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だけどそんな日々にも終わりはあったらしい。ある日、父が珍しく機嫌よく地下に来たかと思えば、僕を地下から出してくれたのだから。急なことに驚いたけど、何故出されたのか考える暇もなく久々のお風呂に入れられては使用人たちによってくまなく洗われた後に、父につけられた傷を手当された。

丁寧に……とまではいかないけど、地下に入れられてからのことを考えたら信じられないくらい優しい扱いだったと言える。それ以外にも綺麗な服なんて何年振りだろうと思わず着心地のよさに感動してしまったし、普段の食生活のせいで少食になったのか、あまり食べられなかったもののまともな食事にもありつけた。

悪いことではないが、急なことすぎて流石に父が改心するとも思えないし、今日が命日なんだろうかと寧ろ疑ったけれど、理由は誰も教えてくれず1週間ほどその変わらない対応をされた後にようやく理由を知ることとなった。

「ラフィエル16歳の誕生日おめでとう」

その日は朝一番に父が部屋にいて、久々に殴られるのかと身体が固くなったものの、父が発した言葉は想像もしなかった一言。その言葉には、久々に名前が呼ばれたこと以前に、今日は僕の誕生日なのかとか、もう16になってたのかと、地下で日にちの感覚が狂っていた僕にとっては、その一言に多くの情報が含まれていると言っても過言ではなかった。

何せ16歳という年齢は、ただ年をとっただけとは言えない年齢なのだから。

「ありがとう……ございます」

「喜ばしいことにこの父がお前の16になった祝いに、嫁ぎ先を決めてやった」

「ありがとうございます……」

やはりそうなのだと思った。16はこの国で結婚ができる年齢なのだから。父が1週間ほど前から機嫌がよかったのは、きっと父にとって都合のいい嫁ぎ先だろうことは簡単に想像できる。傷の手当ても少しでも自分のしたことを隠すためなのかもしれない。何年と積み重なった傷が1週間程度で消えるはずもないが、浮かれているせいか、多少なら多目に見られる嫁ぎ先なのか、はたまた父の頭が回ってないかのいずれかだろう。

どのみち特殊なΩとして過去事件にもなったことがある僕を娶ろうなんて、女性であっても男性であってもろくな人物ではなさそうだ。Ωが珍しいからと面白半分で娶っただけの人なら、最悪今までの地下生活よりかはマシな生活が送れるかもしれない……。よくて夫に放置される仮面夫婦が僕にとっては幸せな道なのは確実だ。暴力だけでもなくなることを祈ることしか僕にはできない。

どうせ逃げ出したところで、どこへ行っても僕はろくな扱いを受けないことが目に見えるから。

「嫁ぎ先といっても婚約段階だが、できそこないのお前にお似合いな、できそこないαとの婚約が決まったぞ。地位や権力だけはあるからな、初めてお前が役に立ちそうだ」

「できそこないのα……ですか?」

Ωができそこないというのは常識なほどに浸透している国だと思うが、αのできそこないとはあまりにも似合わない言葉。何せαは才能の塊と言われ、天才は決まってα性なくらいだ。だから数少なくなっていくαをまた増やすにはどうしたらいいのかという研究が国を主体として行われているほど。

同じく数が減っているΩとも関係があるのではと言われているからこそ、僕も何度か研究材料になったくらいにαの存在は大きい。そのαを、βの父ができそこないと言い切った。αに近いβである兄ですら自らの手柄のように自慢しようとする権力の次に第二性別重視なところもあるあの父がだ。

「地下にずっといたお前は知らないだろうが、世間では公爵家の息子でαなのに、αらしくない外見と言動で有名なんだ。おかげで26にもなって一度婚約者に逃げられてからは、一人も婚約者にすらなってもらえず子爵家の私のところにまで話が回ってきた。向こうも随分必死なのだろう。多額の金を用意してくれたぞ?はーっはっはっはっ」

既にお金は受け取っているせいでここのところ機嫌がよかったことがわかった。にしてもまさかの公爵家……王家の血筋を持つ貴族社会では王家の次に高い権力を持つ存在と婚約するなんて思ってもみなかった。王家にαが生まれなかった場合、公爵家のαが王家の養子か嫁ぐことによって立場が入れ替わることもあると言われるぐらいに王家にも近い存在だ。

そんなところにいくら婚約者が見つからないとはいえ、僕でいいんだろうか?そう思えてならない。もし公爵家でいつしかのように人を狂わせるようなことがあればただではすまないだろう。それを父はわかっているのだろうか?お金に目が眩んだとしか思えない。

厄介払いもできてちょうどいいとすら思ってそうだ。思った以上に厄介そうな嫁ぎ先に不安が募るものの僕にはどうしようもない。下手をすれば希望どころか絶望に落とされる可能性だってある。喜びを隠せない父とは裏腹に僕は不安が大きくなっていくばかりだった。

その不安を広げる要因がもうすぐそこに近づいていることも知らずに……。
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