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楽しいハワイ
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2週間後。
太平洋上を輸送船が走っている。甲板に、リリィとドナルドが立っている。ドナルドが言う。
「ほら、匂ってきた」
リリィが同意する。
「あ、ほんとだ」
「ハワイに帰ってきたなーって感じするだろ?」
「うん、する、する。沖縄遠かったねー」
「うん。遠かったなぁ。面白かったけど」
夜。ホノルルの一軒家に灯がついている。
大きなレコードプレーヤーの前に3人掛けのソファがあり、リリィとドナルドがビールを持ってくっついて座っている。大きな音で、グレン・ミラー楽団の『ムーンライト・セレナーデ』が流れている。そこで、オーティスがドアを開けて入ってくる。二人を見て破顔する。
「よぉ、お帰りー」
リリィとドナルドが振り向いてビールを掲げる。オーティスがリリィの横にくっついて座る。3人でソファが窮屈になる。オーティスが尋ねる。
「今日、帰ったの?」
ドナルドが答える。
「うん。キミんとこの収容所に泊まる日本の人、たくさん連れてきたよ」
オーティスが言う。
「もう、あそこは一杯だから、そろそろ沖縄に収容所作るみたい」
リリィがブーたれる。
「えぇー!! 沖縄に作るのー!!」
オーティスが笑う。
「なんだよ。沖縄行けるって喜んでたじゃないか」
リリィがブーたれる。
「だってぇ、言葉通じないんだもーん」
オーティスが少し驚く。
「通じないの? なんで?」
リリィが言う。
「方言がキツ過ぎて。通訳のあたし達に通訳が必要だったわよ。見つけたの。小学生」
オーティスがドナルドに尋ねる。
「ほんとに?」
ドナルドが苦笑してうなづく。オーティスが笑う。
「はははは。通訳に通訳か。そりゃ、面白いや」
ドナルドが抗議する。
「いやいやいや、さすがのキミだって、あれはわかんないぞ」
オーティスが興味深そう。
「わかんないかな?」
リリィが言う。
「わかんないわよー。ハワイにいる沖縄の人たちと、ぜーんぜん違うんだから」
オーティスがリリィのビールを取り上げて一口飲む。
「でも、京都行きたいなー」
リリィが伸びをしながら同意する。
「あたぃも東京行きたーい」
ドナルドが言う。
「戦争、いつまで続くのかなー」
オーティスが言う。
「ほんとだなー。いつまで続くんだろう」
グレン・ミラー楽団の『ムーンライト・セレナーデ』が流れている。
一週間後。
海軍のジープがイコロアポイント収容所に入っていく。オーティスが運転して、助手席にリリィ、後ろの席にドナルドが座っている。
3人が収容所の中を歩いていくと、大きめの部屋の入り口に、日本語で「演芸大会」と大書してある。中には、たくさんの日本人捕虜が座っている。3人が中に入っていくと、捕虜たちが見やすい席をあけてゆずってくれた。
舞台上では3人の捕虜が寸劇をやっている。会場はヤンヤヤンヤと盛り上がっている。リリィが怪訝な顔で周りを見渡して、英語でオーティスに尋ねる。
「これ、そんなに面白いの? あたぃには面白く思えないんだけど、、、」
オーティスが英語で答える。
「普通に見たら面白くないよ。でも、みんな極限状態なんだ。故郷の友だちや父や母や妻や恋人を思い出すんだよ。だから、みんなにはすごく面白いんだよ」
リリィがうなづく。会場が一段と盛り上がって、大歓声が起こる。
寸劇が終わって、舞台の袖に置いてある「めくり」が一枚めくられる。「落語」と大書してある。ドナルドが喜ぶ。
「よーし、やっと落語が聞ける」
お囃子もなく、捕虜の吉田が舞台にぼんやりと出てくる。着物もない。ドナルドは力いっぱい拍手する。
吉田は座布団もない舞台中央に正座する。一礼してから、明るく、ほがらかな声でマクラを始める。
「えーぃ、本日はようこそお運びくださいました。えーぃ」
