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本編
エリスの胸はパッド入り
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その月の、最後の外出日。
昼前に買い物を終えたミシェル(男Ver.)と、エドガー(女Ver.)の二人は、公園のベンチに並んで座った。
何もかも偽装したカップルだが、傍目には初々しい少年少女のデートにみえる。
「あっははは! なにそれ面白い!」
「笑いごとじゃないよ」
「訳あって三人のナンパ対決を妨害したいので、今日は早めに解散したい」と、ミシェルが説明したところ、エドガーは腹を抱えて笑った。
結構豪快な笑い声だが、遠目にはパステルピンクのワンピースを着た少女が無邪気に笑っているようにしか見えないだろう。
一応声変わりを終えているので、いつもは声を作っているエドガー。
父親やミシェルといった、彼が男だと知っている相手と二人きりの時は地声で話すので、見た目に対し今の声は浮いている。
ずっと演じていると、声が戻らなくなる。
エドガーからそのことを聞いたとき、ミシェルはドキリとした。
卒業までの数年間、ずっと男言葉で喋り続けていたら、自分も戻れなくなるかもしれない。
「男子校ってそういうものなの?」
「それは僕の方が聞きたい。男ってそういうものなの?」
「そっかそっか。そうだよね」
エドガーは化粧がよれないよう、軽くハンカチを押さえて涙を拭った。
膝をそろえて座り、ハンカチを出し入れする指先はきれいに揃えている。
今の生活を始めて二年目とのことだが、すっかり女装が板についていた。
「邪魔って全員失敗させればいいの?」
「とにかく、ポール0、オスカー2、アンドレイ1の結果からズレればいいらしい」
「ふーん。賭けごとか」
都合よく誤解してくれたので、余計なことは言わないでおく。
「もし協力したら、何かご褒美ある?」
おねだりするように美少女()に見つめられ、経験値の低いミシェルは仰け反った。
身長はエドガーの方が高いのに、自然な感じで上目遣いになっている。一体どうなってるんだ。
「ええっと。僕はそこまで手持ちが無いんだ。エリスが欲しがるような物を用意できるかな」
いざとなったらルーカスに出させよう、と頭の片隅で考える。
「お金じゃないよ。もっとなんかさぁ、何をしたら『恋人』を喜ばすことができるのか考えてよ」
「無茶言わないで! 欲しいものが決まってるなら言って! できるかどうかは、言ってくれないとわからないよ!」
フリだとわかっていても、いざ『恋人』という単語を出されると狼狽えてしまう。
いっぱいいっぱいな仮初めの恋人を揶揄うと、エドガーは「仕方ないな。じゃあ今回はこれで勘弁してあげる」と買ったばかりの紙袋を掲げてみせた。
*
「オイオイ。ポールさんよぉ、もしかしてゼロですか? 誰にも相手にされなかった系ですか?」
「くっ、殺せ」
とても失恋した友人を慰めているとは思えないアンドレイに、ポールは捕虜になった戦士のような台詞をはいた。二人とも完全に外出の主旨を忘れている。
思い出しても暗くなるだけなので、気が紛れるならそれでもいいか、と傍観していたオスカーだが、さっきからアンドレイは調子に乗りすぎだ。
「おい、止めろ」
止めに入ったオスカーにポールは感謝するどころか、恨みがましい視線を向けた。
「憐れみのつもりか? 上から目線のお情けは止めろ!」
両手に花状態でそんなことを言われても、勝者の余裕にしか思えない。
噛み付くポールに、オスカーはため息をついた。
「ポール。お前そういうところだぞ……」
ギリギリと睨めつけてくるポールにオスカーが(めんどくさいな)と思ったその時、「ソロモンさーん」と鈴を鳴らしたような声と共に二人の少女がやってきた。
「エリスちゃん!?」
「先日はごめんなさい。エリス、男らしい人は怖くってぇ」
「そっ、そうなの? だから女みたいなミハイルを選んだんだね!」
エドガーはさり気なく「野郎はお断りなんだよ」と遠ざけると同時に、相手を「男らしい」と褒める高等テクニックを披露した。
そんな狡猾でぶりっこ全開なエドガーに、ポールはフラれた痛みも忘れデレデレになった。
「君が食堂の娘さんか。そっちの子は?」
