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本編
飲~んで!飲んで飲んで!
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あれからセドリックが温室に現れることはなく、ミシェルは何の弁明もできずにいた。
複雑な兄弟の事情に首を突っ込むなんて、余計なお世話だとわかっていたが、彼女は彼のことが気になって仕方がなかった。
平気そうに見えて、ふとした瞬間に思い詰めたような顔をするセドリック。おそらく彼は何かに思い悩んでいる。
それがルーカスのことなのか、はたまた全く別の問題なのかはわからないけれど、彼女はどうにも見過ごせなかった。
(引きこもる寸前の弟と、先輩の雰囲気はよく似てる)
以前の彼女は、ミハイルが追い詰められていることを見逃した。もう同じ過ちを繰り返したくはない。
親睦会が差し迫っていたので、思い切って寮の部屋を訪ねたが、残念ながらセドリックは不在だった。
彼のルームメイトは、これぞ騎士科という感じの大柄な男子生徒だった。
「生徒会の仕事ですか。セドリック先輩は、生徒会役員だったんですね」
「いや、ただの手伝いだ。数ヶ月前に書記だったヤツが死んじまってさ。半端な時期で人員補充できてないから、かりだされてるだけ」
「え!? 死んだ!?」
物騒な話に、ミシェルは飛び上がった。
「事故だか自殺だが。すぐにカイザー殿下と学校が収束に動いたから、詳しくは知らない。バルトはミルトアの従兄弟なんだろ。アイツに聞けよ」
同じ学び舎の生徒が亡くなったというのに、彼の態度はあっさりしたものだった。
死んだ生徒とは面識がなく、情報規制が早くに敷かれたことで、人が死んだという実感が薄いようだ。
「……そうですか、ありがとうございます。あの、言付け頼めますか?」
「忘れなかったらな」
「あ、じゃあ。書き置きしたいので、ペンと紙を借りていいですか?」
「それくらいなら構わないぜ」
その場で手紙と言うにはお粗末なものを書きあげると、セドリックの机の上に置いて帰った。
*
セドリックだけでなく、アランにも会えるかもしれないと生徒会室に足を運んだが、残念ながら部外者は入室お断りで、生徒会長である第三王子の護衛に門前払いされた。
入学式、親睦会とイベントが続いているからか、従兄弟は忙しいようで入学後は一度しか会っていない。
「ほらみろ、ただの社交辞令だ」
「違います。前に様子を見に来てくれたアランに、僕が『問題なくやれている』と言ったからです」
揶揄うようなルーカスに、ミシェルは言い返した。
放置されているのではなく、順調だから余計な手出しをしないだけだ。
アランには入学前にも色々と世話になっている。だから、彼が従姉妹であるミシェル無関心だなんてことあるはずがない。
「それよりも問題は親睦会だ」
「『親睦会の日に、話したいことがある』とは伝えています。返事はないけど、断られてもいないので、当日はそれを理由に先輩に張り付きます」
「前みたいに逃げられたら困るから、俺は少し離れたところからお前達の様子を見るとしよう」
「はいはい。賭けごとをさせなければいいんですよね」
ニコチンから作った毒は色も匂いも独特だ。そのままだと口をつける人間はいない。
そんな液体を匂いと味をごまかしつつ、一息に飲ませるおあつらえ向きの方法がこの学院にはある――罰ゲームだ。
酒場では強い酒を使うらしいが、ここは学び舎なのでわざと濃く作ったコーヒーを使っているらしい。
黒く、強い芳香を放ち、特別苦くされているコーヒーは格好の隠れ蓑だ。
「親睦会で賭けごととか信じられません」
「どちらかというとパーティーゲームのノリだ。親睦会が進むにつれて、飽きた連中が暇つぶしに始めるんだ。エスプレッソ一気なら、体に害はない。下級生との交流にもなるから、学校側も咎めたりはしない――俺がセドリックに毒を飲ませる手段として考えた、この学院独自の風習だ……」
「あっ、ハイ」
憂い顔のルーカスには悪いが、ミシェルはスンとなった。
*
親睦会当日。
会場は普通科と騎士科の間ーー広い芝生を使い、ガーデンパーティー形式で行われた。
テーブルの上の料理や、提供される飲み物を確認したが、ニコチンの色や匂いを隠せそうなものは、例のコーヒーくらいだった。
犯人であるルーカスが何もしていないのであれば、セドリックに毒が盛られることもないだろうが、フリだけでも協力しないと五月蠅くてかなわないので、ミシェルは大人しく付き合うことにした。
