上 下
38 / 43
本編

俺達の戦いはこれからだ――?(本編最終話)

しおりを挟む
 音楽室の一件から数週間が経過した。

 平常運転なルーカスと違い、ミシェルは時折浮かない顔をするようになった。
 本人はいつも通りを心がけているのだろうが、ポール達も時々物言いたげな表情で彼女を見ている。
 三人の中では面倒見の良いオスカーが話を聞こうとしたが、『家庭の事情だ』と言われてしまえば引き下がるしかない。
 彼等はまだ十代で、親の庇護下にあるが貴族だ。
 要所をぼかそうとも、外に漏らしてはいけない話のひとつや二つあって当然だ。

 シャワーから戻ったルーカスは、ぼんやりとベッドに腰掛けるルームメイトに近づいた。

「おい、辛気くさい顔を止めろ」
「すみません」

 頭を垂れるミシェルに「欲しいのは謝罪じゃない」と、ルーカスは言い放った。

「十日だ。十日経っても自己解決できないなら、それはもうお前の手に余る問題だ。見た目は十五、中身はそれなりな俺が聞いてやろう」

 いつものドヤァァと効果音がつきそうな顔で胸を張るが、いつもと違い彼女はツッコまなかった。

「……生徒会の後任が見つかり次第、アランはアドリアを辞めて留学するそうです」

 逃げるのか、とルーカスは呆れたが、別の可能性があることに気付いた。
 もしかしたらルーカスの言葉に従い、ミシェルを視界に入れないよう物理的に離れることにしたのかもしれない。
 何にせよ彼女を快く思っていない存在が消えてくれるのならそれでいい。

「それで? お前は大好きな従兄弟が遠くに行っちまうことが嫌なのか?」

 面白くなさそうに聞く男に、ミシェルは首を振った。

「違います。僕もそうするべきなんじゃないかと」
「留学か? 何のために?」
「そっちじゃなくて、この学院を去るべきじゃないかと……」

 ぼそぼそと告げられる言葉に、ルーカスは柳眉を逆立てた。

「それこそ何の冗談だ」
「僕はミハイルじゃありません。あの子が学校に通えるなら、そうさせるのが正しいんです」

 ミハイルが一人で学生生活を送れることは、隊長の報告と小説が証明している。

 ミシェルは世間に嘘をつき続けている。
 画家だという嘘は、良心の呵責などという個人的感情で暴露してしまえば取り返しがつかない大問題になる。
 でも弟の名を騙って学院に通うことに関しては、たいした問題ではない。

「弟をド田舎の学校にでも通わせるつもりか。――まだ交通機関が脆弱な世界だから、生まれてから死ぬまで地元を離れない連中が通うような学校なら誤魔化せるだろうな」
「そうです」

 ミシェルはルーカスの言葉に頷いた。

 本物のミハイルを、今更アドリア学院に通わせることはできない。
 肺の病が見つかったことにして、空気がきれいな田舎の学校に転入という形にするのが自然だろう。
 持病持ちだということにすれば、彼が伯爵家を継がず、ミシェルが婿を取る表向きの理由にもできる。

「それで自分はスランプになったフリをして謝罪行脚ってか。ふざけんな」
「……」

 ミハイルが学生生活を送る期間、画家として請け負った仕事はすべて延期、もしくはキャンセルになる。

「当初の計画でいいだろ。誰も困んねぇんだから」

 長年表に出てこなかったバルト伯爵家の長男。
 その安否を疑う者もいたので、ミシェルが堂々と学院に通うことで世間に伯爵家に問題は無いと印象づける。
 世間は公爵家の双子は、うり二つな異性双生児だと認識するだろう。
 学院を卒業、怪我をしたので家を継ぐのは無理だということにすれば、引きこもりのミハイルという図式を作ることができる。
 家の体裁を保てるし、ミハイルはずっと安心できる場所で絵を描き続けられる。
 これが当初ミシェルが考えたプランだった。