吉田は1回咳払いをする。
「えーぃ、座布団もなく、お茶も出てこない高座ではございますがぁー」
と言ってると、舞台袖からコップを持った無愛想な顔の捕虜が出てきて、吉田の前に雑にコップを置く。吉田はコップを持った捕虜をずっと、じっと見ている。会場はオオウケで、やんやの喝采でうるさいくらいになる。みんな笑っている。
吉田がコップの水を口に含んで、声を整える。
「えーぃ、そんなわけでぇございましてぇ、ひとつ、つたない話を申し上げます」
オーティスがドナルドに英語で言う。
「この人、確かに、ずいぶん本格的だな」
ドナルドが楽しそうにうなづく。吉田は『富久』をやった。五代目志ん生も八代目可楽も得意にした大ネタだ。落語通なら先行きを危ぶむとこだが、しかし、会場のみんなは大声で笑い、大げさにシンミリし、終わった時はヤンヤヤンヤの大喝采が起こった。
ドナルドが吉田に礼をするため、控え室になっている部屋に行こうとすると、途中の水道のところで、吉田が手ぬぐいで体を拭いていた。ドナルドが明るい表情で声をかける。
「いやぁ、吉田さん、面白かったよ。よかったよー」
吉田が照れる。
「そうかぃ? 面白かったかぃ?」
ドナルドが少し大きな声になる。
「うん。面白かったよー。あーゆーの「大ネタ」って言うんでしょ? 技量のない人にはできないんでしょ? コントラストが見事だったなぁ。風情があってさ」
吉田が破顔する。
「うれしーねー。アメリカさんに、そんなこと言ってもらえるなんて。一杯おごりたいとこだけど、今、ちょっと持ち合わせがないんで、いつか谷中に来ることがあったら寄ってくれよ。一杯おごるぜ」
ドナルドが真面目な顔で言う。
「トモダチになってください」
吉田がちょっと驚く。
「へ?」
ドナルドが真面目な顔で言う。
「あなた、戦争が終わったら、落語家に復帰するでしょ? そうした方がいいよ。そうじゃなくても、落語に詳しいトモダチ必要でしょ?」
吉田が不思議そうに尋ねる。
「必要かぃ?」
ドナルドがうなづく。
「必要です。私にも」
ドナルドが右手を差し出すので、吉田は不思議そうにドナルドの手を握る。
太平洋上を輸送船が走っている。甲板に、リリィとドナルドが立っている。ドナルドが言う。
「ほら、匂ってきた」
リリィが同意する。
「あ、ほんとだ」
「ハワイに帰ってきたなーって感じするだろ?」
「うん、する、する。沖縄遠かったねー」
「うん。遠かったなぁ。面白かったけど」
夜。ホノルルの一軒家に灯がついている。
大きなレコードプレーヤーの前に3人掛けのソファがあり、リリィとドナルドがビールを持ってくっついて座っている。大きな音で、グレン・ミラー楽団の『ムーンライト・セレナーデ』が流れている。そこで、オーティスがドアを開けて入ってくる。二人を見て破顔する。
「よぉ、お帰りー」
リリィとドナルドが振り向いてビールを掲げる。オーティスがリリィの横にくっついて座る。3人でソファが窮屈になる。オーティスが尋ねる。
「今日、帰ったの?」
ドナルドが答える。
「うん。キミんとこの収容所に泊まる日本の人、たくさん連れてきたよ」
オーティスが言う。
「もう、あそこは一杯だから、そろそろ沖縄に収容所作るみたい」
リリィがブーたれる。
「えぇー!! 沖縄に作るのー!!」
オーティスが笑う。
「なんだよ。沖縄行けるって喜んでたじゃないか」
リリィがブーたれる。
「だってぇ、言葉通じないんだもーん」
オーティスが少し驚く。
「通じないの? なんで?」
リリィが言う。
「方言がキツ過ぎて。通訳のあたし達に通訳が必要だったわよ。見つけたの。小学生」
オーティスがドナルドに尋ねる。
「ほんとに?」
ドナルドが苦笑してうなづく。オーティスが笑う。
「はははは。通訳に通訳か。そりゃ、面白いや」
ドナルドが抗議する。
「いやいやいや、さすがのキミだって、あれはわかんないぞ」
オーティスが興味深そう。
「わかんないかな?」
リリィが言う。
