精霊の花園

光合成

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ロジェスくんが悪夢を見る話

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図書館の明かりはとっくに消え、静まり返った建物に、ひとつだけぼんやりと小さな明かりが灯っている。
小さなランプに火を魔法で灯して、身体をゆっくりと起こす金髪の少女。
彼女は図書館の娘でありながらギャルという異彩を持った少女 エブリン・ラジュフィ。
そんな彼女は夜中に起き出すのか・・・といったらそうではなく、いつもは隣で穏やかに寝息をたてているはずの弟はかすかに魘されていて。
「ロジェス・・・?大丈夫か・・・?」
隣で小さく呻く弟の身体を優しく揺すれば、その青い眼を薄く開いた。
「ぅ・・・ん・・・おねえちゃん・・・?」
まだ焦点の合わない瞳でぼんやりと姉の姿をとらえる。
「おう・・・。すまんな、起こして・・・。魘されてたからよ・・・。」
何かあったのか・・・と静かに問えば、弟はしっかりと冴えない頭でぽつぽつと。
「なんだか・・・へんなかんじの・・・なにか・・・たいせつなものをうしなうような・・・。」
はっきりと蘇らない夢の記憶の中でも、どこか胸の奥が痛むようなものだったということは確かだ。
「大切なものを・・・失う・・・?そりゃ良くない。起こして良かったかもな。」
変に曲がった弟の髪を優しく撫でながら。
「次は・・・大丈夫だといいんだがな・・・。」
既に眠気で眼を閉じはじめているロジェスを見て案じるような声色で呟きながら、そっとランプの炎を消す。
そしてベッドにまた全身を預けて静かに眠りにつく・・・。


気がつけば一面の暗がりが広がっていて。
激しい息づかい。
走る足音。
まるで恐ろしい何かから逃げているような。
ようやく目が慣れて、そこは見知らぬ森の中だと気が付く。
その奥深くで。肩で息をする二人の人影。
一人は薄い緑の髪に青の上着を着た青年。青い瞳からは激しい緊張を感じる。
もう一人は長い白髪で水色のワンピースを着た少女。金色の瞳は恐怖で揺れている。
少女の腕の中にはまだ字も書けないような白髪青目の子供が眠たそうにしている。
「君は先に逃げてくれ」
青年は少女の目をまっすぐに見つめて一言だけ。それを聞いた少女は今にも泣きそうな表情をしながら青年の肩を掴んで引き寄せる。
「ダメです・・・!一人じゃ絶対に勝てません・・・!」
少女は少し声を荒げながら、でもその声に覇気はなく、ただ必死になって訴えるだけのもので。
青年の服を掴んで、なにがなんでも行かせない、行かせたくないと。
青年はしばらく何も返さなかった。しかしその時間も長くは続かない。
青年は少女に向き直りはっきりと声にする。
「大丈夫。僕は強いから。武器を持っただけの人間がいくらいたって僕なら勝てるよ。」
僕が魔術師だって、知ってるでしょ?ふふ、と笑って。
「そんな・・・あなただって魔法という武器を持っただけの人間です・・・!精霊である私ですら・・・奴らには・・・!」
少女が慌てて口を開けば、青年は少女の口に指を当てる。
「大丈夫だって言ってるでしょ?僕なら信じてくれるって言ったじゃない。」
約束だろう、と言うように右手の小指をピンと立てて。
「君はその子を守らなきゃ。それにね、君とこの子が無事なのが、僕にとって一番の幸せなんだよ。」
青年は少女と子供の頬に優しくキスをして。
「本当に・・・戻ってきてくれますね・・・?」
泣きそうな顔で少女が問う。
「もちろん。僕は約束は守る男だよ。」
青年は少女に背を向けて、来た道を引き返していく。
少女はその背中を見つめてしばらく動けずにいたが、息を飲んで逆の方向に走り出す。
「大丈夫・・・あの人は嘘なんてつかないもの・・・。」
本当は一緒に逃げたかった。だけど追い付かれるのはわかっていた。
だからあの人の言葉に掛けるしかなかった。信じるしかなかった。

