夜空のダイヤモンド

柊 明日

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2章 初恋のおわり

15話 ※R18描写あり

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「楓」

 後ろから詩音くんが僕を抱きしめる。耳元で囁かれる声がくすぐったいが、同時にこの後のことを考えるとゾッとした。また、あの痛みに耐えなくてはいけないのか。しかし。

「いい香り」

 そう彼が僕の肩へ顔を埋めるのはこういう時にしか体験できなくて、やっぱりこのためならいくらだって我慢してみせようと思えてしまうのだから恋とは恐ろしいものだ。僕は後ろから回された腕を抱きしめて、首筋に刺さって少しくすぐったい彼の髪の毛をわしゃわしゃと撫でてやった。

「香水の匂いやで」と僕が笑う。
「へぇ、どこの?」と彼は顔を上げて僕の顔を覗き込んだ。

 目の前に、艶やかな頬が現れる。僕にはそれに触れる権利すらあるのかはわからないが、我慢できなくてついキスをした。薄暗い中、彼の見開かれた瞳に光が反射した。

「教えるわけないやん。嗅ぎたくなったらまた、ぎゅーってしてや」
「……うん、それもそうだね」

 詩音くんは、ふふっと優しく微笑みを浮かべて僕の髪の毛を逆なですると、露わになった耳へチュッと音を立ててキスをした。

「ひぁッ」

 ドキッと心臓が跳ね上がるのと同時に、ざわっと胸がくすぐったくなるのに堪えきれず思わず声が漏れる。慌てて耳を塞ごうと手を添えると、彼はその手を掴み上げ僕をそのまま前方へ押し倒した。

 家のものよりはるかに柔らかいベッドが僕を包む。しかし、どうしても清潔に思えない布団を体から遠ざけようと掴まれた反対の手で起き上がろうとするが、詩音くんはそれを許さなかった。太ももに、彼の硬くなったソレが押し付けられる。だから僕は、様々な感情を押し殺して黙り込む。今日もまた、ひなたになれるように。

 彼の手はすぐにシャツの中に忍び込んだが、それは触れるか触れないかの瀬戸際の中まるで焦らすようにお腹をぐるぐると撫で上げた。そんなのはいい。触れたいところへさっさと触れて、そのまま挿れてくれればいい、と僕は思う。そんな僕の想いとは裏腹に、彼は一度手を抜き出し、僕の体に強く抱き着いた。

「好き……」

 ドキッと胸が跳ね上がる。しかしその一方で、大きなため息を零したくなる自分もいた。こんなに大きな愛を抱えているのに報われない詩音くんが、可哀想で。ここにいるのがひなたではなく僕であることが、申し訳なくて。そして。なにより、図々しくもひなたの代わりに付き合ってもらった僕が、彼の願いすら叶えてあげられないのだと思うとどうにも呼吸が苦しかった。
ホテルへ向かう前、子供たちと遊ぶ彼の表情を思い出す。将来は子供が欲しい。そう語る彼の表情は、本当に生き生きとしていた。
僕は複雑な感情を押し殺し気持ちをリセットするべく、ふぅと息を吐く。

「挿れて、ええんやで」

 そして、出来るだけ彼の前にいるひなたを壊さないように、小さな声で声をかけた。彼はその言葉を聞くや否や、僕から離れたかと思えばその体勢のまま僕のズボンを下着ごとずり下す。もちろん、彼がナカを解してくれたりなんてするはずもない。彼は迷いなく大きくそびえたつモノをあてがうと、僕の後ろから勢いよく押し込んだ。
賢明な判断だと思う。この体勢だと、彼から僕の顔は見えないから。このまま早く終わらせてしまえばいい。

 ナカが引き避けてしまうのではないか、と思う程の強烈な痛みには相変わらず慣れない。僕は目の前の、どこの誰の汗が染みているともわからない布団で涙を拭う。幸い、僕を見てはくれない彼の瞳から涙を隠すのは容易かった。
 彼の肌が僕の腰と触れ合うと同時に、異物感が最奥まで到達する。痛みをも超越する吐き気に、僕は思わず両手で口を抑えた。詩音くんは、何を勘違いしたのかそんな僕の腕を掴み上げ耳元で甘い言葉を囁く。