「正しいとか、正しくないとか捨てちまえ。お前はどうしたいんだよ」

 問いかけてもミシェルは俯いたままだ。
 苛立ったルーカスは、いささか乱暴に彼女の顔を上に向かせる。俗に言う顎クイだ。

「ここの生活が嫌なら、とっとと辞めろ。この数ヶ月楽しかったのか? 辛かったのか? お前の気持ちはどうなんだ?」
「……嫌じゃない、でも」

 ルーカスは、否定の言葉を紡ごうとする口を指で阻止した。
 顎に添えていた右手で、ミシェルの頬をつまむように押しつぶす。

「でももクソもねぇ。お前はもっと我が儘に生きろ。周りの連中だって好き勝手してるだろ。――人生はな、許される範囲で楽しんだもん勝ちなんだよ」

 人生二回目の俺が言うんだから間違いない、と断言するルーカスに彼女は苦笑した。

「そういえば入学前の公子も、許されるギリギリの範囲で好き勝手してましたね」
「セドリックの同人誌と同じで、本能というか本質なんだろ」
「……ルーカス様は、自分の人生を悔いたりしそうにないですね」

 ミシェルが羨ましそうに言うと、ルーカスは鼻で笑った。

「そんなことないぞ。前回も今回も黒歴史だらけだ。もしタイムスリップできるなら、ひとつ残らず消してやりたいね」

 相変わらず理解できない単語を、聞き手に配慮せずに多用するルームメイト。だがそんな彼との会話にも、たった数ヶ月ですっかり慣れてしまった。

「俺の性根は陰の者だが、開き直ってるからな。ある意味無敵の人だ」
「ん? 前に言ってた陰キャってやつですか」
「ちげーから。陰キャと、陰の者は微妙に違うから!」

 ミシェルがいつもの調子を取り戻したと判断し、ルーカスはベッドから離れて椅子に座った。

「で、どうするんだ?」
「……いろんな人を騙すことになるけど、僕は今の生活を気に入ってます」

 せめて卒業までは、この学院の生徒として過ごしたい。

「そうか。というか俺に散々借り作っておいて、踏み倒すなんて認めないからな」
「借りなんてありましたっけ?」
「あるだろ! お前の性別秘匿を助けただろう。それに対してお前は全然成果だしてないじゃないか」
「あー……」
「忘れてたなこの脳筋娘。『セドリック・ロス』が死んだからには、俺が家を継がなきゃいけないんだぞ。俺のイメージアップ! しっかり働いてもらうからな!」

 悲しいかな。ポールと少し話すようになったが、未だにルーカスは授業で組む相手がいない。
 ミシェルは三人組と行動することが多いので、ペアが二組でルーカスの入る余地がない。

「気長にやりましょう」

 愛想笑して誤魔化すミシェルに、ルーカスもイイ笑顔を浮かべた。

「言ってなかったが、コレは俺の作品にしては珍しくシリーズものだ。卒業まで割と頻繁に事件が起きる」
「は?」
「来年この学院はテロリストに占拠される」
「はああ!?」
「アクションじゃなくてミステリー小説だから、勿論これにも裏がある。死んだモブ生徒に赤毛も黒髪もいた。俺達の進学はイレギュラーだ。世界の『修正力』が働いて、既に退場しているはずの俺達をそのポジションにするかもしれない」

 全部終わったと思ったのに、まさか序章だったというのか。
 情報の嵐にミシェルは頭がクラクラがした。

「今のうちから学院中にトラップ仕掛けて備えるぞ!」
「学べ! 余計なことをして容疑者になった過去から学べ!!」

 どうやらこの男は、この先もミシェルを巻き込む気満々らしい。



 余談だが、二人に頼まれて学内の事件を調べていたポールは、調査内容を書き留めたメモを落とした。
 偶然それを拾った第三王子は、よくまとめられた文章と字が綺麗なことに目をつけて彼を書記に推薦した。
 こうして『事件の調査をしていた主人公が、第三王子に目をつけられて引き立てられる』という小説第一巻の結末は見事に回収されたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

処理中です...