上 下
12 / 78
第三章 イベントは危険な香り

ヒロインとバトってみた

しおりを挟む
 ハッとして立ち止まった。

 生徒たちの波の向こうに山田の瓶底眼鏡が見えた。
 しかもその腕にはユイナがぶら下がってるし。

「ハナコ様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」

 急に引き返すのもマズいかな。
 今は移動教室に向かう途中だから、取り巻き令嬢たちに変に思われてしまうかも。

 それに公爵令嬢ハナコ・モッリとして、逃げ隠れするなんてちょっとプライドが許さない。

 未希からは山田をはじめ、生徒会のメンバーには近づくなって言われてるんだけどさ。

「ごきげんよう、シュン様」
「おおハナコ! 体調はもう問題ないか?」
「ええ、おかげ様ですっかり良くなりましたわ」

 美しい所作で山田に礼を取った。
 ハナコの記憶は残ってるから、こういったことはすっと体が動いてくれるんだよね。

「そうか、それはよろこばしいことだ。週末にハナコに会いに行けなくなるのは少々残念だが……」
「まぁ、シュン様ったらご冗談を」

 おほほほほ、とかぶせ気味に山田のセリフをさえぎった。
 毎週見舞いに来てたこと、勝手にみんなにバラしてんじゃねぇよ。

「シュン王子ぃ。そろそろ行かないとぉ次の授業に遅れちゃいますよぉ?」

 猫なで声を出して、ユイナが山田の腕をぐいっと引っ張った。
 周囲に気づかれない程度に、一瞬だけこちらをぎりっと睨んでくる。

(ふうん? そう来るんだ?)

 存在を無視されたことがそんなに気に入らなかったんかな。

 今回ハナコわたしが怪我をしたのは、そもそもユイナあんたを助けようとしたからでしょうが。

 で、実際ユイナはそれで階段を落ちずに済んだわけで。
 いくら魔法でわたしを防御してくれたと言っても、そこはまずユイナから礼があるべきだろう。

(ま、そんなふうに人ができてるなら、あんな騒動起こしたりはしないか)

 余裕たっぷりの態度で、ユイナににっこりと笑顔を向ける。

「あなた、ユイナ・ハセガーと言ったわね。先日はわたくしを助けてくれたそうね? ありがとう、心から礼を言うわ」

 高飛車たかびしゃになってしまったが、これはもうどうしようもない。
 公爵令嬢の立場で、男爵令嬢のユイナに礼の言葉をかけただけでも、周囲に驚かれる案件だ。

「えっ、あ、あの、いえ、ソレはわたしも当然のことをしたまでで……」
「そう、謙虚でなによりね。今後もその優秀な魔力を使って、シュン様のためにも生徒会でおはげみになって」

 ぷぷっ、ユイナの顔が面白いことになってる。
 こっちから礼を言われるとは、夢にも思ってなかったんだろうな。

「ではシュン様、わたくしはこれで失礼いたしますわ。みなさん、行きましょう」

 取り巻き令嬢を引き連れて、さっさと山田から離れて行った。

 こういったとき、山田はしつこく絡んできたりしない。
 あっちも王子の立場をきちんと分かってはいるんだろう。

 そのかわり、ふたりきりのときは遠慮のえの字もないけどねっ。

「まぁ何ですの、あの態度。平民上がりのいやしい身分のくせに」
「それにハナコ様を差し置いて、シュン王子に馴れ馴れしくしたりして。ほんとみっともないわ」
「その上、ハナコ様に助けていただいたのに、礼の一言もないだなんて」

 まずいなこれは。
 このままでは気を利かせた取り巻きが、ユイナに何か嫌がらせをしかねない。

 以前のハナコなら「あんな、どこかでみっともなく転べばいいのに」とか、わざとらしくそんな独り言を呟いただろう。

 でも陰でイビりでもしたら、ユイナの思う壺になりそうだ。
 直接わたしが手を下さなくっても、ハナコの指示でやられたと山田に泣きつくのが目に見えている。

「いいのよ、みなさん。あのがわたくしを救ってくれたのは事実。そんなふうに言うものではないわ」

 ハナコらしくないセリフに、みんな戸惑ってるみたい。
 言葉の裏を読み取ろうとしてるのかな。
 いや、お願いだからそのままの意味で受け取ってっ。

「わたくし本当に心から感謝していてよ? それにあのがシュン様と一緒にいるのは、次が魔法学の授業だからでしょう?」

 この国に魔法があると言っても、それぞれが持つ魔力はピンキリだ。
 山田やユイナみたいに優秀な者は、魔法学の特別なカリキュラムが組まれている。

 未希ことジュリエッタも、今ごろその授業に向かっているはずだ。
 ジュリエッタは特に回復系の魔法に長けていて、怪我した生徒をよく治してあげているみたいだった。

(おかげでひそかにファンクラブが作られてるって話だし……)

 未希ってば、昔からソトヅラだけはいいんだよね。
 あの仮面の下の毒舌を知ってるのは、ごく限られた身内だけだ。

「ハナコ様がそうおっしゃるのなら……」
「さすがはハナコ様、なんて寛大なお心をお持ちなのかしら!」
「なんてことはなくてよ。さ、この話はもうおしまい。遅れてはいけないわ、もう参りましょう」

 っていうことがあってね、と放課後未希に報告したんだけど。

「あんたバカ?」

 第一声がそれ!?

「わざわざユイナとやり合いに行くなんて、自滅しに行くようなモノじゃない」
「だって公爵令嬢としてのプライドが……」
「そんなもん忘れ物したとでも言って引き返せば済む話でしょう?」
「はっ、その手があったか」
「まったく、先が思いやられるわ。ギロチンとプライド、どっちが大事なの?」

 いや、どっちもいらないっす。

「とにかく、わたしもあんたに付きっきりでいられるわけじゃないんだから、ちゃんと考えて行動してよね」
「ハイ、ワカリマシタ」

 うう、未希ちゃんコワイ。

「でもさ、やっぱりユイナに話持ちかけられないかな……」
「でも裏をかけるのは、ハナコにもゲームの記憶があるって向こうが知らないうちだけよ」
「それはそうなんだけどさ、お互い妥協して最善のルートを進めばいいんじゃない? ユイナにとっても悪い話じゃないと思うけど」
「あんた、あの子の性格、覚えてないの?」
「……ソウデシタ」

 長谷川ゆいなはことあるごとに、華子わたしに突っかかってきてたっけ。
 勝手にライバル心を燃やしてるって感じ?
 協定を結んだところで、そんなユイナがいつ裏切ってくるかは分からない。

「ま、そうしようにも現状じゃ難しそうよ。あの子いつ見かけても、誰かしら攻略対象と一緒にいるから」
「未希、ちゃんと探り入れてくれてたんだ!」
「まぁね。あんたが休学中は時間があったから」

 さすがは未希!
 口は悪いけど、なんて親友思いのいい子なの!!

「誰かさんの金魚のフンをしないで済んでたしね」

 ぎゃっ、見事なカウンター……!

 わたしの感動を返してっ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

処理中です...