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第五話 はじめての友達
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放課後、桜子は委員会があるとのことなので、杏子は図書室で時間を潰して待つこととした。
記憶が戻る前、委員会を待つ時は図書室に足を運んでいたこともあり、かつて本など読まなかった元不良の少女も図書室に入ることへの抵抗などなかった。
さすが名門校ということもあって本の充実ぶりは素晴らしいのだろうが、今のこの少女にはあまり関心がなかった。
「学校ってこんなに退屈だったか…俺の頃はたまに行く学校でも仲間と馬鹿騒ぎして、楽しかったけどなぁ…まあ、ぼっちだからしょうがないか。」
椅子の背もたれに体重を預け、静寂に包まれた部屋全体を見渡す。中学生の騒がしい声がこだまする他の教室より、精神年齢が30歳を超えたおじさんには心が落ち着くものであった。
「そうだ。」
とおもむろにペンとノートをテーブルに広げ、ノートをペラペラと捲る。
昨日までは綺麗な文字で授業の板書をしてあるが、今日は一切していないことに気にも留めず、目の前に映る眼鏡をかけたお下げの少女の絵を描き始めた。
「こんな感じかな?」
軽くデッサンした絵を見て、自分なりに満足した。
「絵はよく妻に褒められたぁ、生まれ変わっても上手く描けてよかった。」
などと思っていると。
「あの…私なにか変でしょうか?」
静寂の空間から細々とした声が突然、自分に向けられ変な声をあげてしまう。
「うげぇっ!」
顔を向けるとデッサンのモデルにしていたメガネをかけた少女が本から目線を外し、こちらを見ている。
「いやぁ!なんでもない!」
咄嗟に出た言葉は何かありますと言わんばかりのものであった。
「そうですか?ごめんなさい。気にしすぎですね。」
眼鏡の少女には非がないのにも関わらず、謝罪させてしまった事に杏子は罪悪感を感じ、素直に話すこととした。
「ごめん。本当は絵を描いてて、なんか絵になるなぁって思って。しょ、肖像権の侵害だよねー!本当にごめんなさい。」
眼鏡の少女は杏子の動揺した笑いにフフッと笑みが溢れた。
「夏月さんって絵を描くのね?どんな絵か見せてもらえる。」
自分の名前を知っていることに少し驚いた。
「いいけど…わ、私の名前知ってたんだ。」
「初等部から同じだったのよ。中等部の1年生の時は同じクラスだったって…言ってもわからないよね。私影薄いし…友達いないから。」
眼鏡の少女は杏子から目線を逸らし、絵に目を向ける。
「こんなに上手な絵が描けるんだ。夏月さんの得意なこと知れてよかった。折角だし、この絵貰っていいかな。素敵な絵だから。」
気まずい空気を無くそうと、声のトーンを上げて明るくしようとしていることは杏子にもわかる。
「俺はなんで彼女のことに気づけなかったんだ。」と思い、記憶を巡ると杏子という少女の記憶には夜々川桜子に関する記憶がほとんどで、それ以外の事柄に一切興味がなかった。
その記憶を寒気がするほどに寂しく、悲しいと感じてしまった。
前世で不良だった男は社会や家族から孤立していたが、何も問題なかった。それは、心を許せる存在が妻以外にもいたからだ。決して多くはないがその様な仲間や友達がいたから生きてこられたと思っている。人を愛し、愛される人間になれたのも、かつての人間関係による成長があったからだと。
夏月杏子という少女が他人へ関心を放棄し、ひとりぼっちになった一方で、眼鏡の少女は、ひとりぼっちでも決して擦れることなく他者に誠実であろうとしている。
杏子は友達になりたいとか、なりたくないとか、余計な事は何も考えず。ただ、この縁を大事にしたいと思った。
