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本編
放課後のちん入者
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「キサマがミハイル・バルトだな!」
「あのぅ……」
心当たりはないが、相手は気が立っているようだ。
知らぬうちに何かしてしまったのか、とミシェルは不安になった。
「はっきり返事をしろ!」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「語尾を伸ばすな!」
「はいッ!!」」
扉の向こうで仁王立ちしていたのは、名も知らぬ上級生だった。
見上げるほどの長身で、体の厚みはミシェルの二倍……は言い過ぎだが、向かい合う二人はかなり体格差がある。
「噂は聞いたぞ。ずいぶん調子に乗ってるようだな」
「え? 何のことでしょうか?」
今日は入学式の後、学校説明や教室内での自己紹介しかしていない。
ミシェルが人の注目をあつめることなど、ルーカスと同室になったことくらいだ。
「とぼけるな。キサマ、騎士科で一番だとほざいているらしいな」
「何の話ですか!?」
「男の沽券の話だ!!」
(あ。察し)
沽券というか、股間の話だろう。
(ちょっとポールのヤツどんな風に吹聴したのよ!)
事実に基づかない噂だと、わかっていても恥ずかしい。
騒ぎを聞きつけて、寮生が集まってきた。
「騎士科で一番の男はオレだ。今この場で勝負しろ!」
「今この場で!?」
「ここには男しかおらんのだ、恥じる必要はあるまい。丁度いいからギャラリーには、勝負の見届け人になってもらおう」
赤くなった顔が、瞬時に青くなる。
野次馬の一人と目が合い、ミシェルはぶんぶんと首を振った。
「絶対嫌です! お断りします!」
「逃げるのか卑怯者!」
「卑怯でも何でもかまいません。先輩がどんな話を聞いたのか知りませんが、僕は自分の体について吹聴した覚えはありません! もし噂の内容が気に障ったのなら、それは僕のあずかり知らないところです!」
人前で脱ぐなんて冗談じゃない。なんと言われようと絶対に応じるわけにはいかない。
「噂については無実だと理解した。だが、噂になるほどの逸物を持っているのは事実。騎士科の頂点はどちらなのかハッキリさせるぞ!」
「させなくていいです!」
「オレはしたいんだ! 減るものではないだろう、さっさと脱げ!」
掴みかからんばかりの勢いで近づいてくる上級生に、ミシェルは後ずさりした。
「――先輩。待ってください。こいつはまだ『子供』なんです」
初日にして絶体絶命。涙目になったミシェルの視界に、鮮烈な赤が入りこむ。
彼女を庇うように、紅の髪を靡かせてルーカスが立ちはだかった。
「何だと?」
「同じ土俵にすら立っていないんです。『大人』な先輩と比べては酷というものです」
「もしや……」
上級生がハッとした表情になり、小柄な少年をまじまじと見下ろす。
少女のように華奢だ。まさかまだ二次性徴を迎えていないのか――!?
「そうです。服越しのサイズ勝負ではさぞ立派にみえるでしょうが、まだ『未熟』なんです! 勘弁してやってください!」
「そ、そうだったのか。騎士科で一番などと耳にして、つい冷静さを失ってしまった。すまん。大人げなかったな」
(え。どういうこと?)
歯に衣着せぬルーカスにしては珍しく、ほのめかすような会話だ。
頭上で交わされる会話にミシェルはついていけない。
あっという間に勢いを削がれた上級生が、最後には頭を下げてきた。
「人の成長には個人差がある。あまり気にするなよ」
終いには憐れみの目で慰めてきた。わけがわからない。
「……先輩のせいで、彼のデリケートな問題を多くの生徒が知るところとなりました。どう責任とってくれるんですか?
「え?」
退散しようとする大男を、ルーカスが引き留めた。
「今後は風呂や更衣室で、好奇の視線に晒されるでしょう。彼のこれから受けるであろう精神的苦痛に対し、先輩は一体どう責任とるんですか?」
「そっ、それは」
「先輩は寮長ですよね。寮生を守る立場の人間が、一人の生徒の学生生活を潰したんです。この罪は重いですよ」
「しかしバラしたのはお前だろう」
言い返すも、言葉で他人を攻撃することに慣れている毒薔薇公子には反論のうちにも入らなかった。
「騎士科の代表ともあろう人が言い訳ですか! 俺が説明しなければ、先輩は彼を公開処刑したんですよ!」
「す、すまない」
ルーカスに責め立てられ、寮長はどんどん小さくなる。
「謝ったくらいですむ話ではありません。誠意を見せてください」
「……オレにできることなら何でもしよう」
「では彼が更衣室とシャワールームを人目を避けて使用できるように、鍵を与えてください」
「いやしかし、そんな設備を私物化するような真似は……」
男らしく覚悟を決めてみせたが、突きつけられた要求の大きさに慄く。
「誰のせいで、他の生徒と一緒に利用しづらくなったと思ってるんですかねぇー」
「うぐ……」
顔も口調も悪党そのもの。寮生達の前で寮長をつるし上げる新入生。
酷い絵面だ。
「今夜から使いたいので、夕食後前に持ってきてください」
「うむ……」
「よく聞こえませぇん。ハッキリ大きな声で言ってくださぁい」
「~~ッわかった!!」
あれよあれよという間に、ルーカスはミシェルの着替え&風呂問題を解決してみせた。
(ありがたいけど、これ絶対噂になるやつだ)
人助けをしてもイメージダウンになる男。それが新生ルーカス・スコーティアだった。
「あのぅ……」
心当たりはないが、相手は気が立っているようだ。
知らぬうちに何かしてしまったのか、とミシェルは不安になった。
「はっきり返事をしろ!」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「語尾を伸ばすな!」
「はいッ!!」」
扉の向こうで仁王立ちしていたのは、名も知らぬ上級生だった。
見上げるほどの長身で、体の厚みはミシェルの二倍……は言い過ぎだが、向かい合う二人はかなり体格差がある。
「噂は聞いたぞ。ずいぶん調子に乗ってるようだな」
「え? 何のことでしょうか?」
今日は入学式の後、学校説明や教室内での自己紹介しかしていない。
ミシェルが人の注目をあつめることなど、ルーカスと同室になったことくらいだ。
「とぼけるな。キサマ、騎士科で一番だとほざいているらしいな」
「何の話ですか!?」
「男の沽券の話だ!!」
(あ。察し)
沽券というか、股間の話だろう。
(ちょっとポールのヤツどんな風に吹聴したのよ!)
