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本編
頭から水を浴びたような
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寮の部屋に戻った二人は、自習などそっちのけで相談を始めた。
以前と同じ過ちを犯さないため、声のボリュームには気をつけている。特にミシェル。
「動物の死骸とか、器物損壊とか具体例をあげてましたが、もしかして小説の中で起きた事件ですか?」
「そうだ。そしてポールが解決した事件でもある。器物損壊――投石事件については、事件が発生していないことを再確認した形だな」
作中ではミシェル達の部屋があるフロアの一室に外から石が投げ込まれた事件なので、もし実際に起きていたら大きな騒ぎになっていたはずだ。
「どちらもセドリック殺しの準備だ。投石事件は毒液を作るための材料確保、動物の死骸は本当に生き物が死ぬのか確認するための実験だ」
「……小説の中で、弟はそんなことに加担していたんですね」
ミシェルは目を伏せた。
現実のミハイルは何もしていないが、もし彼が入学していたら計画的に人を殺すことに協力したのかもしれないと思うと胸が苦しかった。
「煙草の調達はミハイルが行ったが、動物実験には関わっていない。ミハイルは『煙草を水出ししたものを飲ませたら嘔吐する。人前で恥をかかせてやりたいから、協力しろ』と説明されていただけだ」
珍しく彼女をフォローするルーカス。
投石事件は発生から間もなく主人公が解決したが、ポールはミハイルを犯人として突き出さなかった。『厳しく育てられたお坊ちゃんの過ち』だと、同情したからだ。
「でもセドリック先輩は亡くなった。その後もあの子は、素知らぬ顔で学院生活を送ったんですよね」
ミシェルは身内の弱さ、愚かさを突きつけられて項垂れた。
手を潰すと脅されたのは同情する。だがその後の行動はいただけない。
(やっちゃいけないことだって、子供にだってわかることなのに。どうして『ルーカス・スコーティア』から逃げようとしなかったの……?)
ミハイルの対人能力では、クラスメイトや教師といった他人に助けを求めるのは難しかっただろう。
だが父や姉、従兄弟までもそうだったのか。
五年前はまだ幼かったから、誰にも言えずに引きこもってしまった。でも今ですら、家族を頼ることができないのか。
あの日からミシェルは、弟と新しい関係を築こうと努力してきた。父もだ。
だが全部無駄だったと突きつけられたようで、手足が冷たくなった。
「平然としていたわけじゃない。『ルーカス』は凶器の調達と、ポットへの細工をミハイルにさせた。つまり実行犯に仕立て上げたんだ。騙されたとはいえ、殺人に手を染めたミハイルは黙っていることしかできなかった」
気がつけば二人とも、作中の『ルーカス・スコーティア』を、今この部屋にいるルーカスとは別人として扱っていた。
この部屋にいるのは、己の身勝手な都合で血のつながった兄を亡き者にした男ではない。
「それは自分が人殺しだ、ってバレないようにですね。バレなければいい、と思っていたんですよね」
「アイツ一人の問題じゃない。家族に迷惑をかけるからだ」
「そんなの言い訳です」
「やってしまったことは、取り返しがつかない。だからこれ以上、被害が大きくならないようにしたんだ」
ルーカスの言葉に、ミシェルは息をのんだ。
今し方の会話は、そっくりそのまま彼女にも当てはまることに気付いた。
自分だって、幼い子供だってわかるようなやってはいけないことを――犯罪の片棒を担いでいる。
弟に名前を貸して世間を欺いている。
(私も小説の『ミハイル』と同じだ――……)
他人に危害を加えていないが、だからといってミシェルのしていることが小説のミハイルよりマシという話ではない。
「おい」
「……」
ルーカスは顔色を悪くした相棒に不穏なものを感じた。
呼びかけても反応がない。
考え込んでいる、というより思い詰めている様子だ。
パンッ!