「ごめんなさい。な、名前を忘れてしまってて。はじめまして。夏月杏子と言います。また、明日も放課後、図書室に来てほしい。こんな落書きじゃなくて、ちゃんと描くから。それに朝野さんと友達になれたらなぁって思ったり…」
接し方がわからない杏子は思わず友達申請をしてしまう。
眼鏡をかけた少女は少し照れくさそうに答える。
「朝野時子です。はじめまして、じゃないけど。よろしくお願いします。じゃ、じゃあ明日楽しみにしてる。でも、この絵貰っていいかな?それと、私も夏月さんと仲良くなりたいって思ったよ。」
杏子は友達申請が通った事に驚きを隠せなかった。
「え?ほんとに?嬉しい!ありがとう!」
朝野時子は杏子と目を合わせるのが恥ずかしくなり、席をたった。
「ありがとう。私こそ嬉しい。じゃあ、また明日ね。」
杏子に小さく手を振って図書室を出る姿は先程より明るく感じた。
窓の外を見ると青い空は赤みを帯びていた。
校内に響く鐘の音が杏子に委員会の終わりを告げ、下駄箱へと足を運ばせた。
「ごめん。待った?」
「待ちくたびれたよー!時間潰すのも大変だよ。」
ムスッとした表情を見上げながら桜子へ向ける。
「ごめんって、先帰ってもいいんだよ!」
「なんか、いつも一緒に帰ってるから待たなきゃって思っちゃうだよなー」
体に染みついた習慣は、人格が変わったとしても変わらないものだと杏子は実感する。
電車を降り、駅前の喧騒も届かない川沿いの桜並木を歩きながら、桜子は学校はどうだったかと尋ねた。
「初登校どうだった?2度目の中学生活の感想は?」
「どうって、色々大変だっけど記憶もあるし、初登校って感じはしなかったかな。ただ、女子からは俺好かれていないかな。」
杏子は昼休みの出来事が頭に浮かび、その事を桜子へ報告する。
「そんなことがあったのね。それは、辛いわね。私の記憶には杏子が他の女子に嫌われてるような情報はなかったわ。」
桜子は学校で一目置かれる存在であるため、彼女には悪い情報を入れてはいけないような雰囲気があった。なおさら彼女の親友がクラスで浮いているなど、周りの人間も知っていても伝えるはずがなかったのである。
「明日から学校行ける?どうやらこの学校では私って影響力あるみたいだし、どうにかしてみようか?」
心配している桜子に対して杏子は笑う。
「バカにしてんのか、中坊の揉め事なんか人の力なんて借りなくてもどうにかしてみせるよ。それに、この問題は夏月杏子という人間が原因だ。自分のケツは自分で拭くもんだろ。」
隣の小さな少女がかつての夫のようにみえた桜子は安心して、心を撫で下ろす。
「でも、無理はしないでね。男同士の人間関係と女同士は違うから。何かあったら言ってね。私も協力するから。」
そう言うと桜子は小さな少女の頭をポンポンと撫でる。
撫でられるのが意外にも嫌じゃなく、むしろ結構好きであったが、男としてのプライドなのか彼女の手をそっと頭から弾いた。
「…恥ずかしいだろ。」
桜子は頬を赤らめた小さな少女を抱きしめたくなったが、今はやめておく事とした。
「でもお前を待っている間に図書室で友達ができたぞ。朝野時子ってこなんだけど。」
杏子は顔をあげて嬉しいそうに切り出した。
「時子ちゃんね!すごいじゃない。どうやって友達になったの?」
「どうって。別にいいだろ!」
「気になるじゃーん!友達がはじめてできた感想は?」
「感想って?嬉しいとかかな…」
杏子は考えた。生前は友達ってどうやって作ったのか、今日みたいに友達になってと申し込んだ訳ではなかった。自然と友達になっていた、気づいたら一緒につるんでいた。今の杏子では、かつてのように人と関われないんじゃないかと少し不安になった。
しかし、杏子は桜子を心配させないように揶揄ってみせた。
「そんなことより、俺に友達ができて嫉妬してんじゃねーの?」
桜子は人差し指を頬にあて、目線を僅かに空に向けた。
「嫉妬かぁ。とうの昔に失った感情ね。あなたの一番は私ってわかってるから、何も気にしないわ。」