「わかんないわよー。ハワイにいる沖縄の人たちと、ぜーんぜん違うんだから」
オーティスがリリィのビールを取り上げて一口飲む。
「でも、京都行きたいなー」
リリィが伸びをしながら同意する。
「あたぃも東京行きたーい」
ドナルドが言う。
「戦争、いつまで続くのかなー」
オーティスが言う。
「ほんとだなー。いつまで続くんだろう」
グレン・ミラー楽団の『ムーンライト・セレナーデ』が流れている。
一週間後。
海軍のジープがイコロアポイント収容所に入っていく。オーティスが運転して、助手席にリリィ、後ろの席にドナルドが座っている。
3人が収容所の中を歩いていくと、大きめの部屋の入り口に、日本語で「演芸大会」と大書してある。中には、たくさんの日本人捕虜が座っている。3人が中に入っていくと、捕虜たちが見やすい席をあけてゆずってくれた。
舞台上では3人の捕虜が寸劇をやっている。会場はヤンヤヤンヤと盛り上がっている。リリィが怪訝な顔で周りを見渡して、英語でオーティスに尋ねる。
「これ、そんなに面白いの? あたぃには面白く思えないんだけど、、、」
オーティスが英語で答える。
「普通に見たら面白くないよ。でも、みんな極限状態なんだ。故郷の友だちや父や母や妻や恋人を思い出すんだよ。だから、みんなにはすごく面白いんだよ」
リリィがうなづく。会場が一段と盛り上がって、大歓声が起こる。
寸劇が終わって、舞台の袖に置いてある「めくり」が一枚めくられる。「落語」と大書してある。ドナルドが喜ぶ。
「よーし、やっと落語が聞ける」
お囃子もなく、捕虜の吉田が舞台にぼんやりと出てくる。着物もない。ドナルドは力いっぱい拍手する。
吉田は座布団もない舞台中央に正座する。一礼してから、明るく、ほがらかな声でマクラを始める。
「えーぃ、本日はようこそお運びくださいました。えーぃ」
吉田は1回咳払いをする。
「えーぃ、座布団もなく、お茶も出てこない高座ではございますがぁー」
と言ってると、舞台袖からコップを持った無愛想な顔の捕虜が出てきて、吉田の前に雑にコップを置く。吉田はコップを持った捕虜をずっと、じっと見ている。会場はオオウケで、やんやの喝采でうるさいくらいになる。みんな笑っている。
吉田がコップの水を口に含んで、声を整える。
「えーぃ、そんなわけでぇございましてぇ、ひとつ、つたない話を申し上げます」
オーティスがドナルドに英語で言う。
「この人、確かに、ずいぶん本格的だな」
ドナルドが楽しそうにうなづく。吉田は『富久』をやった。五代目志ん生も八代目可楽も得意にした大ネタだ。落語通なら先行きを危ぶむとこだが、しかし、会場のみんなは大声で笑い、大げさにシンミリし、終わった時はヤンヤヤンヤの大喝采が起こった。
ドナルドが吉田に礼をするため、控え室になっている部屋に行こうとすると、途中の水道のところで、吉田が手ぬぐいで体を拭いていた。ドナルドが明るい表情で声をかける。
「いやぁ、吉田さん、面白かったよ。よかったよー」
吉田が照れる。
「そうかぃ? 面白かったかぃ?」
ドナルドが少し大きな声になる。
「うん。面白かったよー。あーゆーの「大ネタ」って言うんでしょ? 技量のない人にはできないんでしょ? コントラストが見事だったなぁ。風情があってさ」
吉田が破顔する。
「うれしーねー。アメリカさんに、そんなこと言ってもらえるなんて。一杯おごりたいとこだけど、今、ちょっと持ち合わせがないんで、いつか谷中に来ることがあったら寄ってくれよ。一杯おごるぜ」
ドナルドが真面目な顔で言う。
「トモダチになってください」
吉田がちょっと驚く。
「へ?」
ドナルドが真面目な顔で言う。
「あなた、戦争が終わったら、落語家に復帰するでしょ? そうした方がいいよ。そうじゃなくても、落語に詳しいトモダチ必要でしょ?」
吉田が不思議そうに尋ねる。
「必要かぃ?」
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