(一日だけの辛抱だ)
警護は程々でいい。今日の本命はセドリックの誤解を取り除くことなのだから。
「ミハイル! 悪いんだけど、手を貸してくれないか!?」
「アラン?」
会場でセドリックの姿を探していると、アランが駆け寄ってきた。
久しぶりに会う従兄弟は余程慌てているのか、いつもはしっかりとあげている前髪がほつれて額にかかっている。
癖のない黒髪だからか、額が隠れるといつもより幼く見えた。
「家紋の入った指輪をなくした生徒がいるんだ。せっかくの親睦会中にすまないが、一緒に探して欲しい」
「なんでそんな物をここに!?」
「形見だそうだ。巾着に入れてポケットに入れていたらしい」
家紋の入った指輪なんて、やろうと思えばいくらでも悪用できる。
身分を偽って悪事に手を染めることもできれば、休校日に町に出て家の名前で高利貸しから金を借りることだって可能だ。
「大変じゃない! あっ、でも今日は……そうだ! 僕の代わりに、ルーカス様に協力してもらえばいいんだ!」
従兄弟の前とあって、一瞬言葉遣いが揺らいだミシェルだが、すぐに持ち直した。
協力したいのは山々だが、今日のミシェルはセドリックの側を離れるわけにはいかない。これは彼女にしかできない役目なので、遺失物の件はルーカスを手伝わせることにした。
*
ミシェルの提案を聞いたルーカスはいい顔をしなかった。
「何で俺がそんなことを」
顔に「人助けなんて真っ平ごめん。ボランティアはしたいやつにさせとけ」と書いている。
「周囲と打ち解ける切っ掛けになりますよ! 先輩のことは僕に任せて、ルーカス様はご自身の好感度を上げてください」
「……チッ。抜かるなよ」
「はいはい」
セドリックに気取られないくらい離れるとなると、相当遠くから見守ることになる。
それではあまり意味がないと自覚があったようで、ルーカスはすんなり引き下がった。
アランとルーカスを引き合わせると、ミシェルは再びセドリックを探した。
会場には騎士科の全生徒がいる。
新入生が学校に慣れた頃に、上級生と交流するために催されるのがこの親睦会だ。
普通科の親睦会は先週開催された。
会場には150人近い人数が集まっているので、人捜しには苦労する。
(待てよ。もしルーカス様の言っていることが本当なら、先輩はゲームをしている集団にいるんじゃない?)
闇雲に探すよりはマシかと、ゲームで盛り上がっている一角に近づくと驚くことに、本当にセドリックがいた。
近づいてくるミシェルに気づいた彼は、今までのような笑みを浮かべることはなかったが、拒絶するような反応も見せなかった。
「先輩、少しお時間いいですか?」
「……ボクの順番が来るまでなら」
「ゲームには参加しないでほしいんです。お願いします」
「どうして?」
チラリと横目に見てくるセドリックに、ミシェルは腹をくくった。
「上手く説明できませんが、先輩のためなんです。僕のことをどう思ってくれてもかまいませんが、今だけ信じてください」
「説明できないのに、信じてくれだって?」
「おかしなことを言っている自覚はあります。今日だけ、今回だけ参加を見送ってください」
「……わかったよ。それで話したいことってなに?」
真剣なミシェルの姿に思うことがあったのか、少し考えたあとセドリックは了承した。
「入学してすぐ、僕はルーカス様から相談を持ちかけられました。彼は本当に公爵家の跡取りを辞退するつもりなんです。そしてセドリック様が、スコーティア家の当主になることを望んでいます」
「信じられないな」
セドリックの言うことはもっともだ。
「うっ、そうですよね。でも本当のことです。お二人は複雑な間柄なので、余計なお世話でしょうが僕は仲を取り持つことにしました」
「それは彼に命じられたから? あの日温室に来たのも、絵を描きに通ったのも全部そのため?」
彼の声は静かだが、目は笑っていない。
正直に話すべきか迷ったが、もしミシェルが彼の立場だったら、目的があって近づいたのだと言われたらきっと傷つく。覚悟していても、実際に突きつけられたらショックを受けるだろう。
「相談はされましたが、決めたのは僕自身です。先輩と絵を描いている時間は楽しかったです。ルーカス様のことはついでくらいに考えていました」
些細な矜持かもしれないが、嘘はつきたくなかったのでぼかして答えた。
「そう。……ごめんね」
小さな声で謝罪され、ミシェルは戸惑った。
確かにセドリックは頑なな態度をとったが、悪いのはだまし討ちのような真似をしたミシェル達だ。
