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本編
へんじがない。ただのしかばねのようだ
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その部屋には三人の人間がいた。
彼等のいる小さな部屋はアドリア学園騎士科寮の一室だ。うち二名は国内随一の名門校の男子制服を身に纏っている――即ち学生。
残る一人は私服の中年だ。ぽっこり突き出たおなかがチャームポイント。
二人の若者のうち、一人は力なく床に倒れ、もう一人は呆然と立ち尽くしている。
残る中年は、ハワワと狼狽えている。口に手を当てる仕草に、何故か乙女を感じる。
(弟よ。事件です)
気を失っていない方の学生は、中性的な容姿をしていた。
黒檀のような髪、翡翠の瞳を持つ、彼女の名前はミシェル・バルト。アドリア学院騎士科の一年生として、本日入寮したばかりの十五歳だ。
足下で倒れている方の学生ーー彼の名は、ルーカス・スコーティア。
公爵家の一人息子にして、『社交界の毒薔薇』の異名を持つ、世間ではなにかと噂の人物だ。
薔薇の名を冠するだけあり、男ながらにルーカスは鮮烈な印象を与える緋色の髪を持つ美貌の持ち主だ。
男らしくも華やかで優美。
今の彼は白目をむいて気絶しているので色々と台無しだが、瞼を下ろせばほらっ。なんということでしょう。
国立美術館に飾られている、神々を描いた絵画から抜け出たような、微睡む美少年のようではないか。
(いかんいかん。現実逃避してた)
ミシェルは無実だが、この男なら逆恨みしても不思議じゃない。
もしくは自分の醜態を目撃したミシェルを抹殺しようとしてもおかしくない。
今日が初対面だが、こいつならやりかねないと思わせるほど、ルーカスの印象は悪かった。
一見するとミシェルが加害者、ルーカスが被害者、中年男性が目撃者に見えるが違う。
ルーカスがこうなった理由は、自業自得だ。
二段ベッドから降りる際に、足を滑らせて転倒という、なんとも間抜けな経緯だ。
ハシゴに股間を強打して、頭から落ちたので意識がないのである。
女であるミシェルには想像もつかないが、金的は内臓を握りつぶすレベルの痛みらしいので、気絶するのもさもありなん。
「ヒィィッ! ヤっちゃったの? 初日でルームメイト殺すなんて、今時の若者こわすぎるぅ!」
「やってません!」
青い顔をしている中年男性は、寮母ならぬ寮父のおじさんだ。
敷地内は女人禁制。男所帯なので、たとえ肝っ玉母ちゃんだろうと、女性はNGとのこと。
プルプルしているちっちゃいおじさんだが、実は医師免許を持っていたりする。何故そんな人物が学生寮で働いているのか。それはここが騎士科の寮だから。
普通科と比べて負傷者が多い、というだけではない。
この学院の騎士科の生徒は、上位貴族の後継者もしくは、継ぐ爵位を持たない次男坊以下で構成されている。
どうしてそんな極端な構成になっているのかは追々。
「着任早々物騒すぎる」と嘆く寮父だが腐っても医者。手際よくルーカスの状態を確認しはじめた。
ちなみに普通科の方にも寮父はいるが、医療資格は持っていない。怪我や負傷は、保健室の校医が診ると学校案内に書かれていた。
騎士科にだけ専用の医師が雇われているのは、高貴なご令息がこの建物で生活するからだ。この学院では、身分の高い生徒は騎士科に集中している。
親元を離れて暮らす彼らを手厚くケアする為、専属医とも言える人物を寮父として住み込みで待機させている。
「ぅう……っ」
そうこうしているうちに、意識を取り戻したルーカスが身じろいだ。
「わっ! 起きちゃうよ! 逃げるなら今のうちだよ!」
「だからやってませんって!」
「どうするのこれ。とどめさせてないよ!」
「だから人を犯人に仕立て上げるの止めてください! というか、医者としてその発言はどうなんですか!」
二人の会話が五月蠅かったのか、覚醒した彼は呻き声を上げた。
「……いってぇぇ。あー……くっそ、いてぇ……」
(あれ?)
ぼやくようなルーカスの口調に、ミシェルは内心首をかしげた。
ルーカス・スコーティアの噂は知っていたが、言葉を交わしたのは今日が初めて。
顔を合わせてすぐに彼がこの状態になったので、時間にして三分ほどしか会話していない。
それでも気絶する前と後では別人といって過言では無いほど、雰囲気が違う。
「誰だこのオッサン……」
「寮父さんです。僕が呼びました」
「骨に異常はございません! 頭部にこぶができていますが、一晩様子を見て吐き気や眩暈がなければ登校してかまいませぇん!」
弾かれたように報告する寮父に、不機嫌そうな表情から一転して、ルーカスは爽やかな笑みを浮かべた。
「…………そうですか。入学早々お騒がせしてすみません」
「「!?」」
「もしなにかあれば、ルームメイトに呼びに行ってもらうので、戻っていただいてかまいません。ありがとうございました」
いささか強引に寮父を部屋から追い出すと、彼は床にあぐらをかいた。
ますますおかしい。ミシェルの中で警戒心がムクムクと頭をもたげた。
目の前にいるのがルーカスであるのは疑いようがないが、彼女のもつスコーティア公子像と一致しない。
(本当に同一人物――よね?)
