢うつつにまぶたを開く。
まぶしい照明。わたくしの手を握り、ベッドの脇に座る男性がひとりいて。
「シュン様……?」
「ああ、華子さん! よかった、目が覚めたんだね……!」
そこにいたのは、ぐるぐる眼鏡をかけたシュン王子。
ずびずびと鼻をすすりながら、眼鏡のふちからボタボタ涙をあふれさせている。
「どうして泣いていらっしゃるの? ハナコはちゃんとここにおりますわ」
だるい腕を持ち上げて、濡れた頬に手を添える。
わたくしの手をぎゅっと握り締めて、シュン様は自分の頬に押しつけた。
「華子さん、本当によかった、華子さん……」
ああ、そうでしたわ。
わたくしは地球という異世界の、日本という島国に住む、「森華子」になったのでしたわね。
どうしてこんな不思議なことに。
初めはそう思ったけれど。
わたくしは高貴な公爵令嬢、ハナコ・モッリ。
これは神が与えた試練ですのね。
子どもころ読んだ本に、そんな話があったから。
ぼんやりとした意識の中で、自分の奥にある華子の記憶を手繰り寄せる。
大丈夫。この世界での振る舞い方も、ちゃんとわたくしは覚えてる。
「意識が戻って一週間よ。山田君、わたしもう、死んだりしないから」
「うん、でも俺、心配で……このまま華子さんが目を覚まさないんじゃないかって……」
声を詰まらせて、唇を細かく震わせる。
シュン様は再び大粒の涙をこぼし始めた。
もう、しょうのないひと。
この世界のあなたも、わたくしがいないと何もできないなんて。
「大丈夫。ずっとそばにいてあげる」
そう言うと、シュン様はますます大声をあげて泣きだしてしまった。
わたくしはハナコでありながら、このあと華子の人生を生き続けた。
“山田”であるシュン様と、悲喜こもごもを味わいながら。
「華子さん……華子さん、お願い、俺を置いてかないで……」
殺風景な病院の一室で、無機質な電子音がリズムを刻んでる。
点滴の管がつながったわたくしの手を握りしめて、ベッドの脇に座るシュン様が、あの日のように眼鏡の下から透明なしずくをあふれさせていた。
「わたし、先に逝くけれど……」
「いやだ、華子さん、俺を置いて逝かないで」
わたくしもシュン様も、とてもしわしわになってしまったわ。
こんなに長い時を過ごしても、まだ一緒にいたいと思うだなんて。
「この不思議な世界に来て、あなたと会えて……わたし本当にしあわせだった……」
「そんなこと言わないで。これからもっともっとしあわせにするから」
いやいやと頭を振ったシュン様が、握る手にぎゅっと力を込めた。
「だったら」
空いた手で濡れる頬に手を伸ばす。
ああ、なんて愛おしい方。
ハナコはいつまでもシュン様のものですわ。
「生まれ変わってもわたしを見つけて。わたし、あなたを待ってるから……」
ひとつ密やかな息をつく。
次に目覚めるときも、きっとあなたはそこにいる。
微笑んで、わたくしは重いまぶたをゆっくり閉じた――。
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