「え――? あの、謝るのはこちらの方です」
彼女の声は、セドリックを呼ぶ上級生の声にかき消された。
複雑な兄弟の事情に首を突っ込むなんて、余計なお世話だとわかっていたが、彼女は彼のことが気になって仕方がなかった。
平気そうに見えて、ふとした瞬間に思い詰めたような顔をするセドリック。おそらく彼は何かに思い悩んでいる。
それがルーカスのことなのか、はたまた全く別の問題なのかはわからないけれど、彼女はどうにも見過ごせなかった。
(引きこもる寸前の弟と、先輩の雰囲気はよく似てる)
以前の彼女は、ミハイルが追い詰められていることを見逃した。もう同じ過ちを繰り返したくはない。
親睦会が差し迫っていたので、思い切って寮の部屋を訪ねたが、残念ながらセドリックは不在だった。
彼のルームメイトは、これぞ騎士科という感じの大柄な男子生徒だった。
「生徒会の仕事ですか。セドリック先輩は、生徒会役員だったんですね」
「いや、ただの手伝いだ。数ヶ月前に書記だったヤツが死んじまってさ。半端な時期で人員補充できてないから、かりだされてるだけ」
「え!? 死んだ!?」
物騒な話に、ミシェルは飛び上がった。
「事故だか自殺だが。すぐにカイザー殿下と学校が収束に動いたから、詳しくは知らない。バルトはミルトアの従兄弟なんだろ。アイツに聞けよ」
同じ学び舎の生徒が亡くなったというのに、彼の態度はあっさりしたものだった。
死んだ生徒とは面識がなく、情報規制が早くに敷かれたことで、人が死んだという実感が薄いようだ。
「……そうですか、ありがとうございます。あの、言付け頼めますか?」
「忘れなかったらな」
「あ、じゃあ。書き置きしたいので、ペンと紙を借りていいですか?」
「それくらいなら構わないぜ」
その場で手紙と言うにはお粗末なものを書きあげると、セドリックの机の上に置いて帰った。
*
セドリックだけでなく、アランにも会えるかもしれないと生徒会室に足を運んだが、残念ながら部外者は入室お断りで、生徒会長である第三王子の護衛に門前払いされた。
入学式、親睦会とイベントが続いているからか、従兄弟は忙しいようで入学後は一度しか会っていない。
「ほらみろ、ただの社交辞令だ」
「違います。前に様子を見に来てくれたアランに、僕が『問題なくやれている』と言ったからです」
揶揄うようなルーカスに、ミシェルは言い返した。
放置されているのではなく、順調だから余計な手出しをしないだけだ。
アランには入学前にも色々と世話になっている。だから、彼が従姉妹であるミシェル無関心だなんてことあるはずがない。
「それよりも問題は親睦会だ」
「『親睦会の日に、話したいことがある』とは伝えています。返事はないけど、断られてもいないので、当日はそれを理由に先輩に張り付きます」
「前みたいに逃げられたら困るから、俺は少し離れたところからお前達の様子を見るとしよう」
「はいはい。賭けごとをさせなければいいんですよね」
ニコチンから作った毒は色も匂いも独特だ。そのままだと口をつける人間はいない。
そんな液体を匂いと味をごまかしつつ、一息に飲ませるおあつらえ向きの方法がこの学院にはある――罰ゲームだ。
酒場では強い酒を使うらしいが、ここは学び舎なのでわざと濃く作ったコーヒーを使っているらしい。
黒く、強い芳香を放ち、特別苦くされているコーヒーは格好の隠れ蓑だ。
「親睦会で賭けごととか信じられません」
「どちらかというとパーティーゲームのノリだ。親睦会が進むにつれて、飽きた連中が暇つぶしに始めるんだ。エスプレッソ一気なら、体に害はない。下級生との交流にもなるから、学校側も咎めたりはしない――俺がセドリックに毒を飲ませる手段として考えた、この学院独自の風習だ……」
「あっ、ハイ」
憂い顔のルーカスには悪いが、ミシェルはスンとなった。
*
親睦会当日。
会場は普通科と騎士科の間ーー広い芝生を使い、ガーデンパーティー形式で行われた。
テーブルの上の料理や、提供される飲み物を確認したが、ニコチンの色や匂いを隠せそうなものは、例のコーヒーくらいだった。
犯人であるルーカスが何もしていないのであれば、セドリックに毒が盛られることもないだろうが、フリだけでも協力しないと五月蠅くてかなわないので、ミシェルは大人しく付き合うことにした。
(一日だけの辛抱だ)
警護は程々でいい。今日の本命はセドリックの誤解を取り除くことなのだから。
「ミハイル! 悪いんだけど、手を貸してくれないか!?」
「アラン?」