彼女は、自分にあてがわれた部屋に入室したときのことを思い出した――
彼等のいる小さな部屋はアドリア学園騎士科寮の一室だ。うち二名は国内随一の名門校の男子制服を身に纏っている――即ち学生。
残る一人は私服の中年だ。ぽっこり突き出たおなかがチャームポイント。
二人の若者のうち、一人は力なく床に倒れ、もう一人は呆然と立ち尽くしている。
残る中年は、ハワワと狼狽えている。口に手を当てる仕草に、何故か乙女を感じる。
(弟よ。事件です)
気を失っていない方の学生は、中性的な容姿をしていた。
黒檀のような髪、翡翠の瞳を持つ、彼女の名前はミシェル・バルト。アドリア学院騎士科の一年生として、本日入寮したばかりの十五歳だ。
足下で倒れている方の学生ーー彼の名は、ルーカス・スコーティア。
公爵家の一人息子にして、『社交界の毒薔薇』の異名を持つ、世間ではなにかと噂の人物だ。
薔薇の名を冠するだけあり、男ながらにルーカスは鮮烈な印象を与える緋色の髪を持つ美貌の持ち主だ。
男らしくも華やかで優美。
今の彼は白目をむいて気絶しているので色々と台無しだが、瞼を下ろせばほらっ。なんということでしょう。
国立美術館に飾られている、神々を描いた絵画から抜け出たような、微睡む美少年のようではないか。
(いかんいかん。現実逃避してた)
ミシェルは無実だが、この男なら逆恨みしても不思議じゃない。
もしくは自分の醜態を目撃したミシェルを抹殺しようとしてもおかしくない。
今日が初対面だが、こいつならやりかねないと思わせるほど、ルーカスの印象は悪かった。
一見するとミシェルが加害者、ルーカスが被害者、中年男性が目撃者に見えるが違う。
ルーカスがこうなった理由は、自業自得だ。
二段ベッドから降りる際に、足を滑らせて転倒という、なんとも間抜けな経緯だ。
ハシゴに股間を強打して、頭から落ちたので意識がないのである。
女であるミシェルには想像もつかないが、金的は内臓を握りつぶすレベルの痛みらしいので、気絶するのもさもありなん。
「ヒィィッ! ヤっちゃったの? 初日でルームメイト殺すなんて、今時の若者こわすぎるぅ!」
「やってません!」
青い顔をしている中年男性は、寮母ならぬ寮父のおじさんだ。
敷地内は女人禁制。男所帯なので、たとえ肝っ玉母ちゃんだろうと、女性はNGとのこと。
プルプルしているちっちゃいおじさんだが、実は医師免許を持っていたりする。何故そんな人物が学生寮で働いているのか。それはここが騎士科の寮だから。
普通科と比べて負傷者が多い、というだけではない。
この学院の騎士科の生徒は、上位貴族の後継者もしくは、継ぐ爵位を持たない次男坊以下で構成されている。
どうしてそんな極端な構成になっているのかは追々。
「着任早々物騒すぎる」と嘆く寮父だが腐っても医者。手際よくルーカスの状態を確認しはじめた。
ちなみに普通科の方にも寮父はいるが、医療資格は持っていない。怪我や負傷は、保健室の校医が診ると学校案内に書かれていた。
騎士科にだけ専用の医師が雇われているのは、高貴なご令息がこの建物で生活するからだ。この学院では、身分の高い生徒は騎士科に集中している。
親元を離れて暮らす彼らを手厚くケアする為、専属医とも言える人物を寮父として住み込みで待機させている。
「ぅう……っ」
そうこうしているうちに、意識を取り戻したルーカスが身じろいだ。
「わっ! 起きちゃうよ! 逃げるなら今のうちだよ!」
「だからやってませんって!」
「どうするのこれ。とどめさせてないよ!」
「だから人を犯人に仕立て上げるの止めてください! というか、医者としてその発言はどうなんですか!」
二人の会話が五月蠅かったのか、覚醒した彼は呻き声を上げた。
「……いってぇぇ。あー……くっそ、いてぇ……」
(あれ?)
ぼやくようなルーカスの口調に、ミシェルは内心首をかしげた。
ルーカス・スコーティアの噂は知っていたが、言葉を交わしたのは今日が初めて。
顔を合わせてすぐに彼がこの状態になったので、時間にして三分ほどしか会話していない。
それでも気絶する前と後では別人といって過言では無いほど、雰囲気が違う。
「誰だこのオッサン……」
「寮父さんです。僕が呼びました」
「骨に異常はございません! 頭部にこぶができていますが、一晩様子を見て吐き気や眩暈がなければ登校してかまいませぇん!」
弾かれたように報告する寮父に、不機嫌そうな表情から一転して、ルーカスは爽やかな笑みを浮かべた。
「…………そうですか。入学早々お騒がせしてすみません」
「「!?」」
「もしなにかあれば、ルームメイトに呼びに行ってもらうので、戻っていただいてかまいません。ありがとうございました」
いささか強引に寮父を部屋から追い出すと、彼は床にあぐらをかいた。
ますますおかしい。ミシェルの中で警戒心がムクムクと頭をもたげた。
目の前にいるのがルーカスであるのは疑いようがないが、彼女のもつスコーティア公子像と一致しない。
(本当に同一人物――よね?)
彼女は、自分にあてがわれた部屋に入室したときのことを思い出した――
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