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第一章
30.
しおりを挟む「え、じゃあ、何? あんな必死になって隠そうとしてた薬はとっくに広まってるって事?」
「ナニソレ。」
「あんなに長い事真面目に会議して決めたのにさー。」
「マリール…。」
「マリーちゃん…。」
「嬢ちゃん…。」
「「「…。」」」
「すみませんでした! 正直、売らなければ良いものと思っておりました!!」
呆れの眼差しで針の筵状態なマリールは、誠心誠意、謝罪の土下座をする。ソファの上でだが。
マリールの「売らなきゃオッケーでしょ?」理論は、一応バルド達に出会って、効く薬の存在がばれたらどんなに危険かを懇々と説明されてから、気軽に配るのは封印していたのだ。売ったらタグに販売記録として残り、無許可で販売していると捕まるが、売ってないのだから記録には残らないのだから。ちょっと山で商人達に使ってしまったが、今回も売ってはいない。
「…まあ、でも薬術士会に登録出来ないのは変わらないんだから、やることは変わらんだろ。」
「そ、そうですよ! 今までメルクには薬の事を知っている人は居なかったんでしょう? 薬を頂いた人は内緒にしてるかもしれませんよ? …私の場合は盗賊から盗まれた分の補填目当てにまんまと捕まってしまいましたが…。」
バルドがマリールをフォローをしてやるのに対し、商人も追いかけフォローを入れようと試みて、アエラウェの絶対零度の瞳で見咎められ、みるみる声が萎んでいく。美人に睨まれるのは本当に怖い。
「でもねぇ、嬢ちゃん。薬が無料で貰えるって分かったら、悪い人でなくても悪い人になっちゃうかもしれないよ?」
「悪い人に…?」
「そうですよ。うちの旦那様も無理してメルクに入ったのは盗賊被害の補填だけで無く、あわよくばマリールさんの薬で儲けようと企んでいたからですし。」
「なぁんですってぇぇ!?」
「ひぃぃぃぃぃ! ほんの、ほんのちょっと思っただけですうぅぅぅ!!」
エドナがマリールを諭し、続く商人の従者さんによる爆弾投下に、アエラウェが射殺さんばかりに商人を睨みつけた。この商人は助からなくても良かったのではないかとホビット達もこっそり思ってしまう。亡くなったもう一人の従者が哀れ過ぎる。
薬で皆ハッピーになれると思っていたけれど、悪の道に踏み外させてしまうなんて。マリールは自分のしてきた事に自信を無くし、涙目でしょんぼりと俯いてしまった。
「いや、マリーちゃん。悪いのはこの商人みたいに欲出す奴だから。」
「元々悪いやつだから。」
「そうそう、エリスィア共和国とアルメティス皇国じゃ、こんなやつ居なかったんでしょ? こんな奴らの為にマリーちゃんが気を遣わなきゃならないなんて、本当、理不尽だよねー。」
ホビット達もザクザクと商人に切り付けて行く。全方位敵だらけの状況に、商人は白目になっていた。自業自得である。
「あの、では薬を飴として飲食組合にレシピ登録するのは予定通りと言うことで、宜しいですか?」
なんだかごちゃごちゃとしてしまったが、結局方針は変わらないとのことで、エレンが再度本題を切り出す。
「ああ。食堂の件も頼む。それから粉末のスープストックなんかも。」
「はい。では書類はこちらになります。」
エレンがマリールの前に二種類の書類を広げる。書類と言ってもテンプレートのようなもので、鉱石で出来たプレートに必要項目を記入すると、組合所にある記録石にデータを転移記録してくれるというものだ。開業届け用と、レシピ登録用の二種類が今回持ち出されている。
マリールはエレンの指示を受けて必要箇所に記載していった。レシピは粉のスープストックと粉末スープストック、それに青色の薬でもある草飴。
「黄色い薬はどうしますか? さっきも言いましたけど、私はもういいんじゃないかと思うんです。ただ黄色い薬の材料はちょっと微妙なの入りというか…。赤色の薬は間違いなく飲食組合には向いていない材料ですし…。」
「え。赤色のって食べれるものじゃないの?」
「蘇生出来ちゃうくらいだから凄い材料なんじゃね?」
「やめろよ。ここに赤色の薬既に飲んでる人居るんだから、まさか材料が食い物系じゃないなんて。」
「「…。」」
赤い薬で命拾いをしている商人と従者は、言われて見れば何を材料にしているのか気にもしていなかった事に気付く。蘇生出来ると言う事は、不死鳥の肝とか不老魚の砂肝とか、とにかく不老不死の伝説を持つものだろうか。それだと薬の代金がとてもじゃないが払えない。伝説級の素材は白金貨を何枚積んだらいいのかも予想出来ない代物だ。
「うーん。赤色の薬は、まあ詳しくは濁しますけど…お値段が張る不思議生物の肝と、薬草と、マンドレイクなんかの猛毒を含む薬草が使われています。呼吸興奮、それから中枢神経系に作用する薬草も数種類組み合わせてあるので、薬術士によって無毒化出来ていないと毒飴になっちゃいます。あ、私のはちゃんと薬になってるから大丈夫ですよ?」
肝は当たっていたが毒草は想像していなかった一同は、揃って顔を青くする。
低級の青色の薬は雑草ときれいな水だけだったのに、上級の赤色になると途端にハードルが高かった。こうなると黄色の微妙とはどういうものなのか気になる。
アエラウェは恐る恐るマリールに聞いてみる。それにバルド達も固唾を呑んでマリールの答えを待った。
「き、黄色は? 確か中級ポーション用の採取依頼だと、月下草と宿木の枝とニョッキリ茸に不休鳥の嘴と…。」
だがアエラウェは言いかけて止めた。そういえばゴルデア国のポーションは詐欺ポーションである。参考になる筈も無い。
「うわ、お高目の材料使うんですね~。私のはきれいな水に冬虫夏草にローズマリーにホーリーバジル、ホーソンとミルクシスル、ケルプにローズヒップ、あとゴトゥコーラとカレンデュラですね。あ、こっちの世界で漏れなく雑草扱いされてます。高いのは冬虫夏草くらいかな。」
「良かった、雑草きた!虫入りだけど!」
「こんなに雑草を待ち望んだ事は無いよな!虫入りだけど!」
「やっぱマリーちゃんは雑草がないと!虫入りだけど!」
「いや、雑草雑草虫入りって連呼しないでくださいよ…ちゃんとした薬草なんですってば。」
黄色い薬が安定の雑草薬で、一同揃ってほっと胸を撫で下ろす。
だがアエラウェだけは嫌そうに顔を顰めていた。元は森で生活するエルフなのに虫がお嫌いらしい。すっかり人間国に毒されて都会っ子みたいになっていた。
「虫もちょっと嫌よねぇ…。」
「ハンスさんならイケルと思います!」
「あいつなら虫も平気で食うね。ていうか食ってたね。」
「虫炒りか…酒のつまみに食ってたな。」
「え、虫も食用に扱ってるんですか? どうします? 飲食組合的にいけます?」
「「「「「「「やめよう。」」」」」」」
「ですよねー。」
虫も食べると言っていたのに、レシピ登録は駄目らしい。取り合えず青色の薬だけを草飴として登録する事になった。ハンスは虫もイケルらしいので、エレンとエドナの為にも是非飲ませてあげたいと思うマリールだった。
「…私達、虫入りも飲んだんですね…。」
「言うな…。」
赤色も黄色も飲んでいる商人と従者の二人は、そう力無く呟くと、なんとも複雑な表情で沈黙した。
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