上 下
10 / 46
2章睡眠の偉大さを知りました

4

しおりを挟む
「俺のせいで死ぬ………?ネムリン!」

「ひゃいぃっ!」

きょとんと理解が追い付いていないネムリンを知らずにして、ルドルクの言葉を真に受けたルーベルトがそれを許すはずもない。

ぐるんっとまたルーベルトが視線をネムリンに移せば、びくーっと背筋を伸ばして返事をするネムリン。ルーベルトは緊張が吹き飛ぶほどにある思考に支配されていた。

(俺のせいで女神が死のうとしている。俺のせいで女神が死のうとしている。俺のせいで)

今のルーベルトは絶望にも等しい気持ちでいっぱいだ。自分のせいでネムリンが死ねばそれこそルーベルトは自分がどうなるかなど想像もつかない。

「ネムリン!」

「ひゃいっ!」

ルドルクから離れ、まともに返事もできないネムリンに少し駆け足で近づけば両手の手を包むようにして握るルーベルト。ネムリンはあまりの勢いに恐縮するも、婚活パーティーのような失態はない。

手を封じられたところでネムリンなら振り払うこともそれで拳を出すことも可能だ。それでも大人しく両手を握られることを受け入れている辺り、ネムリンは覚悟を決めている。

(怖い怖い怖い!けど、絶対に手は出さない!私が悪いんだから何でも甘んじて受け入る覚悟はしてきたんですから!婚約者を正式にしたのは間違いなのもわかっているはずです!本当なんで私はあんなことをっ!)

覚悟はあってもネムリンの内心が落ち着く気配はない。

「死なないでくれ!」

何を言われるのか、何をされるのかと不安で仕方ないネムリンにルーベルトが言った言葉は直球過ぎた。

「え?」

よくて罵倒、悪くて手を握りつぶされる。ネムリンの手を握りつぶせるかはさておき、そんな言葉にネムリンはきょとんとして思う。

(殿下の言葉を真に受けていたりするのでしょうか……?)

一瞬で冷静になるくらいには予想外の言葉だった。ネムリンが冷静になってよくよく見ればルーベルトの瞳は真剣そのものなのがわかる。本当に自分に死んでほしくないという気持ちが。

「俺は、いや、私はただネムリンに会えて緊張してしまっただけで、貴女を気に病ませようだなんて思ってはいなかった」

「私に緊張、ですか?」

さらに続く思わぬ言葉にネムリンは信じられない気持ちだ。

(本国に置いて強大な権力を保持するだけでなく、最高位である王家とすら対等に渡り歩いてしまえる御方が、地味で可愛げもなく、とても女性らしいとは言い難い私に緊張するなんて………)

ネムリンは自分に自信もなければ、周囲が自分にする評価を正しく理解しているつもりだ。とはいえ、若干周囲以上に自分を低く見るネムリンではあるがそれ故にルーベルトの言葉は受け入れづらい。

何より気絶して起きた日からまた多少クマが濃くなったとはいえルーベルトの睨むような目付きは、ネムリンを前に和らいでいる。よって元々顔が整っているルーベルトは美形の部類であり、頭痛に耐える睨む目付きさえなければモテていてもおかしくないほどの清潔そうなクールなイケメンにしか見えない。

実際のルーベルトはルドルクから見ればクールからかけ離れているが。

とまあ、言いたいのはこのように容姿にも恵まれていればいくら怖い噂があろうと、令嬢にことかかないだろうルーベルトが今更ネムリンのような者に緊張はないだろうと疑っているわけだ。

「貴女は私が望んだ婚約者だ。緊張もするし、死ぬと言われれば何が何でも………監禁してでも止める」

(監禁はだめだろう)

そう心の中で突っ込みを入れるのはルドルク。せっかく会話もでき、自らの婚約者に触れられているルーベルトとようやく落ち着いた様子のネムリンとの婚約者同士の二人を邪魔をする気など更々ない。

王子でもあるルドルクは空気に徹した。王子を空気扱いできるのもこの先この二人だけだろう。そういう意味でもお似合いじゃないかというのはルドルクの意見である。

「か、監禁………もしかして、ラヴィン公爵様は私が婚約者であることを本当に望まれているのですか?」

まさか監禁という言葉まで出されるとは思わず、まさかまさかと恐る恐る訪ねるネムリン。直筆の手紙は読んだが、それでもやはりルーベルトの婚約者になることを望まれているとネムリンは思えなかった。

本気で何かの間違いだと思っていたのだ。

「手紙に書いたはずだが………足りなかったか?」

(足りない?)

ルーベルトの言葉に二人を見守っていたルドルクが言葉の意味がわからず、ん?とひとり首を傾げる。

「いえ、婚約者を正式に認める文にしては綴られる文が多すぎて、内容も、ね、熱烈、と言いますか、その、嫌がらせかと………」

そのルドルクがわからぬ意味をネムリンが理解している様子にルドルクは見守る姿勢は短くも終わった。

「ごめん、口を挟む気はなかったんだけどルーベルト、お前正式に婚約者と認める手紙以外に何か書いたのか」

ルドルク自身ルーベルトが自ら正式に婚約者と認めるための手紙を送ったことは聞いているし知っている。だが、それ以外に書いたことは知らなかったし、手紙自体を目にする前に送ったと言われ気にも止めていなかった。

ルドルクはルーベルトが使いのものに代筆を任せず自ら書いて送ると言った時点で確かめておくべきだったのだ。何故、婚約者と正式に認めるだけの手紙を直筆するつもりになったのか。

それがわかっていればルドルクが止めることでネムリンもそこまで婚約者と正式に認めるのはルーベルトによる嫌がらせで、この場で間違いだったと言われるなんてことを思うこともなかっただろう。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜

なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

処理中です...