無能Ωと言われた僕が理想の父を求めすぎて10歳離れたαの婚約者にパパ代わりになってもらった結果に待っていたのは溺愛過保護でした

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～キュウジンside～

それは一瞬の出来事でした。馬車を降りて新たな坊っちゃまの婚約者ラフィエル様を屋敷までエスコートしようとした瞬間、まるで急に周りが見えなくなったとばかりに走り出すラフィエル様の目は、何故か屋敷の外で出迎えるように待っていた坊っちゃまを捉えていたのです。

何故いつも屋敷から出られない坊っちゃまが玄関先に立っていたのかと気付いた時にはもう遅く、慌てて私とメリーは追いかけたものの、追いついた時にはラフィエル様はあの坊っちゃまに飛びついていました。

そこまで近づいて失神せずに済んだのはよかったものの、あの坊っちゃまに抱きついて失神した様子のないラフィエル様やそのラフィエル様が同時に叫んだ意味のわからない発言に驚くよりも、坊っちゃまの機嫌を損ねていないかが何よりも気がかりでした。

「申し訳ございません！レイム坊っちゃま！その方は新しい婚約者様ですのでどうかお怒りにならず……」

だからこそ慌てて謝罪し、相手は坊っちゃまの婚約者だからなんとか多めに見ていただけないかと頭を下げたが、聞こえてきた声は聞いたことがないほどに穏やかで落ち着いた坊っちゃまの声。

「キュウジン、俺に子供はいないがこれは父性……なのか？婚約者らしいが、この子は私を父にと望んだぞ？」

「あ、え？いや、あの契約では養子ではなく婚約ですが」

その声と、顔をあげた先に微笑む坊っちゃまを見て、質問に返答したものの私は動揺を隠せませんでした。きちんと答えられたかもわからないほどにあの坊っちゃまはラフィエル様に対してお優しい声と手つきだったのです。

婚約者なのに父性を感じるという坊っちゃまだが、それ例え歳の差による子供を慈しむ気持ちだったとしても、それが坊っちゃまの荒ぶった心を癒すというならこの出会いは運命とも言えるでしょう。

何より坊っちゃまとあれだけ密着して話す余裕すら見せるラフィエル様はやはり他のΩとは違う何かがあるのは確かです。できれば父性よりも婚約者として互いに意識していただきたいところではありますが、坊っちゃまの生活習慣の悪さと不眠による隈のせいで、26とは思えない老け顔を考えれば婚約者というより親子に見えてしまうのは仕方がない気がします。

ラフィエル様も幼い顔立ちなのでお二人が望む父と息子と言われる方がしっくりきてしまう自分もいますので……。しかし今はそれでもいいのかもしれません。

何せ不眠症に悩む坊っちゃまが自ら寝ることを宣言されたのですから！来たばかりの初対面の婚約者を寝室に連れて行くのがいいことかと言われれば違いますが、ラフィエル様は嫌がってないようですし、体の不調もなさそうです。何よりどういうことなのか互いに眠そうなのは見ていてわかるほどなので、本当に寝るだけなのでしょう。

坊っちゃまの今までを考えれば寝れる時に寝てほしいのが仕えるものとしても正直な気持ち。突然のことに誰もが唖然としてますが、こうしてはいられません。

「皆さん！固まっていないで坊っちゃまが部屋に戻られる前に、急いで寝室のベットだけでもすぐ整え直すように！」

「「「は、はい！」」」

そんなに大勢で行く必要は……と思うものの、坊っちゃまの急な変化に誰もが動揺を隠せないのは無理もありません。いついかなるときも第二性別のαが発現してから坊っちゃまは笑うことすらなくなったのですから。

第二性別が発現し出す10歳までは神童と期待されていたあの頃の坊っちゃまをまた見れる日が来るかもしれない。そう期待してしまうのは今までと明らかに違う結果を生んだラフィエル様への期待とも言えましょう。

「旦那様の期待にラフィエル様は早くも応えてくれたようですね」

メリーがどこか嬉しそう私に言ってくれました。旦那様の悩むお姿や荒ぶる自分を自制できない坊っちゃまの様子を近くで見てきた私への励ましも感じます。

「きっとここまでの結果は誰も期待してませんでしたからな。とはいえ油断は禁物です。起きた時にまた状況が変わる可能性もありますからね」

「そう言いながら口がにやけてますよ、お父様」

「娘の前くらい許しておくれ」

ラフィエル様には言いそびれたが、メリーは私の実の娘。既に結婚をしているから苗字こそ違うが、夫婦共々この年寄りに優しい自慢の娘です。

「私が嫁いでもこの調子だと、いつまでも父離れが難しくて困りますよ」

「それは彼に申し訳がないというものだが、彼も公爵家に仕えるものとして理解はしてくれるだろう」

「彼も父に甘いから困ったものですわ。……まあこんなところで話していてはまた親子喧嘩かと同僚にからかわれそうですから、お二人が起きるまでの間、少し賭けに出た準備をしませんか？お父様」

「賭けとは？」

たまにこうして私が執事長という立場をうまく使おうとする娘は少し悪どい表情をします。しかし、大抵こう言い出した娘の考えは当たることが多いのできっと聞かずとも私は了承してしまうことでしょう。

結果、その提案に乗ったのは言うまでもありません。