オスカーの問いかけに、エドガーは待っていましたとばかりに笑みを浮かべた。
「親戚の『ミュリエル』でぇす。久しぶりに遊びに来てくれたの。この子、恋人いないからソロモンさんを紹介できないかなって」
「エリス!?」
エドガーに腕をがっしり捕まれていたミシェルは狼狽えた。
会話に加わらず、大人しくしていれば誤魔化せるかと思ったが、異性として紹介だなんてとんでもない。
エドガーは小柄なので、二人の身長差はあまりない。
彼が自分用に購入した服と化粧で、ミシェルはつかの間、女の姿に戻っていた。
髪の毛は入学時にバッサリ切ってしまったので、今はエドガーが使っているカツラのスペアを装着している。
地毛は癖のない黒髪なので、ストロベリーブロンドで巻き毛の自分というのは違和感がある。
しかし徹底したお洒落というものは変身に近く、困惑よりも浮ついた気持ちが勝った。
家ではドレスか訓練着だったので、町娘らしいワンピースも衣装のようで非日常に拍車をかけている。
「君がエリスちゃんの……?」
ジロジロと二人を見比べるポールに微妙そうな顔をされて、ふわふわとした高揚感が吹き飛んだ。
男除けが必要なくらいモテモテな看板娘には負けるが、ミシェルだって顔立ちは悪くない。
恋人はいなかったし、異性から声をかけられることもなかったが、それは人の集まる場に赴く機会が少なかったからだ。
(騎士団に出入りしていたけど、浮いた話のひとつも無かったのは彼等が団長の娘に対してわきまえていたからよ。そうだ。きっとそうに違いない)
過去にルーカスに指摘されたことも利用し、全力で自分を納得させる。
とにかく、十人並みのポールにそんな反応をされるレベルではないはずだ。
値踏みするような視線に、ミシェルは腹が立った。
(ナンパで一人も捕まえられなかった分際で!)
ミシェルが笑顔を浮かべながら青筋を立てていると、半径一メートルをキラキラとした空間に変えそうなエドガーが甘い声で応えた。
「男性が三人、女性も三人。……もしかしてお邪魔でしたかぁ?」
男の前で声を変える女、というのは存在するが、まさかその逆が存在するとは。
通常は男が女声を出そうとすると、鼻にかかったような声や、ハスキーボイスになるのだが、天職レベルで女装適性の高いエドガーは思春期の少女の声を完全再現していた。透明感のあるエンジェルボイスだ。
「そうですよね。ソロモンさんみたいな素敵な方だったら、もう新しい女性がいますよね」
「え? ちょ、ちが!」
否定したいが、本当のことも説明できないポールにアンドレイが口を挟む。
「違うよ。彼女は俺の連れで、そっちの二人はオスカーの連れ。ポールだけ独り身なんだ」
「なぁんだ。じゃあ、エリス達二人がポールさんの連れですね」
「「!?」」
声をかけたわけではないが、ポールを見かけて女から寄ってきたというのは、ある意味ナンパ成功より上かもしれない。
逆転勝ちに放心するポールと、最下位決定にうなだれるアンドレイ。
「皆さんこの後は、どこかに行かれるんですかぁ?」
ナンパというのは、ただ『ついてきてくれ』だけでは成立しない。
驕るから一緒に食事をしよう、などのメリットがなければ女性は歯牙にもかけない。
「ああ。昼時だし、どこか適当な店に入ろうと思ってるけど」
どちらにしろ最下位にはならないオスカーは、三人の中ではブレーンポジションなだけあって冷静だった。
「もしお店が決まってなければ、ウチはどうでしょう? ミハイルさんとデートするためにお休みもらったんですが、用事があるみたいで帰っちゃって」
オスカーの言葉に、エドガーは胸の前で手を合わせて首をかしげた。
「なんてやつだ!」
「元々予定があったのに、エリスが会いたいって我が儘言ったんですぅ。勝手に外出日に合わせてお休みもらっただけで、ミハイルさんは悪くないです。怒らないであげてくださいね」
「なんて寛大なんだ! エリスちゃん天使かよ……」
簡単に転がされるポール。エドガーのフォローのおかげで、ミシェルは休み明けにポールに殴られる心配はしなくてすみそうだ。
「大げさですぅ。丁度ミュリエルが来てたので町に遊びに来たんですが、やっぱり寂しくて。皆さんがお店に来てくれたらサービスしますよぉ」
ちゃっかり客引きするエドガー。
若い団体客、しかも女の前で見栄を張りたい連中。この機を逃す手はない。
