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しおりを挟む「なんの騒ぎでございますの?」
その時、ヒールの音を響かせてその場に割って入った令嬢がいる。
言わずもがな、公女である。
「おおレジーナ嬢、よいところへ!」
公女の姿を見止めて、王子が喜色もあらわに声を弾ませる。よいところも何も、彼女もこの場に参加していると分かっていて声高に騒ぎに仕立てたのだから、王子としては来てもらわなければ困る。
「殿下。わたくし、名を呼ばせるほど親しくお付き合いさせて頂いてはおりませんが?」
「細かいことは良いではないか!それに喜ぶがいい!このオレが、そこな犯罪者に代わってそなたの婚約者になってやろうというのだからな!」
「…………犯罪者?」
婚約者になってやろう、という尊大な物言い以上に、犯罪者という一言が公女の心に引っかかった。
彼女の目の前には王子と、王子に礼を捧げたまま騎士たちに囲まれている自身の婚約者の姿がある。彼女はちょうどふたりの中間地点の横合いから姿を現した格好だ。
公女はまず目を眇め、手にした扇を開いて口元を隠した。
そうしておもむろに、口を開く。
「わたくしの愛しい婚約者を、今、犯罪者とお呼びになりまして?」
「そなたには俄に受け入れられぬ現実だろうが、受け入れてもらわねばならん!」
「……その者の、どこが犯罪者だと仰るので?」
問われて王子は、ここぞとばかりに得意げに胸を張った。
「思い出すのも辛かろうが、そなたは2年前、辛い目に遭ったであろう?」
「………………。」
「その事件を密かに計画し実行したのが、それなる犯罪者よ!」
「…………証拠の提示を、願えますか?」
「よかろう!今この場には調査報告書しかないが、とくと見るがよい!」
いつの間にか王子の脇に控えていた王宮執事が、青ざめた顔で報告書とやらの束を載せた盆を捧げ持ち、公女へと近付こうとする。
公女は顔を隠していた扇を、パチリと閉じた。
「読むまでもありませんわ。よろしい、ならば王家とは戦することに致しましょう」
そうしてハッキリと、そう告げたのだ。
「…………は?」
面食らったのは王子である。
今の会話の一体どこに、戦争の火種があったというのか。
だが王子が面食らっている間に、公女は後ろに控えていた配下家門の令嬢たちに命じて、公爵家と公爵領への連絡のために矢継ぎ早に指示を出している。それとともに婚約者に「いつまで畏まっているのです。敬意を払う相手はよく見極めなさい」と声をかけ、彼は王子の許可も得ず身を起こしてしまったではないか。
「まさかと思ってはいましたけど、本当に仰せのとおりになっちゃいましたね」
「あら。貴方もしかして、公爵家の情報収集力を見くびっていたの?」
「そういうわけではありませんが、長年仕えてきた王家をもう少し信じたかったというか……」
「俄には受け入れられぬ現実でも、受け入れねばならないらしくてよ?」
「……はは。全く、その通りですねえ……」
「待て待て待てぇーい!」
目の前で交わされる会話に、慌てた様子で王子が割り込んだ。
「一体なんの話をしている!?そもそもいつ誰が面を上げて良いと言った!?」
「あら、わたくしがそう命じたのを聞いておられませんでしたか?」
「私がお仕えするのは、唯一レジーナ様のみですので」
「な…………!」
目の前の両者からは従う素振りもなく、敬意すら払われないことに王子は絶句して、そして激高した。
「騎士ども!こやつらを捕らえよ!王家に対する不敬罪である!」
だが警護の隊長以下、誰も動こうとはしなかった。
「ですから殿下。殿下には我らへの命令権などありませぬ」
「そんな事を言っておる場合か!?」
「どんな場合であっても、指揮命令系統の遵守は絶対です。我らに命を下せるのは王と宰相、学園長、それに騎士団長だけでございます。そして」
激高する王子に向かって淡々と、警護の隊長は正論を述べる。その上で、彼は公女に向かって一礼したあと改めて王子に向き直った。
「侯爵家は筆頭公爵家の配下でありますれば、今この時をもって公爵家に、次期公に従うのみ!」
その上で、そうハッキリと宣言してのけたのだ。
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