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君がいないと

水族館デート④

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その後ペンギンとイルカのショーに歓声を上げて、見慣れないサンゴ礁のカラフルな魚に目を奪われ、ゆっくり泳ぐマンボウとにらめっこしたりしていると巨大な水槽の中央ホールのような場所についた。
ジンベイザメやエイ、ナポレオンフィッシュなど大きくて珍しい魚たちが雄大に水槽の中を泳いでいる。
「おー、すごい……!」
青い暗い光が照らす神秘的な世界に飲み込まれる。この世のものではないような空間で雄大に泳ぐ魚たちに息をのむ。
「すごいね……本当にすごい……!」
隣で星月さんも息をのんでいた。
この光景は、普段生きてるだけじゃ味わえない絶景。
「……伊織君、今日はありがとう。私のわがまま聞いてくれてありがとう」
「あ、うん、どういたしまして……そっちこそついてきてくれてありがとう」
突然の星月さんの言葉に若干慌てながら答えるとぷぷっと吹き出し笑いをされる。
「もう、なにそれ……ねえ伊織君、私たちが初めて出会ったときのこと覚えてる?」
「突然どうしたの……覚えてるよ、去年の9月くらいでしょ、あのウサギ探しの」
星月さんは水槽の魚を見ながら話し始める。
「そう、ウサギ探し……私あの時正直君の事変な人だと思った。絶対に関わってはいけない人だと最初は思ってた」
「失礼だね、僕はいつも普通だよ」
「いや、あの時の君はおかしかったよ。制服で保育園のウサギの捜索! って言って側溝に頭突っ込んでたもん……マジでやばい人だと思った」
本当に失礼!
あの保育園の先生には昔お世話になったから手伝ってただけなのに!
「でもそれはすぐに間違いだとわかって……真剣に探して、楽しそうにウサギとじゃれ合って……伊織君はただの動物好きのお人好しで、趣味があって話しやすくて……すぐに仲良くなれると思った」
「実際、趣味があって話すのも楽しかったし結構すぐ仲良くなれたよね」
「……もう、ちゃちゃ入れないでよ」
そういって理不尽にクレームを入れて星月さんは水槽をなぞる。
2匹のエイが楽しそうに泳いでいる。
「正直みーちゃん以外の人はもういらないとも思った。君とあってから、君と話してから、君の優しさに触れてから……だんだん君の存在が大きくなって、君のことを知りたくなって……いつの間にか君が好きになって」
そういって僕の方を見つめる。
突然の好きという言葉にドキッと心臓が跳ねる。
「君が好きで、君と離れたくなくて、君とずっと一緒にいたくて、でも勇気が出なくて。この関係が壊れるのが怖くて……だからあんな形で告白して……ごめん、昨日も嘘ついてた。君が大好きだから、どこにも行ってほしくないから、絶対に断れないような形で……ごめんね、本当に」
「いや、その……あ、謝るようなことじゃ、ないから……」
ドギマギした心のまま答える。
星月さんは僕の方をずっと見つめている。
「でも、やっぱり君が好きだから、もっともっと好きになったから……君にはちゃんと気持ちを伝えないといけないと思ったから……だからちゃんと聞いてね」
そういって息を吸い込む。
「伊織君! 話してて楽しいところとか、優しいところとか、笑顔が可愛いところとか、趣味が同じで楽しいところとか、あんまり空気とか女心とか読めないないところとか……それでも困ったときには絶対助けに来てくれるところとか。ぜんぶぜんぶ君のことが大好きです! こんなめんどくさくて嫉妬深くて自分勝手で弱い私だけど……付き合ってくれますか?」
そういってまっすぐこっちを見ながら手を出す。
神秘的な雰囲気がこれは幻ではないかと思わせるけど、心臓のドキドキとモヤモヤが本当だということを実感させる。
星月さんを僕も同じように見つめる。
「……うん、僕でよければ」
出された手を握り返す。
「……伊織君!!!」
星月さんが泣き笑いのような表情で僕の胸に飛び込んできた。
「ありがとう、ありがとう……」と連呼する星月さんの頭を撫でる。
その瞬間、静かだったホール内が一気の「おめでとう!」コールで爆発した!
……状況が全く飲み込めず、2人であたふたしてしまう。
「いやー、おめでとう、おめでとう! こんな大衆の面前で告白するとは……君たちも度胸あるね! ていうか付き合ってなかったんだ!」
さっきのお姉さんに言われて周りを見渡す。
大勢のお客さんたちが僕たちの方を向いてパチパチ祝福の拍手をしている。
……途端に顔が熱くなるのがわかる。
そういえばここ、日曜日の水族館の真ん中じゃん! やばい……恥ずかしい。
「ほらほら、お二人さん、記念に1枚パシャってあげるから並んで並んで! 恥ずかしがらなくていいからさ、サービスだよ、サービス!」
そういってニヤッと笑みを浮かべるお姉さん。
恥ずかしいけど、星月さんにギュッと袖を握られたので覚悟を決めてポーズをとる。
「よっしじゃあ、写真撮るよーはいジョーズ、ガオ!」
パシャリとカメラの音が鳴る。
絶対に顔引きつってるよ……
カメラのレンズを覗いたお姉さんはふふふ、と軽く笑みをこぼす。
「顔は真っ赤だし、笑顔は引きつってて表情は硬いけど……でもいい写真だ」
そういって僕らの方を見てにやりと笑った。

「これ無料で現像してあげるから、帰り絶対お土産屋に寄るんだぞ。それじゃあ、2人の幸せな門出を祝いまして……いってらっしゃいませ!」
手を振るお姉さんを後目に「行くよ、伊織君!」という耳まで真っ赤に染まった星月さんに手を引かれジンベエザメホールを後にする。
「青春だね~」という誰かの声が聞こえてきた。

「さっきはすごく恥ずかしかったけど……ありがとう、嬉しかった。これからもよろしく」
タカアシガニがダンスを踊っている真っ暗な深海水槽の前で、ようやく真っ赤な顔から落ち着いた星月さんがボソッとつぶやき、僕の手を握る。
「……よろしく、星月さん」
ふわふわした気持ちのまま僕も雰囲気を壊さないようにボソッとつぶやき、手を握り返した。
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