上 下
23 / 43
本編

主人公補正をあてにする

しおりを挟む
 ポールが去った後、ルーカスは舌打ちした。

「クソ。俺が主犯で、お前が共犯とかシナリオ通りじゃないか! というか今の時点では、犯人の目星すらつかなくて、不穏な空気を醸し出しつつ学院生活が進むはずなのに、もう容疑者になってるなんてスピード展開過ぎる!」
「……」
「覚えておけ。これが『強制力』ってやつだ」
「ちょっと静かにしてくれませんか」

 ルーカスの話に付き合う余裕がない。
 なんでこうなってしまったんだろう。ミシェルは手で顔を覆った。
 何もしなければ小説の通りの最後を迎える。
 だが未然に防ごうとした結果、ミシェルは疑われることになった。
 変えられると思ったのは勘違いで、動いても、動かなくても結果は同じなのではないか。無力感に苛まれる。

「今どんな扱いになっているのかわからないが、もし他殺の線で捜査されたら、俺達が異母兄弟だと知られるのは時間の問題だ。こうなったら取り調べされる前に、身の潔白を証明するしかない」

「どうするんですか?」

「俺たちで犯人を見つけるんだよ」

 ミシェルは顔を上げて、ルーカスを見上げた。
 至って真剣な表情だ。ふざけている様子はない。

「――そんなこと可能なんでしょうか」

 二人とも入学したばかりで、アドリア学院(ここ)について詳しくない。
 そもそも素人だ。

「本格的な捜査が始まったら、お前は正体がバレるんだぞ。やれるかじゃなくて、やるんだよ」

 ルーカスの言葉を聞き、ミシェルは目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
 不安も迷いも全部吐き出す。
 再び目を開けたとき、彼女は覚悟を決めた。

「……わかりました。でも三階の人達に警戒されているのに、話を聞きに行っても大丈夫ですかね」
「それに関しては考えがある。ポールを使え。セドリックに関しては同じフロアのアイツに調べてもらい、外では基本アイツと一緒に行動しろ」

 お調子者だが気さくなポールは、人の懐に入り込むのがうまい。
 案外お人好しなので、頼めば協力してくれるだろう。
 人選としては悪くない。

「代わりに調べてもらうのは賛成ですが、一緒に行動しろって言うのはもしかして一人だと身の危険があるからですか?」

 義憤にかられて暴走したり、セドリックと親しい生徒が手を出してくる可能性があるのだろうか。

「いいや。アイツはこの物語の主人公様だからな。頭脳は並だが、タイミングが良い。謎解きに必要な情報を天然で拾うはずだ」

「ええっ!? あのポールが!?」

「そうだお前は、単なる『股間タッチモブ』だと思ってたようだが。アイツが主人公だ。ソロモンなんてたいそうな名前を、モブにつけるわけがないだろう」

「いえ、そこまでは思ってませんよ」

 失恋やナンパなど、各イベントにポールが関わっていたのは、彼が物語の中心だったからだ。

 前世のルーカスが書いた『騎士科の劣等生』の、ポール・ソロモンは共感型主人公だ。
 彼はごくごく普通の等身大の少年であり、弱さを見せたり、失敗を繰り返したりして、読者に安心感と共感を覚えさせるキャラクターにしている。
 北部の田舎から出てきたポールは、入学当初は広大な学院や大勢の人間と一緒に生活することに戸惑いながら、好奇心たっぷりに学院生活に身を投じる。
 些細なことにも驚き、新鮮さを感じる彼の視点で、舞台がどんな世界なのか読者に伝えていく。
 話の進行に伴い小さな事件の現場に遭遇し、一つ一つ謎を解き明かすうちに、実は全てがつながっていることに気づく。隠された真相をたぐり寄せた結果、学期の初めに起きた殺人事件を見事解決し、彼は王子の側近として取り立てられるのだ。

 ポールの説明を聞きながら、ミシェルは(ソロモンって、そんなに立派な名前かな。北部ではわりとありふれた姓だと思うんだけど……)と、ぼんやり考えた。



 ポールに協力してもらった結果、寮に戻った後のセドリックの行動がわかった。

 親睦会の日。単身で一足早く寮に戻ったセドリックは、寮父から鎮痛剤をもらうと、その場で飲んですぐに就寝。
 その後は夕食もシャワーもスキップして、ずっと寝ていた。

 翌日、公務で学院を離れていた第三王子が早朝寮に戻ってきたところ、廊下で倒れているセドリックを発見。
 意識が無かったので学校の設備では不充分だと判断し、町の診療所に連れて行こうと乗ってきた馬車に乗せたが手遅れだった。