「まぁ、そうだよな。」
昔から肝の据わった彼女が生まれ変わったからといって簡単には変わらない事をわかっていた。
「かわいくねーやつ!」
記憶が戻る前、委員会を待つ時は図書室に足を運んでいたこともあり、かつて本など読まなかった元不良の少女も図書室に入ることへの抵抗などなかった。
さすが名門校ということもあって本の充実ぶりは素晴らしいのだろうが、今のこの少女にはあまり関心がなかった。
「学校ってこんなに退屈だったか…俺の頃はたまに行く学校でも仲間と馬鹿騒ぎして、楽しかったけどなぁ…まあ、ぼっちだからしょうがないか。」
椅子の背もたれに体重を預け、静寂に包まれた部屋全体を見渡す。中学生の騒がしい声がこだまする他の教室より、精神年齢が30歳を超えたおじさんには心が落ち着くものであった。
「そうだ。」
とおもむろにペンとノートをテーブルに広げ、ノートをペラペラと捲る。
昨日までは綺麗な文字で授業の板書をしてあるが、今日は一切していないことに気にも留めず、目の前に映る眼鏡をかけたお下げの少女の絵を描き始めた。
「こんな感じかな?」
軽くデッサンした絵を見て、自分なりに満足した。
「絵はよく妻に褒められたぁ、生まれ変わっても上手く描けてよかった。」
などと思っていると。
「あの…私なにか変でしょうか?」
静寂の空間から細々とした声が突然、自分に向けられ変な声をあげてしまう。
「うげぇっ!」
顔を向けるとデッサンのモデルにしていたメガネをかけた少女が本から目線を外し、こちらを見ている。
「いやぁ!なんでもない!」
咄嗟に出た言葉は何かありますと言わんばかりのものであった。
「そうですか?ごめんなさい。気にしすぎですね。」
眼鏡の少女には非がないのにも関わらず、謝罪させてしまった事に杏子は罪悪感を感じ、素直に話すこととした。
「ごめん。本当は絵を描いてて、なんか絵になるなぁって思って。しょ、肖像権の侵害だよねー!本当にごめんなさい。」
眼鏡の少女は杏子の動揺した笑いにフフッと笑みが溢れた。
「夏月さんって絵を描くのね?どんな絵か見せてもらえる。」
自分の名前を知っていることに少し驚いた。
「いいけど…わ、私の名前知ってたんだ。」
「初等部から同じだったのよ。中等部の1年生の時は同じクラスだったって…言ってもわからないよね。私影薄いし…友達いないから。」
眼鏡の少女は杏子から目線を逸らし、絵に目を向ける。
「こんなに上手な絵が描けるんだ。夏月さんの得意なこと知れてよかった。折角だし、この絵貰っていいかな。素敵な絵だから。」
気まずい空気を無くそうと、声のトーンを上げて明るくしようとしていることは杏子にもわかる。
「俺はなんで彼女のことに気づけなかったんだ。」と思い、記憶を巡ると杏子という少女の記憶には夜々川桜子に関する記憶がほとんどで、それ以外の事柄に一切興味がなかった。
その記憶を寒気がするほどに寂しく、悲しいと感じてしまった。
前世で不良だった男は社会や家族から孤立していたが、何も問題なかった。それは、心を許せる存在が妻以外にもいたからだ。決して多くはないがその様な仲間や友達がいたから生きてこられたと思っている。人を愛し、愛される人間になれたのも、かつての人間関係による成長があったからだと。
夏月杏子という少女が他人へ関心を放棄し、ひとりぼっちになった一方で、眼鏡の少女は、ひとりぼっちでも決して擦れることなく他者に誠実であろうとしている。
杏子は友達になりたいとか、なりたくないとか、余計な事は何も考えず。ただ、この縁を大事にしたいと思った。
「ごめんなさい。な、名前を忘れてしまってて。はじめまして。夏月杏子と言います。また、明日も放課後、図書室に来てほしい。こんな落書きじゃなくて、ちゃんと描くから。それに朝野さんと友達になれたらなぁって思ったり…」