会場でセドリックの姿を探していると、アランが駆け寄ってきた。
久しぶりに会う従兄弟は余程慌てているのか、いつもはしっかりとあげている前髪がほつれて額にかかっている。
癖のない黒髪だからか、額が隠れるといつもより幼く見えた。
「家紋の入った指輪をなくした生徒がいるんだ。せっかくの親睦会中にすまないが、一緒に探して欲しい」
「なんでそんな物をここに!?」
「形見だそうだ。巾着に入れてポケットに入れていたらしい」
家紋の入った指輪なんて、やろうと思えばいくらでも悪用できる。
身分を偽って悪事に手を染めることもできれば、休校日に町に出て家の名前で高利貸しから金を借りることだって可能だ。
「大変じゃない! あっ、でも今日は……そうだ! 僕の代わりに、ルーカス様に協力してもらえばいいんだ!」
従兄弟の前とあって、一瞬言葉遣いが揺らいだミシェルだが、すぐに持ち直した。
協力したいのは山々だが、今日のミシェルはセドリックの側を離れるわけにはいかない。これは彼女にしかできない役目なので、遺失物の件はルーカスを手伝わせることにした。
*
ミシェルの提案を聞いたルーカスはいい顔をしなかった。
「何で俺がそんなことを」
顔に「人助けなんて真っ平ごめん。ボランティアはしたいやつにさせとけ」と書いている。
「周囲と打ち解ける切っ掛けになりますよ! 先輩のことは僕に任せて、ルーカス様はご自身の好感度を上げてください」
「……チッ。抜かるなよ」
「はいはい」
セドリックに気取られないくらい離れるとなると、相当遠くから見守ることになる。
それではあまり意味がないと自覚があったようで、ルーカスはすんなり引き下がった。
アランとルーカスを引き合わせると、ミシェルは再びセドリックを探した。
会場には騎士科の全生徒がいる。
新入生が学校に慣れた頃に、上級生と交流するために催されるのがこの親睦会だ。
普通科の親睦会は先週開催された。
会場には150人近い人数が集まっているので、人捜しには苦労する。
(待てよ。もしルーカス様の言っていることが本当なら、先輩はゲームをしている集団にいるんじゃない?)
闇雲に探すよりはマシかと、ゲームで盛り上がっている一角に近づくと驚くことに、本当にセドリックがいた。
近づいてくるミシェルに気づいた彼は、今までのような笑みを浮かべることはなかったが、拒絶するような反応も見せなかった。
「先輩、少しお時間いいですか?」
「……ボクの順番が来るまでなら」
「ゲームには参加しないでほしいんです。お願いします」
「どうして?」
チラリと横目に見てくるセドリックに、ミシェルは腹をくくった。
「上手く説明できませんが、先輩のためなんです。僕のことをどう思ってくれてもかまいませんが、今だけ信じてください」
「説明できないのに、信じてくれだって?」
「おかしなことを言っている自覚はあります。今日だけ、今回だけ参加を見送ってください」
「……わかったよ。それで話したいことってなに?」
真剣なミシェルの姿に思うことがあったのか、少し考えたあとセドリックは了承した。
「入学してすぐ、僕はルーカス様から相談を持ちかけられました。彼は本当に公爵家の跡取りを辞退するつもりなんです。そしてセドリック様が、スコーティア家の当主になることを望んでいます」
「信じられないな」
セドリックの言うことはもっともだ。
「うっ、そうですよね。でも本当のことです。お二人は複雑な間柄なので、余計なお世話でしょうが僕は仲を取り持つことにしました」
「それは彼に命じられたから? あの日温室に来たのも、絵を描きに通ったのも全部そのため?」
彼の声は静かだが、目は笑っていない。
正直に話すべきか迷ったが、もしミシェルが彼の立場だったら、目的があって近づいたのだと言われたらきっと傷つく。覚悟していても、実際に突きつけられたらショックを受けるだろう。
「相談はされましたが、決めたのは僕自身です。先輩と絵を描いている時間は楽しかったです。ルーカス様のことはついでくらいに考えていました」
些細な矜持かもしれないが、嘘はつきたくなかったのでぼかして答えた。
「そう。……ごめんね」
小さな声で謝罪され、ミシェルは戸惑った。
確かにセドリックは頑なな態度をとったが、悪いのはだまし討ちのような真似をしたミシェル達だ。
「え――? あの、謝るのはこちらの方です」
彼女の声は、セドリックを呼ぶ上級生の声にかき消された。
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