「声、出して」

 出るとしたら悲痛な嘆声だ、と僕は思う。それでも彼を萎えさせたくなかったから、まるで恥ずかしくて声を聞かせたくないように首を振ってみせた。幸い少し抜けている彼は、僕の気持ちも知らずその反応に満足したのかふっと笑って僕のうなじに口づけた。

 もしこれがひなただったら。きっと、もっと素直に反応を見せるのだろう。もしかしたら、痛いと騒いで泣くかもしれない。しかし。そんなひなたも可愛いと、彼はそう言って笑って謝るのだろう。いいや、詩音くんのことだ。彼の涙に慌てふためいて、むしろひなたに心配されるのかもしれない。そんな詩音くんもまた、少し可愛いと思う。

「出すよ」

 感覚の麻痺してしまったナカの異物が行ったり来たりとしばらくの間僕を抉った後、彼はようやくそう言って強く僕を抱きしめた。
ナカの感覚なんてわからないから、もう出たのかもわからない。しかし、抱きしめてくれる彼の体はいつにも増して暖かかった。

「お疲れ様」と僕が言う。
「ありがとう」と彼は力なく呟いた。

 ナカから異物感が消えると同時に、生ぬるい液体が太ももを伝う。彼はそれを手の甲で拭うと、僕の肩を抱いてごろんとベッドへ横になった。僕も、彼に身を委ねたままベッドへ身を沈める。さっきまで気にしていた布団の見えない汚れも、彼とこうできるのなら気にならなかった。
 詩音くんは、何も言わなかった。ただ僕の顔をじっと見て、そしてゆっくりと目を閉じた。

 彼に抱かれたまま時が過ぎる。この時間はあの大きな苦痛を乗り越えたご褒美にでも十分すぎるもので、僕は幸せを噛みしめながら目を瞑った彼の頬をそっと掌で覆う。とっくのとうに意識を夢の世界へ飛ばした彼はニコリと口角を上げ、僕の手へその大きな手の平を重ねた。大方、脳がひなたとでも勘違いしているのだろう。それでも、構わなかった。なのに。

 気づくと、枕が濡れていた。ずっと好きだった詩音くんとこんなことができてしまって、更には抱きしめられながら眠れるなんて、こんな幸せなことはないはずなのに。
 なのに。どうしても、心に引っ掛かってしまった。詩音くんは子供が大好きで、そんな彼はもちろん将来は子供を欲していること。ましてや、僕はあくまでひなたの代わりで。詩音くんはモテるから、“ひなたの代わりである僕の代わり”なんてきっと電話一本でいくらでも呼びつけられてしまうんだと思う。
 ならば、と僕は思う。僕の存在意義って、なんだろう。

 詩音くんにとって、僕はなんなのだろう。

 彼の頬へ触れた手を離して、流れる涙を再び布団で拭う。もう、僕は僕が分からなかった。

 さっきまでカレが入り込んでいたソコに指を押し込む。初めは自分でこんなところへ指を入れるなんて、と戦慄したものだが気づいたら慣れていて、今では指を押し当てるだけでもすんなりと入り込んでしまうようになった。汚い。そんな感情を捨てて、僕はその中の白濁を丁寧に掻き出した。
 こんな恥ずかしいことを、彼の隣でなんて、とまた涙が溢れそうになる。きっとひなたなら、一茶が丁寧に処理してくれていることだろう。いいな、と思う。ひなたはそんなに、大切にされていて。
 僕は今日も、一人で後処理をして、なんとなく何度も手を洗って、そして彼の顔を眺めながら眠りについた。

「詩音くん。おやすみなさい」

 もちろん、先に眠ってしまった彼は僕の言葉に応えてはくれなかった。
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