 亡くなる直前の状態から、死因は何らかの薬物中毒と診断されたために、学校側は慎重になっているらしい。
 王族も通うような名門校で、生徒が薬物乱用で死んだと外に漏れたらスキャンダルになる。
 学院内で薬物が蔓延しているとなれば、醜聞どころではない大問題だ。
 おそらく教員達は、セドリックが薬物を入手したルートを調べているのだろう。
 ルーカスとミシェルに呼び出しがかからないところをみると、学校側の調査では現時点で二人は容疑者になっていないのだ。自分たちで調査するなら今しかない。



 寮の部屋が近いポールから「今日の放課後、家族がセドリックの荷物を引き取りにくる」と、聞いたのでミシェルは温室に行った。
 彼には寮にいてもらい、彼女が戻る前に子爵家の人間が帰ってしまわないよう引き留めてもらうことにした。

 いつもの場所にいくと、そこには二つのクッションが並んでいた。
 先日までと同じ光景なのに、持ち主がもうこの世にはいないと思うと、言いようのないもの寂しさを感じた。
 彼女はクッションを遺族に引き渡すつもりだった。
 セドリックが現れないのなら、この先ミシェルが温室に足を運ぶことはない。並べて置かれたクッションは誰にも使われず、経年劣化していくに違いない。数年後に持ち主不明のゴミとして処分されるくらいなら、ちゃんとした形で片付けたい。

「おや、?」
「え?」

 クッションを抱えて温室を出ようとしたとき、ミシェルは作業着姿の老人に声をかけられた。
 用務員か、園丁だろう。

「あの。どういうことでしょうか」
「そのクッション。しばらく一個消えてたけど数が戻ったから、てっきり仲直りしたのかと思ったんじゃが……違ったのかい?」

 彼が誰かとミシェルを勘違いしているということに気付き、彼女は質問を変えた。
「おじいさんは、このクッション使ってた生徒を覚えてますか?」
「君じゃないのかい」
「僕も使ってたんですが、その前です。初めてクッションを見たのはいつで、数が減ったのに気づいたのはいつですか?」

 セドリックはこの温室でと一緒に過ごしていた。
 そのがいなくなったから、彼はクッションを一つ持ち帰った。
 そしてミシェルが通うようになり、しまい込んでいたそれを再び持ってきたのだろう。

「クッションが置かれるようになったのは、えーっと、花壇の工事が終わった時だから去年の春過ぎ。数が減ったのは……ベンチを入れ替えたときには無かったから、冬には減ってたのう」
「どんな生徒が使っていたか覚えていますか?」
「若い子はみんな同じに見えるからのう」

 あごひげを撫でながら答える老人に、ミシェルは詰め寄った。

「何か特徴があったりは」
「そこまでジロジロ見んわい」

 ここで引き下がっては駄目だ。老人が答えやすいよう、選択肢を絞って畳みかける。

「体格は?」
「いつも座ってたからわからんよ」
「二人に体格差はありましたか?」
「……どっちも似たようなもんじゃったな」
「目の色は? 髪の色は?」
「あまり覚えとらんけど……。片方は赤髪で、片方は黒、いや茶色……?」
「要はブルネットですね!」

 間違いなく赤髪はセドリックだ。
 ミシェルも黒髪なので、老人は勘違いしたのだろう。
 セドリックは中肉中背。体格の良い騎士科の生徒の中では、細身の部類になる。座って作業している姿を遠目に見ただけならば、小柄なミシェルと見間違えてもおかしくない。

「二人は温室でどんな風に過ごしていたんですか?」
「どっちも何か書いてたのう。片方は絵だったけど、もう片方はよくわからん。テーブルにノートを置いてたから勉強してたのかもしれんなぁ」
「その生徒を連れてきたらわかりますか?」
「無理じゃよ。ちょいちょい見かけたけど、遠目にチラッと見ただけじゃもん」

 これは手がかりかもしれない。
 ミシェルはクッションを抱えたまま、拳を握りこんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...