十代後半なのに一人称が名前という地雷臭漂う設定の『エリス』だが、実は赤字ギリギリだった店の売り上げを三倍に押し上げた猛者だった。
昼前に買い物を終えたミシェル(男Ver.)と、エドガー(女Ver.)の二人は、公園のベンチに並んで座った。
何もかも偽装したカップルだが、傍目には初々しい少年少女のデートにみえる。
「あっははは! なにそれ面白い!」
「笑いごとじゃないよ」
「訳あって三人のナンパ対決を妨害したいので、今日は早めに解散したい」と、ミシェルが説明したところ、エドガーは腹を抱えて笑った。
結構豪快な笑い声だが、遠目にはパステルピンクのワンピースを着た少女が無邪気に笑っているようにしか見えないだろう。
一応声変わりを終えているので、いつもは声を作っているエドガー。
父親やミシェルといった、彼が男だと知っている相手と二人きりの時は地声で話すので、見た目に対し今の声は浮いている。
ずっと演じていると、声が戻らなくなる。
エドガーからそのことを聞いたとき、ミシェルはドキリとした。
卒業までの数年間、ずっと男言葉で喋り続けていたら、自分も戻れなくなるかもしれない。
「男子校ってそういうものなの?」
「それは僕の方が聞きたい。男ってそういうものなの?」
「そっかそっか。そうだよね」
エドガーは化粧がよれないよう、軽くハンカチを押さえて涙を拭った。
膝をそろえて座り、ハンカチを出し入れする指先はきれいに揃えている。
今の生活を始めて二年目とのことだが、すっかり女装が板についていた。
「邪魔って全員失敗させればいいの?」
「とにかく、ポール0、オスカー2、アンドレイ1の結果からズレればいいらしい」
「ふーん。賭けごとか」
都合よく誤解してくれたので、余計なことは言わないでおく。
「もし協力したら、何かご褒美ある?」
おねだりするように美少女()に見つめられ、経験値の低いミシェルは仰け反った。
身長はエドガーの方が高いのに、自然な感じで上目遣いになっている。一体どうなってるんだ。
「ええっと。僕はそこまで手持ちが無いんだ。エリスが欲しがるような物を用意できるかな」
いざとなったらルーカスに出させよう、と頭の片隅で考える。
「お金じゃないよ。もっとなんかさぁ、何をしたら『恋人』を喜ばすことができるのか考えてよ」
「無茶言わないで! 欲しいものが決まってるなら言って! できるかどうかは、言ってくれないとわからないよ!」
フリだとわかっていても、いざ『恋人』という単語を出されると狼狽えてしまう。
いっぱいいっぱいな仮初めの恋人を揶揄うと、エドガーは「仕方ないな。じゃあ今回はこれで勘弁してあげる」と買ったばかりの紙袋を掲げてみせた。
*
「オイオイ。ポールさんよぉ、もしかしてゼロですか? 誰にも相手にされなかった系ですか?」
「くっ、殺せ」
とても失恋した友人を慰めているとは思えないアンドレイに、ポールは捕虜になった戦士のような台詞をはいた。二人とも完全に外出の主旨を忘れている。
思い出しても暗くなるだけなので、気が紛れるならそれでもいいか、と傍観していたオスカーだが、さっきからアンドレイは調子に乗りすぎだ。
「おい、止めろ」
止めに入ったオスカーにポールは感謝するどころか、恨みがましい視線を向けた。
「憐れみのつもりか? 上から目線のお情けは止めろ!」
両手に花状態でそんなことを言われても、勝者の余裕にしか思えない。
噛み付くポールに、オスカーはため息をついた。
「ポール。お前そういうところだぞ……」
ギリギリと睨めつけてくるポールにオスカーが(めんどくさいな)と思ったその時、「ソロモンさーん」と鈴を鳴らしたような声と共に二人の少女がやってきた。
「エリスちゃん!?」
「先日はごめんなさい。エリス、男らしい人は怖くってぇ」
「そっ、そうなの? だから女みたいなミハイルを選んだんだね!」
エドガーはさり気なく「野郎はお断りなんだよ」と遠ざけると同時に、相手を「男らしい」と褒める高等テクニックを披露した。
そんな狡猾でぶりっこ全開なエドガーに、ポールはフラれた痛みも忘れデレデレになった。
「君が食堂の娘さんか。そっちの子は?」
オスカーの問いかけに、エドガーは待っていましたとばかりに笑みを浮かべた。
「親戚の『ミュリエル』でぇす。久しぶりに遊びに来てくれたの。この子、恋人いないからソロモンさんを紹介できないかなって」
「エリス!?」
