【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央

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第八章 真実はいつもひとつとは限らない

思いにウソはつけなくて

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 大使の指がトリガーにかけられる。
 ハンカチの下に隠れてても、その動きが良く分かった。

「シュン様……!」

 悲鳴交じりのわたしの声は、どこかで起きた爆発音にかき消されてしまった。
 みんなの注意は音がした方に向けられて。
 大使の視線だけが、山田を鋭く捉えてた。

(ここからじゃ間に合わない……!)

 駆けだした足はもどかしいくらいに遅くって、その間にも銃口の狙いは確実に山田に定められていく。

「やめてっ!」
「ハナコ!?」

 振り向いた山田。
 延ばされたわたしの腕は、大使の握る拳銃を目指してて。
 それでも全然遠すぎる。
 舌打ちとともに、大使が大胆に銃を構えなおした。
 ハッと山田が異変に気づいた時、引き金はもう引かれる寸前で。

「させませんわ……っ!」

 思うよりも早く、ポケットからティッシュが一枚飛び出した。
 弾丸となったティッシュは一直線の軌道をえがき、目にも止まらぬ速さで大使の手首を跳ね上げた。
 ブレた銃口が同時に火をき、銃弾は山田の頭すれすれをかすめていった。

「マサト!」
「おうよっ!」

 大使の手首をつかんだマサトが、見えない魔法の鎖を使って動けないよう捕縛する。

「離せ! わたしを誰だと思っているんだっ」
「ほざけっ、シュン王子の命を狙っておいて!」

 がんじがらめで膝をついた大使の手から、拳銃が床に転がり落ちた。
 わたし、山田を守れたんだ。
 ほっとしすぎて力が抜ける。
 瞬発的に魔法を使ったせいで、魔力切れを起こしてるのかも。

「ハナコ……!」

 ふらついた体を抱き留められて。

「シュン様……よかった……シュン様がご無事で……」
「ハナコ……」

 さすがの切れ者王子でも、状況がうまくのみ込めてないみたい。
 イタリーノに行ったはずのわたしが、なぜかこの場にいるんだもんね。

 あー、でも、なんだろう。
 驚き顔の瓶底眼鏡もすごく愛しく見えてきて。
 未希の言ってたように、これって恋だったりするのかな。

 この冴えない眼鏡の下にはね、誰も知らない天使が隠れてるんだ。
 考えるだけで顔がにやけちゃいそう。

 そのとき山田の後方に立つスーツの男と目が合った。
 あれはイタリーノ大使付きの護衛だったはず。いきなりの大使の暴挙を止められなくて、自信喪失しているんだろうか。
 でも、にしてはこっちをやたらとにらんでるような?

 違和感が確信に変わる前に、男の腕がゆっくりと前に延ばされた。
 手に握られていたのは拳銃で。
 その銃口はまっすぐに山田の背へと向けられていた。
 冷酷無比の表情で、ためらいもなく引き金の指に力がこもる。

「シュン様、危ない……!」

 わたしの叫びと銃声が重なって。
 とっさに山田を遠くへ突き飛ばした。

 不思議な話なんだけど、こういう瞬間って何もかもがゆっくりに見えるんだ。
 ド級のピンチを前に、冷静に観察してる自分がいたりして。

 山田の立ち位置と入れ替わったわたし。
 間違いなく心臓直撃。
 そんな軌道で弾丸が近づいて来る。

 大好きなひとを守れたんだもの。
 悪役令嬢に生まれたわりには、そう悪くない結末じゃない?

「なんて言うと思ったら大間違いですわっ」

 わたしは誇り高き公爵令嬢。
 こんなところでくたばってたまるもんですか!

(ノーイケメン・ノーライフ……!!)

 ありったけの魔力を解放して、転移魔法を発動させた。
 今こそ目覚めよ、わたしのチカラ!
 あのとき一回できたんだから、今だってできるに決まってる!

 特有の浮遊感に包まれて、すぐに足が地に着いた。
 瞬間、肩に衝撃を受けて――。

「ハナコぉ……!!」

 次に襲ってきたのはあり得ないくらいの激痛だった。
 抱き留められた腕の中、息もできずに歯を食いしばって。

「貴様ぁ、よくもハナコをぉっ」
「しゅんさまっ」

 見たこともない憎悪の表情で、山田は最大の悪意を男に向けた。
 攻撃魔法が放たれる寸前、何とかそでをつかみ取る。

「感情に、流されてはいけませんわ……シュン様はいずれこの国の王となるお方……もっと冷静になってくださいませ……」
「しかしあやつはわたしの大事なハナコを……っ」
「犯罪者は生け捕りするのが定石じょうせきですわ……殺してしまっては、口を割らせることもできませんでしょう? それに……」

 これを言ったら、山田はどんな顔をするだろう。
 死ぬほど痛いはずなのに、想像したらおかしくなって。
 自然と笑みを浮かべながら、今にも泣きそうな顔に手を伸ばした。

「わたくし、人殺しの妻などには、なりたくありませんわ……」
「ハナコ……」

 一瞬、息を飲んだ山田が、みるみるうちに冷徹な王子に戻っていって。

「わたくし死んだりいたしませんから、思う存分辣腕らつわんをふるってきてくださいませ。シュン様なら、この場を見事収めてくださいますでしょう?」
「ああ。もちろんだ、ハナコ」

 気絶しそうなくらいの激痛の中で、最大級の笑顔を向けた。
 うなずいてから立ち上がった山田を見送ると、本格的に意識が飛びそうになる。

 山田の手前、ああは言ったけど。
 死の気配っていうの? それが近づいてきたようで。
 あれだけ激しかった痛みが、ウソみたいに楽になってきた。

「ジュリエッタ……?」

 いつの間にいたのか、未希がわたしの肩に手を当てている。
 癒しの光があったかい。
 ダンジュウロウもそこにいるから、ここまで連れてきてもらったのかな。

「なに? 泣いてるの? 未希が泣くだなんてやっぱり夢か……」
「うっさいわね。いいから華子は黙ってて」

 やだ、素が出てるよ、ジュリエッタ。
 笑いかけて、未希の指先が震えてるのに気がついた。
 そっか。わたし、そんなに危険な状態なのか。

 血の気の引いた未希を、後ろからダンジュウロウが支えてる。魔力切れを起こしそうで、未希もギリギリなんだって伝わってきた。

「ねぇ、もう助からないんだったら、そんな無理しなくていいよ?」
「黙ってろって言ったでしょ? ちょっと多く血が流れたってだけよ。アホな心配してないで、おとなしく気絶でもしてなさい」

 そうしたいのは山々だけど。
 痛いのか、熱いのか、眠いのか、寒いのか。
 自分でも良く分からない感覚なんだ。

「まったく、あんたってば無茶ばかりしてっ」
「ごめん……気づいたら体が動いてたんだ……だから、ごめん……」

 うわごとのようにつぶやいて。

 遠くで山田の声がする。
 ああ、生きている。
 わたしの大好きなひとが。

 満たされて、息を深く吸い込んだ。
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