ネコだましをして、意識を現実へ引き戻す。
目の前で手を叩かれたミシェルは虚を突かれた顔をした。
「あ――」
「今は目の前にあるものに集中しろ」
瞳を揺らすミシェルに、ルーカスは言い聞かせるように告げた。
「ミハイルの件は、俺がそう書いたんだ。ストーリーの展開上必要なことだった。恨むなら作者を恨め」
以前と同じ過ちを犯さないため、声のボリュームには気をつけている。特にミシェル。
「動物の死骸とか、器物損壊とか具体例をあげてましたが、もしかして小説の中で起きた事件ですか?」
「そうだ。そしてポールが解決した事件でもある。器物損壊――投石事件については、事件が発生していないことを再確認した形だな」
作中ではミシェル達の部屋があるフロアの一室に外から石が投げ込まれた事件なので、もし実際に起きていたら大きな騒ぎになっていたはずだ。
「どちらもセドリック殺しの準備だ。投石事件は毒液を作るための材料確保、動物の死骸は本当に生き物が死ぬのか確認するための実験だ」
「……小説の中で、弟はそんなことに加担していたんですね」
ミシェルは目を伏せた。
現実のミハイルは何もしていないが、もし彼が入学していたら計画的に人を殺すことに協力したのかもしれないと思うと胸が苦しかった。
「煙草の調達はミハイルが行ったが、動物実験には関わっていない。ミハイルは『煙草を水出ししたものを飲ませたら嘔吐する。人前で恥をかかせてやりたいから、協力しろ』と説明されていただけだ」
珍しく彼女をフォローするルーカス。
投石事件は発生から間もなく主人公が解決したが、ポールはミハイルを犯人として突き出さなかった。『厳しく育てられたお坊ちゃんの過ち』だと、同情したからだ。
「でもセドリック先輩は亡くなった。その後もあの子は、素知らぬ顔で学院生活を送ったんですよね」
ミシェルは身内の弱さ、愚かさを突きつけられて項垂れた。
手を潰すと脅されたのは同情する。だがその後の行動はいただけない。
(やっちゃいけないことだって、子供にだってわかることなのに。どうして『ルーカス・スコーティア』から逃げようとしなかったの……?)
ミハイルの対人能力では、クラスメイトや教師といった他人に助けを求めるのは難しかっただろう。
だが父や姉、従兄弟までもそうだったのか。
五年前はまだ幼かったから、誰にも言えずに引きこもってしまった。でも今ですら、家族を頼ることができないのか。
あの日からミシェルは、弟と新しい関係を築こうと努力してきた。父もだ。
だが全部無駄だったと突きつけられたようで、手足が冷たくなった。
「平然としていたわけじゃない。『ルーカス』は凶器の調達と、ポットへの細工をミハイルにさせた。つまり実行犯に仕立て上げたんだ。騙されたとはいえ、殺人に手を染めたミハイルは黙っていることしかできなかった」
気がつけば二人とも、作中の『ルーカス・スコーティア』を、今この部屋にいるルーカスとは別人として扱っていた。
この部屋にいるのは、己の身勝手な都合で血のつながった兄を亡き者にした男ではない。
「それは自分が人殺しだ、ってバレないようにですね。バレなければいい、と思っていたんですよね」
「アイツ一人の問題じゃない。家族に迷惑をかけるからだ」
「そんなの言い訳です」
「やってしまったことは、取り返しがつかない。だからこれ以上、被害が大きくならないようにしたんだ」
ルーカスの言葉に、ミシェルは息をのんだ。
今し方の会話は、そっくりそのまま彼女にも当てはまることに気付いた。
自分だって、幼い子供だってわかるようなやってはいけないことを――犯罪の片棒を担いでいる。
弟に名前を貸して世間を欺いている。
(私も小説の『ミハイル』と同じだ――……)
他人に危害を加えていないが、だからといってミシェルのしていることが小説のミハイルよりマシという話ではない。
「おい」
「……」
ルーカスは顔色を悪くした相棒に不穏なものを感じた。
呼びかけても反応がない。
考え込んでいる、というより思い詰めている様子だ。
パンッ!
ネコだましをして、意識を現実へ引き戻す。
目の前で手を叩かれたミシェルは虚を突かれた顔をした。
「あ――」
「今は目の前にあるものに集中しろ」
瞳を揺らすミシェルに、ルーカスは言い聞かせるように告げた。
「ミハイルの件は、俺がそう書いたんだ。ストーリーの展開上必要なことだった。恨むなら作者を恨め」
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