自称悪役令息と私の事件簿〜小説の世界とかどうでもいいから、巻き添えで投獄とか勘弁して!〜

茅@王命の意味わかってます?1/10発売

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本編

殴りたい。その笑顔

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「君がルーカス・スコーティアのルームメイトなんだね」

 淡々と紡がれる言葉。
 静かなセドリックの瞳に、ミシェルは作戦失敗を悟った。

 流石に毎日は無理だが、彼女は度々温室に足を運んでいた。
 目的はセドリックと親しくなることだが、彼の作業の邪魔をしてはいけないので、ミシェルも絵を描いて過ごしている。
 温室にはベンチやテーブルセットがあったので、長時間地べたに座って腰を痛めることはない。
 ミシェルが定期的に通うようになると、セドリックはクッションを持ってきてくれた。
 備え付けの椅子は粗末な作りをしているので、長いこと座っていると尻が痛くなるらしい。

 差し出されたクッションは新品ではなかった。
 生地は日に焼けていて、それなりに使い込まれていたので、どこか日の当たる場所で使われていたのだろう。
 毎回クッションを持ち運ぶのは手間だし、寮の部屋を圧迫するので、ミシェルは先輩を見習って温室に置きっぱなしにしている。
 温室なので雨風にぬれることはないし、普通科の生徒が授業でたまに使用する程度らしいので盗まれる心配も無い。植木の手入れをしている業者は、植物以外に触れない契約なので捨てられたり、遺失物として回収されることもない。

 世間的には天才画家は姉のミシェルになっているので、ミハイルを名乗る彼女が教養レベルの画力しかなくても、セドリックは気にしなかった。

「えーと、……その。そうです」

 問題児のルームメイト。
 同級生のほとんどが、ルーカスと同室の生徒としてミシェルの名を覚えている。セドリックも同じ騎士科の生徒なのだから、知っていても何らおかしくない。
 ルーカスの名前を伏せて、ミシェルのルームメイトとして親近感を抱かせる作戦だったが、どうやら見通しが甘かったようだ。

 どうしたものかと困り果てていると「想像と違ったから半信半疑だったけど、やっぱりそうなんだね」と、セドリックがつぶやいた。
 もしかしたら寮長との騒ぎ――身体的特徴について耳にして、異母弟と同室の生徒をもっと男らしい人物だと想像していたのかもしれない。

「色々と誤解があると思うんです」

 ミシェルは冷や汗をかきながら切り出した。

「誤解?」
「ええと。僕が先輩と出会ったのは偶々で、ルーカス様のことも隠していたわけではなく、時機をみて打ち明けようと考えていた次第で……」
「……つまり、君は僕と彼の関係を知っているのか」

 セドリックの声が冷ややかになり、ミシェルは慌てた。

「ぼっ、僕は先輩の味方です!」
「どういうこと?」
「じ、実はルーカス様は入学を機に心を入れ替えたんです。ほら、学院に入ってから問題行動はおこしてないでしょう? それも態度を改めたからで――」

 ミシェルが必死に言い募っていると、背後から声をかけられた。

「やあ、ミハイル君。奇遇だね」

 無駄にいい声をしているのが恨めしい。

(アッーーーー!!)

 振り返らなくてもわかる。猫かぶりモードのルーカスだ。

「もしかしてそこにいるのは、セドリック兄さんじゃありませんか」

 ミシェルに説得されて自分から動くことにしたんだろうが、タイミングが悪すぎる。

「……兄さん、だって……?」

 親しげに話しかけるルーカスに、セドリックが警戒を強める。

「ええ。今までは周囲の目があり、声をかけることができませんでしたが、俺は兄さんを尊敬しています」
「……」
「実は父は兄さんを認知して、公爵家の跡取りにしようとしているんですよ。騎士科に入学させられた時点で薄々察していると思いますが、……もしかして父から既に説明がありましたか?」

 今まで思うがままに生きてきたルーカスは作り笑いが下手だ。
 ちっとも笑っていない目で、口角だけつり上げる様は威圧以外のなにものでもなかった。

「寝耳に水だ。今まで公爵にお目にかかったことはないし、子爵家の人間であるボクが公爵家の跡取りになるなんて欠片も考えていない」

 セドリックは慎重に言葉を紡いだ。

「では考えてください。俺は兄さんに後を継いでもらいたいと思っています。公爵家の当主の座は俺には重すぎる」
「そんなことを言われて鵜呑みにするわけがないだろう。……一体何を企んでいるんだ?」

 二人の会話に、ミシェルは頭を掻きむしりたくなった。

 異母兄の存在を好意的に受け止め、嫡子を押しのけて公爵家を継ぐのもやぶさかではないと伝えるルーカス。
 異母弟が牽制に来たと解釈し、野心はないとアピールするセドリック。
 思いっきりすれ違っている。

「ルーカス様。今、先輩は僕と絵を描いているんです。遠慮してもらえませんか」

 これでルーカスが引いてくれれば、振る舞いを改め、他人に気を遣うようになったのは本当だとセドリックに訴えることができる。
 とにかく今は、セドリックに一対一で弁明する時間がほしい。

 ミシェルのアイコンタクトに気づいたルーカスは、ドヤァァと効果音がつきそうなしたり顔で頷いた。

「へえ、そうなんですか。兄さんにそんな趣味があったとは知らなかった。どんな絵をかいているんですか?」

(どうしてそこで食いついちゃうの!?)

 内心で絶叫して、ハッとした。
 そういえばこの男は「人と親しくなるには話を聞き、好きなもの、大切にしているものを否定せず、理解を示すべきだ」と言っていた。

(最悪)

 よりによって、このタイミングで積極性を出して異母兄の趣味に踏み込んだようだ。

「下手の横好きだ。人に見せられるようなものじゃない」

 完全に心を閉ざしたセドリックは、ルーカスに絵を見られまいと逃げてしまった。
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