事実に基づかない噂だと、わかっていても恥ずかしい。
騒ぎを聞きつけて、寮生が集まってきた。
「騎士科で一番の男はオレだ。今この場で勝負しろ!」
「今この場で!?」
「ここには男しかおらんのだ、恥じる必要はあるまい。丁度いいからギャラリーには、勝負の見届け人になってもらおう」
赤くなった顔が、瞬時に青くなる。
野次馬の一人と目が合い、ミシェルはぶんぶんと首を振った。
「絶対嫌です! お断りします!」
「逃げるのか卑怯者!」
「卑怯でも何でもかまいません。先輩がどんな話を聞いたのか知りませんが、僕は自分の体について吹聴した覚えはありません! もし噂の内容が気に障ったのなら、それは僕のあずかり知らないところです!」
人前で脱ぐなんて冗談じゃない。なんと言われようと絶対に応じるわけにはいかない。
「噂については無実だと理解した。だが、噂になるほどの逸物を持っているのは事実。騎士科の頂点はどちらなのかハッキリさせるぞ!」
「させなくていいです!」
「オレはしたいんだ! 減るものではないだろう、さっさと脱げ!」
掴みかからんばかりの勢いで近づいてくる上級生に、ミシェルは後ずさりした。
「――先輩。待ってください。こいつはまだ『子供』なんです」
初日にして絶体絶命。涙目になったミシェルの視界に、鮮烈な赤が入りこむ。
彼女を庇うように、紅の髪を靡かせてルーカスが立ちはだかった。
「何だと?」
「同じ土俵にすら立っていないんです。『大人』な先輩と比べては酷というものです」
「もしや……」
上級生がハッとした表情になり、小柄な少年をまじまじと見下ろす。
少女のように華奢だ。まさかまだ二次性徴を迎えていないのか――!?
「そうです。服越しのサイズ勝負ではさぞ立派にみえるでしょうが、まだ『未熟』なんです! 勘弁してやってください!」
「そ、そうだったのか。騎士科で一番などと耳にして、つい冷静さを失ってしまった。すまん。大人げなかったな」
(え。どういうこと?)
歯に衣着せぬルーカスにしては珍しく、ほのめかすような会話だ。
頭上で交わされる会話にミシェルはついていけない。
あっという間に勢いを削がれた上級生が、最後には頭を下げてきた。
「人の成長には個人差がある。あまり気にするなよ」
終いには憐れみの目で慰めてきた。わけがわからない。
「……先輩のせいで、彼のデリケートな問題を多くの生徒が知るところとなりました。どう責任とってくれるんですか?
「え?」
退散しようとする大男を、ルーカスが引き留めた。
「今後は風呂や更衣室で、好奇の視線に晒されるでしょう。彼のこれから受けるであろう精神的苦痛に対し、先輩は一体どう責任とるんですか?」
「そっ、それは」
「先輩は寮長ですよね。寮生を守る立場の人間が、一人の生徒の学生生活を潰したんです。この罪は重いですよ」
「しかしバラしたのはお前だろう」
言い返すも、言葉で他人を攻撃することに慣れている毒薔薇公子には反論のうちにも入らなかった。
「騎士科の代表ともあろう人が言い訳ですか! 俺が説明しなければ、先輩は彼を公開処刑したんですよ!」
「す、すまない」
ルーカスに責め立てられ、寮長はどんどん小さくなる。
「謝ったくらいですむ話ではありません。誠意を見せてください」
「……オレにできることなら何でもしよう」
「では彼が更衣室とシャワールームを人目を避けて使用できるように、鍵を与えてください」
「いやしかし、そんな設備を私物化するような真似は……」
男らしく覚悟を決めてみせたが、突きつけられた要求の大きさに慄く。
「誰のせいで、他の生徒と一緒に利用しづらくなったと思ってるんですかねぇー」
「うぐ……」
顔も口調も悪党そのもの。寮生達の前で寮長をつるし上げる新入生。
酷い絵面だ。
「今夜から使いたいので、夕食後前に持ってきてください」
「うむ……」
「よく聞こえませぇん。ハッキリ大きな声で言ってくださぁい」
「~~ッわかった!!」
あれよあれよという間に、ルーカスはミシェルの着替え&風呂問題を解決してみせた。
(ありがたいけど、これ絶対噂になるやつだ)
人助けをしてもイメージダウンになる男。それが新生ルーカス・スコーティアだった。
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