エドガーに腕をがっしり捕まれていたミシェルは狼狽えた。
会話に加わらず、大人しくしていれば誤魔化せるかと思ったが、異性として紹介だなんてとんでもない。
エドガーは小柄なので、二人の身長差はあまりない。
彼が自分用に購入した服と化粧で、ミシェルはつかの間、女の姿に戻っていた。
髪の毛は入学時にバッサリ切ってしまったので、今はエドガーが使っているカツラのスペアを装着している。
地毛は癖のない黒髪なので、ストロベリーブロンドで巻き毛の自分というのは違和感がある。
しかし徹底したお洒落というものは変身に近く、困惑よりも浮ついた気持ちが勝った。
家ではドレスか訓練着だったので、町娘らしいワンピースも衣装のようで非日常に拍車をかけている。
「君がエリスちゃんの……?」
ジロジロと二人を見比べるポールに微妙そうな顔をされて、ふわふわとした高揚感が吹き飛んだ。
男除けが必要なくらいモテモテな看板娘には負けるが、ミシェルだって顔立ちは悪くない。
恋人はいなかったし、異性から声をかけられることもなかったが、それは人の集まる場に赴く機会が少なかったからだ。
(騎士団に出入りしていたけど、浮いた話のひとつも無かったのは彼等が団長の娘に対してわきまえていたからよ。そうだ。きっとそうに違いない)
過去にルーカスに指摘されたことも利用し、全力で自分を納得させる。
とにかく、十人並みのポールにそんな反応をされるレベルではないはずだ。
値踏みするような視線に、ミシェルは腹が立った。
(ナンパで一人も捕まえられなかった分際で!)
ミシェルが笑顔を浮かべながら青筋を立てていると、半径一メートルをキラキラとした空間に変えそうなエドガーが甘い声で応えた。
「男性が三人、女性も三人。……もしかしてお邪魔でしたかぁ?」
男の前で声を変える女、というのは存在するが、まさかその逆が存在するとは。
通常は男が女声を出そうとすると、鼻にかかったような声や、ハスキーボイスになるのだが、天職レベルで女装適性の高いエドガーは思春期の少女の声を完全再現していた。透明感のあるエンジェルボイスだ。
「そうですよね。ソロモンさんみたいな素敵な方だったら、もう新しい女性がいますよね」
「え? ちょ、ちが!」
否定したいが、本当のことも説明できないポールにアンドレイが口を挟む。
「違うよ。彼女は俺の連れで、そっちの二人はオスカーの連れ。ポールだけ独り身なんだ」
「なぁんだ。じゃあ、エリス達二人がポールさんの連れですね」
「「!?」」
声をかけたわけではないが、ポールを見かけて女から寄ってきたというのは、ある意味ナンパ成功より上かもしれない。
逆転勝ちに放心するポールと、最下位決定にうなだれるアンドレイ。
「皆さんこの後は、どこかに行かれるんですかぁ?」
ナンパというのは、ただ『ついてきてくれ』だけでは成立しない。
驕るから一緒に食事をしよう、などのメリットがなければ女性は歯牙にもかけない。
「ああ。昼時だし、どこか適当な店に入ろうと思ってるけど」
どちらにしろ最下位にはならないオスカーは、三人の中ではブレーンポジションなだけあって冷静だった。
「もしお店が決まってなければ、ウチはどうでしょう? ミハイルさんとデートするためにお休みもらったんですが、用事があるみたいで帰っちゃって」
オスカーの言葉に、エドガーは胸の前で手を合わせて首をかしげた。
「なんてやつだ!」
「元々予定があったのに、エリスが会いたいって我が儘言ったんですぅ。勝手に外出日に合わせてお休みもらっただけで、ミハイルさんは悪くないです。怒らないであげてくださいね」
「なんて寛大なんだ! エリスちゃん天使かよ……」
簡単に転がされるポール。エドガーのフォローのおかげで、ミシェルは休み明けにポールに殴られる心配はしなくてすみそうだ。
「大げさですぅ。丁度ミュリエルが来てたので町に遊びに来たんですが、やっぱり寂しくて。皆さんがお店に来てくれたらサービスしますよぉ」
ちゃっかり客引きするエドガー。
若い団体客、しかも女の前で見栄を張りたい連中。この機を逃す手はない。
十代後半なのに一人称が名前という地雷臭漂う設定の『エリス』だが、実は赤字ギリギリだった店の売り上げを三倍に押し上げた猛者だった。
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