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君がいないと

膝枕に幸せを

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 気が付くとムニュムニュの不思議な感触が頭を支配していた。
 なんだろう、と思って頭を動かそうとするが、うまく体が動かない。
「あ、伊織君起きっちゃた? おはよう、伊織君。それで悪いんだけどちょっとだけ動かないでくれる~? 怪我しちゃいけないからさ~」
 
 聞き覚えのある声が頭の上から聞こえる。それと同時に不思議な違和感―安心感と爽快感が僕の耳を駆け上がる。
 その母親を思い出すような……いや、うちの母さんあんな声じゃないわ。とにかく安心できるような声に頭がふわふわしてくる。

「うっわー、すごいの取れちゃった! 見てみて伊織君、この耳垢、すっごく大きい!」
 そういって声の主、星月あかりは取れた耳垢を僕に見せてきた。汚い。
「ふふふ、それじゃあもうちょっと続きするからね~。うごかないでよ~」
 もう一度僕の耳に耳かきを突っ込む。
 
 色々情報が出てきたことで、何となく今自分が置かれている状況が理解できた。
 今、僕はどこかで星月さんの膝枕で耳かきをしてもらっている。
 ……え!?

「ちょっと、伊織君急に暴れないで! 耳かき頭に刺さるよ!」
「え、何その怖い脅し!? じゃなくて、なんで膝枕して耳かきしてるの! なんか、その……めっちゃ気持ちいんだけど、めっちゃ恥ずかしいって言うか!」
 
 なんか、むず痒い感じで、こそばゆい感じ!
 僕の言葉に星月さんはケラケラ笑う。
「ふふふ、なんか伊織君可愛い! じゃあちょっと説明するね。ここはね、漫画喫茶ゴルトベルクだよ」
「……え、漫画喫茶? なんでそんなとこ?」
「なんでって……君が雑貨屋さんで倒れたからここで看病してあげてついでに耳かきしてあげたんだよ……多少強引に……」

 そうだ、僕はメタマルフォーゼに行った後雑貨屋さんに行ってそこで倒れたんだ。
 でも恥ずかしいから勝手に膝枕と耳かきはやめてほしい……いや、まあいいや。
 
 ……あれ、そういえばなんで倒れたんだっけ……!
「だから伊織君急に暴れないでよ! 耳かき脳を破壊するよ!」
「だから怖いよ! それより黒田さん! 雑貨屋さんに黒田さんいたよね、僕の名前言ってくれたよね! どうなった、その後どうなった!」
「もう、そんな焦らなくても話してあげるから今はじっとしてて!」

 その気迫に命の危機を感じた僕は借りてきた猫のようにスンとなる。耳かきおっかねえ。

 「みーちゃんはね、君が気絶してた時は驚いてたけど『貧血気味なんだ』っていったら納得してそのまま帰っていったよ。『救急車呼ぶ?』って結構心配そうだったけど、こんなのに救急車使うのもあれだからそれはやめておいた。後内緒にもしてくれるらしいよ」
 え、こんな僕の心配してくれたの、やばいめちゃくちゃ嬉しい!
 
 少しワクワクしてきた気持ちに喜んでいると頭の上から優しい声が聞こえる。
「よし、左耳終わり! 次右耳もやるからゴロンして!」
「……ほんとにゴロンして大丈夫? ていうかしなきゃダメ?」
「だーめ、まだ右耳残ってるでしょ。なんかゴロンできない理由あるの?」
「だって……パンツ見えちゃうかも……」
「……ッ!!!」
慌てた様子でスカートを直す音が聞こえる。ちょっと可愛い。

「……指摘ありがとう、もう大丈夫! ほら、ゴロンして」
 抵抗せずに言われたとおりにゴロンする。顔の部分がちょうど鼠径部あたりに来て、なんだかいけないことをしている気がする。仕方ないから上を見る

「ちょっと伊織君、そんな見つめられると恥ずかしいよ……」
「でも横を見るのも恥ずかしいし……あれ? 星月さん顔怪我してる?」
「え、嘘!? どこ!?」
 その言葉とともに耳に激痛が走る。耳の中がぐるぐるされているのを感じる。
「痛い痛い痛い! かき回さないで、下から見ないとわからないような小さい傷だから気にすることじゃないと思うよ!」
 
 そういうとかき混ぜが止まる。良かった、僕の鼓膜は守られた。
「なーんだ、それなら安心!」
 再び耳かきの世界が始まる。
 ふわふわした心地が良い感覚が耳の中を通り抜ける。
「痛いところはありませんか~」
 星月さんの優しい声がすっと耳を通り抜ける。
 なんだか人に耳掃除をされると懐かしいような寂しいようななんだか不思議な気分になる。
 膝枕と耳かきという幼いころのおばあちゃんを思い出す感覚に僕は次第に恥ずかしさを忘れその世界に入っていく。
「星月さん……ありがとね」
「え、何、急にどうしたの……どういたしまして」
 間違いなく幸せの時間だ。
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