接し方がわからない杏子は思わず友達申請をしてしまう。
眼鏡をかけた少女は少し照れくさそうに答える。
「朝野時子です。はじめまして、じゃないけど。よろしくお願いします。じゃ、じゃあ明日楽しみにしてる。でも、この絵貰っていいかな?それと、私も夏月さんと仲良くなりたいって思ったよ。」
杏子は友達申請が通った事に驚きを隠せなかった。
「え?ほんとに?嬉しい!ありがとう!」
朝野時子は杏子と目を合わせるのが恥ずかしくなり、席をたった。
「ありがとう。私こそ嬉しい。じゃあ、また明日ね。」
杏子に小さく手を振って図書室を出る姿は先程より明るく感じた。
窓の外を見ると青い空は赤みを帯びていた。
校内に響く鐘の音が杏子に委員会の終わりを告げ、下駄箱へと足を運ばせた。
「ごめん。待った?」
「待ちくたびれたよー!時間潰すのも大変だよ。」
ムスッとした表情を見上げながら桜子へ向ける。
「ごめんって、先帰ってもいいんだよ!」
「なんか、いつも一緒に帰ってるから待たなきゃって思っちゃうだよなー」
体に染みついた習慣は、人格が変わったとしても変わらないものだと杏子は実感する。
電車を降り、駅前の喧騒も届かない川沿いの桜並木を歩きながら、桜子は学校はどうだったかと尋ねた。
「初登校どうだった?2度目の中学生活の感想は?」
「どうって、色々大変だっけど記憶もあるし、初登校って感じはしなかったかな。ただ、女子からは俺好かれていないかな。」
杏子は昼休みの出来事が頭に浮かび、その事を桜子へ報告する。
「そんなことがあったのね。それは、辛いわね。私の記憶には杏子が他の女子に嫌われてるような情報はなかったわ。」
桜子は学校で一目置かれる存在であるため、彼女には悪い情報を入れてはいけないような雰囲気があった。なおさら彼女の親友がクラスで浮いているなど、周りの人間も知っていても伝えるはずがなかったのである。
「明日から学校行ける?どうやらこの学校では私って影響力あるみたいだし、どうにかしてみようか?」
心配している桜子に対して杏子は笑う。
「バカにしてんのか、中坊の揉め事なんか人の力なんて借りなくてもどうにかしてみせるよ。それに、この問題は夏月杏子という人間が原因だ。自分のケツは自分で拭くもんだろ。」
隣の小さな少女がかつての夫のようにみえた桜子は安心して、心を撫で下ろす。
「でも、無理はしないでね。男同士の人間関係と女同士は違うから。何かあったら言ってね。私も協力するから。」
そう言うと桜子は小さな少女の頭をポンポンと撫でる。
撫でられるのが意外にも嫌じゃなく、むしろ結構好きであったが、男としてのプライドなのか彼女の手をそっと頭から弾いた。
「…恥ずかしいだろ。」
桜子は頬を赤らめた小さな少女を抱きしめたくなったが、今はやめておく事とした。
「でもお前を待っている間に図書室で友達ができたぞ。朝野時子ってこなんだけど。」
杏子は顔をあげて嬉しいそうに切り出した。
「時子ちゃんね!すごいじゃない。どうやって友達になったの?」
「どうって。別にいいだろ!」
「気になるじゃーん!友達がはじめてできた感想は?」
「感想って?嬉しいとかかな…」
杏子は考えた。生前は友達ってどうやって作ったのか、今日みたいに友達になってと申し込んだ訳ではなかった。自然と友達になっていた、気づいたら一緒につるんでいた。今の杏子では、かつてのように人と関われないんじゃないかと少し不安になった。
しかし、杏子は桜子を心配させないように揶揄ってみせた。
「そんなことより、俺に友達ができて嫉妬してんじゃねーの?」
桜子は人差し指を頬にあて、目線を僅かに空に向けた。
「嫉妬かぁ。とうの昔に失った感情ね。あなたの一番は私ってわかってるから、何も気にしないわ。」
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