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後日談

娘のボーイフレンドが濃すぎる件

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 ミシェルの不安は的中した。
 立ち往生していた馬車の主は、ここにいるはずのないルームメイトだった。
 屋敷の前でルーカスと合流したミシェルは、連れだって屋敷の玄関をくぐった。

「辻馬車なんて乗れたもんじゃねぇからな」
「……まず招待した覚えがありません」

 あたかも辻馬車を断って実家の馬車できたような発言だが、そもそも誘っていない。
 誘われてもいないのに知人の家に訪問する、という神経を疑う行動をしたルーカスだが、本人はたいした問題だと感じていないようだ。

(そういえばこの人、以前は自由に王宮に出入りしてたんだっけ)

 ルーカスにとっては親戚とはいえ、国内最高峰の高貴な人々が暮らす場所だ。
今まで自由奔放に振る舞っていたので、前世の記憶を得たからといって伯爵家程度に礼をつくしたりしないのかもしれない。

「伯爵宛に先触れは出したぞ。出迎えに手間取ってたのは、単純に場数が足りてないからだろう」

 場数もなにも、事前の通達では、ミシェルの帰省に合わせて訪問するとあったのに、やってきた馬車がルーカスだけを乗せていたから門番が混乱したのだ。
 そんなことは露知らぬミシェルは、素直に家人のいたらなさを詫びた。

「すいません。ルーカス様のこと誤解してました」

 他家を訪問するにあたり、最低限のルールは守っていたようだ。最悪よりマシレベルだが。

「へえ。彼が君のルームメイトか。初めまして、エドガーです」
「うわっ。声と見た目がチグハグ過ぎんだろ」

 実はエドガーがエリスと対峙するのは、今日が初めてだ。

「普段はこの声なんですけどぉ。ルーカス様は、エリスのことご存じらしいので、地声で挨拶しましたぁ」
「声優かよ。ウェイトレスより、役者になった方が儲かるんじゃないか?」
「せーゆ? 役者なんて、絶対ごめんですぅ」

 役者はハードな仕事だ。ただ見た目が優れていれば務まるものではない。
 なるのは簡単かもしれないが、それで食っていこうと思えば才能以上に、努力と運が求められる。

「お前ら、まさかその格好で伯爵に会うつもりか?」
「着替えるに決まってるじゃないですかぁ」

 久しぶりに帰ってきた娘が男の格好で、更に同行者が男の娘だなんて、伯爵の血管が切れかねない。

「エドガー、部屋に案内するから着替えてきて」

 玄関で待機していた侍従にエドガーを任せると、ミシェルは父の元へとむかった。
 予定外の存在であるルーカスには、応接室で待っていてもらうことにした。
 三人の会話が聞こえていなかったのか、エドガーに頬を赤らめる侍従の姿はみなかったことにした。



「お父様。ミシェルです。ただいま戻りました」
「ミシェル、よく帰った。だが一体どういうことだ?」

 わざわざ外泊許可をとって帰ってくるくらい、手紙で話せないことがあるとのことなのに、友人や他家の子息を連れてくる。
 伯爵でなくても、ミシェルの真意をはかりかねるだろう。

「同行者に関しては、実は私も彼等がなにをするつもりなのかわからないのです。でも、二人は私の性別を知った上で手助けしてくれる協力者です」
「それは……本当に大丈夫なのか?」

 娘の身を案じる父親の目だ。

「ルーカス様は女に興味がないらしいですし、エドガーは私よりも女らしくて男にモテまくってます」
「それは本当に大丈夫なんだろうな!?」

 娘の男友達が濃すぎる。

(ルーカス様というのは、スコーティア公爵の一人息子だろ。男色って、公爵家は大丈夫なのか?)

 ミシェルの物言いのせいで、伯爵はルーカスを男色家、エドガーを性同一性障害認定した。

「本題に入りますが、私はこのままミハイルの名前で学院に通いたいと思います」
「今更だ。お前の入学を認めた時点で覚悟はしている。話はそれだけか?」

 当主の顔になった父親に、ミシェルの喉が上下する。

「……私はミハイルに集団生活は無理だと、義務だから行くと言っただけで、本心は行きたくないと決めつけていました。もしミハイルが就学を望むなら、仮名でどこか田舎の学校に通わせてください」
「……自分がなにを言っているかわかっているのか?」

 ミハイルを外に出せば、秘密がバレる危険性が高まる。
 絵の注文も、当家の都合によるキャンセルになる。

「学院で生活していて、色々と考えさせられました。私は独りよがりに弟を、家を守ろうとしていたと気付きました」
「……」
「本日家に戻ったのは、私の気持ちをお父様に伝え、ミハイルの本心を聞くためです」

 ミハイルの本音を確認したら、それを尊重した結果になるよう協力を仰ぎたいので、まず父と話すことにした。

「私にとってミハイルは大切な跡継ぎだったが、だからといってミシェル。お前がミハイルより軽い存在だということはない」
「存じています」
「私はお前に幸せになってもらいたい。マルグリドによく似たお前は愛しい娘だ。稽古の時は誰よりも優秀な弟子だ。なにより家族思いの優しい子だ。……そんな子が可愛くないわけがないだろう」

 こんなにストレートに口にされたのは初めてだ。
 父の言葉に、ミシェルの目尻に涙が浮かんだ。

「貴族の娘なのだから、家の為に行動するのは当たり前だ。だがお前は、無意識に自分を犠牲にしようとするきらいがある。なまじ意志が強くて、行動力があるから困りものだ」
「きっと入学する前にその言葉を聞いても、納得しなかったでしょう」
「今は違うんだな。それなら、入学させたのは無駄では無かったということだ」

 ミシェルはミハイルに負い目を感じている。
 しかし弟が姉を責めることはない。
 だから婿を取って家を継ぐと言った時も、ミハイルの代わりに男子校に入学すると言った時にも、ミシェルが自分を罰しようとしているのではないか、と伯爵は感じた。
 あの頃はいくら言っても、伯爵の言葉は娘の心に浸透しなかった。

 そんなことはない。
 自分がしたくてしている。
 それが一番いい。

 当時のミシェルは本気でそう信じていた。
 弟のことも彼女に責任はない、と言えば「わかっている」と返すけど、それは表面的なやりとりであり、真の意味で理解しての言葉では無かった。
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