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本編

おっふ

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 植物園は、普通科の校舎に近い場所にあった。
 この学び舎は左右対称な設計になっているので、騎士科の屋内訓練所に対比するように、温室を備えた植物園が造られている。
 ガラス張りの空間は、南国を思わせる木々が生い茂っていた。
 ギャラリエのような人工的な建築美と、ジャングルを持ってきたような野生が不思議な雰囲気を醸し出していた。

 今の季節は春だが、温室内は初夏のような気温だった。

(外は時間帯によっては肌寒いのに、ガラス一枚隔てただけでこうも変わるとは不思議だな)

 視覚情報だけではなく、暖かな空気も相まって、温室の中に一歩中に入るだけで、外の世界から切り離された気になる。
 生命の息吹を色濃く感じるが、人の気配のない空間をミシェルはゆっくり進んでいった。

「こんにちは」

 ルームメイトと同じ色をした後頭部を見つけたので声をかけた。
 振り向いた青年は、声の主と目が合うと軽く会釈をした。用は済んだと判断したのか、無言のまま元の姿勢に戻った。

「先輩ですよね。ここで何をされているんですか?」
「……。君は何をしに来たの?」

 近づいて話しかけてきたミシェルを、セドリックは訝しげに見上げた。

「……実は僕、絵を描くんです。姉には及びませんけど」

 さりげなく傍によけて隠しているが、スケッチブックと絵筆が見えたので、彼女は賭けに出た。

「姉?」
「ミシェル・バルトです。僕は弟のミハイルと言います」
「!? そうか、彼女の弟か」

 当たりだったようで、セドリックは笑顔になった。
 絵を描く人間にとってバルト伯爵令嬢の名は効果抜群だった。

「いい場所ですね。静かだし、人気が無いし、雨に濡れない。何より自然な明るさがいい」

「そうなんだよ! 部屋だと薄暗くて仕方が無い。実家は窓が大きかったのか不便だと思ったことはなかったけど、この学校の建物は窓が小さい割に照明が弱いんだよ。屋内で描くなら、明るさって大事だよね。勉強するにしても暗くていいことは一つも無いのに、どうしてあんな設計にしたのかな」

 ミシェルを同志と認めたのか、一転して饒舌になるセドリック。

「ですよね。彩色に影響するのも困りものですが、デッサンだって薄暗いと目が辛くなりますよね」

「わかる! 最初はいいんだけど、段々辛くなってくるんだよ! 部員じゃないと美術室使えないから、君も騎士科ならここで描けばいいよ。校舎を分けるのは構わないけど、それならせめて同じ設備を平等に作ってほしいよね。騎士科にだって美術室は必要だと思うんだ。これってひどい偏見だよね!」

 彼の方から話してくれるのは嬉しいが、捲し立てるように喋られて困った。
 異母弟とは離れて育ったはずだが、血の繋がりがあると喋り方も似るのだろうか。

「ああ、僕たちは部活禁止ですもんね」

「校則では禁じられてないけど、暗黙の了解みたいになってるね。入部届を出せば認められるだろうけど、普通科の人間しかいないから居心地悪いと思うよ」

 先ほどまでとは違い、落ち着いた口調になる。
 どうやら彼の早口は、趣味の話題限定らしい。
 ずっとあの調子で話しかけられるのは辛いので、ミシェルは安心した。

「そうなんですね。まだ入学したばかりで、この学校のことよくしらなくて」
「寮で上級生と同じ部屋なら、教えてもらえるんじゃない?」
「人数の都合で、新入生同士の部屋なんですよ」

 ミシェルは種をまいた。これからルームメイトの話題を小出しして、親近感が芽生えた頃に実は異母弟だったと明かす作戦だ。

「デッサンの邪魔してすみません」
「かまわないよ。周りに絵を描く人間がいないから、話せて嬉しかった」
「先輩はどんな絵を描いてるんですか?」

 ミシェルの問いかけに、セドリックは固まった。
 いきなり踏み込みすぎたかな、と彼女は慌てて撤回した。

「すみません、出会ったばかりなのに図々しかったですよね。無理にとは言いません」
「いや、いいよ。ただ独学で癖があるから、どう思われるか不安であまり他人に見せたくないんだ」

 セドリックは照れくさそうな顔をして、スケッチブックを差し出してきた。
 ルーカスと半分血がつながっているとは思えない。地味というか相手に安心感を与える顔立ちだった。
 二人の似ている部分は、艶のある深紅の髪くらいのもの。深みのある赤い色は、華やかなルーカスには一層の鮮烈さを、穏やかなセドリックには落ち着きのある温かみを与えている。

 彼は上級生だが、一人で黙々と絵を描く姿が弟と重なり、ミシェルは微笑ましく感じた。

「ありがとうございま――」

 言葉が不自然に途切れてしまったのは仕方ない。
 紙には複数の美少女が描かれていた。

(お、おおう……)

 全員等身が低いので、美幼女といった方が正しいかもしれない。
 頭と目が大きく、手足がとても細い。
 とてもかわいいのだが、かなり個性的な絵だ。あと露出がすごい。

(先輩も男なんだな。……アランもこういうのが好きなのかな)

 従兄弟がこういった絵に夢中になっている姿を想像しかけて、ミシェルは動揺した。

(いやいやいや。アランを思い浮かべたのに特に意味はないから! 身近な異性といったらアランなだけだから! うんそう、それだけ!)

 誰もなにも言っていないのに、心の中で慌てて否定する。

(アランは幼女に興味は無いはずよ。普通の男は色気がある女が好きなんだから!)

 描かれた少女達に色気はない。見えちゃいけないところが出ちゃってるが、いやらしさは感じなかった。

「……もしかして、ここにある植物がテーマ……というか、象徴してます?」
「そうなんだ! 彼女たちはここにある植物の擬人化なんだよ!」
「そ、そうでしたか。かわいいですね。絵本にしたら女の子が飛びつきそうです」

 目を輝かせるセドリックに、ミシェルは気圧された。

「絵本か」
「先輩の絵なら、童話とか相性が良さそうですね」
「子供向けの自覚はなかったけど、ありかもしれないな」

(いやむしろ子供向けでは!? これ大人に見せてどうしろと?)

 心の中でツッコみつつ、ミシェルはセドリックをヨイショした。

「絶対人気出ます! 『無難な絵』、『できのいい絵』はこの世にいくらでもあります。でも人『の心に残る絵』、『他にはない個性がにじみ出る絵』は稀です。先輩の絵には、誰にも真似できない個性があります!」

「そう真正面から褒められると、照れるな……」
「自信を持ってください!」

 ミシェルは断言した。
 親しくなるために、心にもない褒め言葉を口にしているわけではない。
 異質だがセドリックに唯一無二の個性があるのは事実だ。有無を言わせぬ画力の高さで、奇をてらった作品を『新しいジャンル』にして魅せている。
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