それからどれほど逃げ続けただろうか。数分のことにも、数時間のことにも思える。
「おい、あそこにいるぞ!」
背後から数十人の男の声がした。
ああ・・・あの人は・・・。
一瞬のうちに少女には全てがわかった。
あの人は・・・負けてしまった。そして・・・もういない。
「ああ・・・私もそちらにいくことになりますね・・・。」
必死に逃げたのが馬鹿らしくなり暗い空を仰ぐ。
せめて、せめてこの子だけでもと腕に抱いていた子供を草むらに隠して。
追ってくる人影に抵抗虚しく捕らえられ。

白い髪は己から流れた血で赤く染まっていく。その光景を遠のく意識でぼんやりと眺めながら。

やっぱり人間は嘘つきだ・・・。

それは罪なき自分を貶めた人間に対する怨みか・・・
それとも彼を行かせた後悔か・・・手離した意識では答えにたどり着くことなどできなかった。


「ロジェス・・・ロジェス!」
また身体を揺すられて、ロジェスははっと目を覚ました。
「また魘されてたな・・・。本当に大丈夫なのか?」
エブリンの心底心配そうな表情に少し申し訳ない思いになりながら。
さっきまではっきりと見えていた悪夢の記憶をぼんやりと思い出す。
やっぱり何か大切なものを失う夢。
何となく覚えている内容を姉に伝えながら原因を考える。

「はぇ~・・・これまた変な夢だねぇ・・・。その二人は多分夫婦で・・・その間の子供っぽいな・・・。」
悪夢の内容を一通り聞いてエブリンはため息をつく。
「大切なものを失った感じってならロジェスは夢の中じゃその女の子ってことか?」
うーん、と首をかしげながら考える。
「原因がわかんないね・・・お姉ちゃんが危なくなったことは最近ないし・・・。」
原因は結局つかめないまま。時間は進み朝が近づいてくる。
「なんだろうな?トラウマ?なのか?ほら、前世の記憶的な?森でって言ったな?もしかして・・・」
エブリンはそこまでいいかけて口を閉じる。
もしかして過去の記憶じゃないかと。
白髪青目の子供・・・実際ロジェスの容姿と一致しているし。森でロジェスを拾ったのも事実だ。
もしかしたら二人はロジェスの両親ではないか・・・と。
まさかな、と思いつつ、捨てられない可能性が頭に住み着く。
「お姉ちゃん・・・?」
急に黙ったエブリンを今度はロジェスが心配そうに見つめる。
「あぁ、いやなんでもないのよ。」
ふい、と横に視線をずらして答える。
もしこれが過去の記憶だとしたら、何をしてやるのが正解か・・・。
エブリンは考えた末、ロジェスを抱き寄せてそのままベッドに倒れこむ。
「わ、なに・・・?」
驚いてうろたえる弟の頭を優しく撫でながら。
「大丈夫だぞ。少なくともアタシはロジェスを一人にしないさ。」
何が原因かわからない。何を恐れているかわからない。
ただ、自分だけはずっと一緒にいるのだと。目の前から消えたりしないのだと。
そうしてしばらくしていれば弟は静かに寝息をたて始める。
「今度は大丈夫だといいんだがな・・・。」
いつもよりも格段に優しい声で囁きかける。
「大丈夫・・・ずっとソバにいるからな・・・。」


鈍い物音でエブリンは目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
隣を見ればロジェスが穏やかに眠っている。今度は大丈夫だったようだ。
そういえばさっきからしているし音はなんだろう?重い扉を叩くような・・・
「あ・・・ヤバ・・・」
時計を見ると午前10時を過ぎていた。普段は図書館を開けている時間である。
「ヤベェヤベェ!鍵開けなきゃ!」
とりあえず寝巻きのまま鍵だけ持ってエブリンは寝室を飛び出して行く。
図書館を利用する人数が増えてきた頃には二人とも昨夜のことは忘れていて。
一夜限りの悪夢は過ぎ去っていつも通りの毎日が戻ってきた。
原因はわからなかったが、治ったなら良いか、本を並べながらエブリンは緩く笑った。
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