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1章 覚悟のとき
30話 くまさんの大好物マシュマロホイップクリームましましパンケーキ
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マンションを出て、やけに機嫌の良い聖也くんに手をを引かれること十数分。頭上から照り付ける太陽がいい加減暑くて、汗が吹き出してきた頃。
目の前にこじんまりとした、しかしまるで小人のお家のようなパステルカラーを基調とした存在感のある建物が現れた。
こんなに目立つ建物あったっけ、と考える。しかし。そういえば聖也くんは、最近できたと言っていたっけ。
僕はそんな物珍しい建物を見上げて、あまりの男二人での入りにくさにあんぐりと口を開けた。
「これ、食べたかったの」
聖也くんはそう言って、夏に似合わぬ長袖パーカーから指先を出して店先に展示された、クリームが山盛りに乗ったパンケーキの食品サンプルを指し示した。
クリームの上にはマカロンやホワイトチョコレート、さくらんぼなどがギッシリ乗っていて、隣には砂糖でできた熊さんが鎮座している。……考えただけでも甘そうだ。
自然と分泌された唾液を飲み込みながら、聖也くんへと視線を移す。彼は、まるでなにかを強請る時の小春のようにじっと僕を見上げた。
しかし、と思う。僕はそのサンプルへ顔を近づけ、まじまじとガラスケースを覗き込んだ。
「食べ切れるんですか?」
「大丈夫。パンケーキは思ったより大きくないよ」
確かに、彼の言う通り土台となるパンケーキは僕の手のひらが2個もあれば覆い隠せる程であった。しかし。なにぶん、その上に乗ったボリューム満点のクリームが気になって顎を擦る。
彼が残したら、僕は絶対食べきれないぞ、と。
しかし、聖也くんはそんなことを考える僕の手を引き、早々に入店を済ませてしまうのだった。
席には思った通り、女の子のグループやら男女のカップルやらが見受けられる。そして。その人たちは、僕達が入店するや否や、顔を上げてちらりと僕たちを確認した、気がした。
「聖也くん、なんか見られてる気がします」
僕が言うと彼はすかさず僕の後ろへ身を隠しながら背を押してきた。
「隠れられるように橙花連れてきたんだから、想定内」
やられた、と思う。てっきり、もっとカップルのデートらしい展開になると思っていたのに。
僕は落胆しながらも、でもそんな彼らしい所にどこか喜びを感じながら、案内されるがままにハートの散りばめられた席へ腰をかけてメニューを開くのだった。
聖也くんが、しっかりと距離を開けて隣へ座り、控えめにメニューを覗き込んでくる。しかし、特に商品を選ぶ様子はなくどちらかと言うと僕の選ぶものを観察しているようであった。
どうせなら、あまりお高くなくて沢山食べられるような、コスパのよいものがいい。
僕は、表紙にあったお得な5段パンケーキとクリームソーダ、そしてアイスクリームのセットに決めて、机の上に置かれた金色の小さなベルを鳴らした。
チリンと綺麗な音に反応して、「はーい」と高い声がなった。
しばし待つと、可愛らしいピンク色のエプロンを纏った店員さんが小走りにやって来て、僕らの前でお辞儀をした。
「ご注文はおきまりですか?」
「夢のパンケーキセット1つと、くまさんの大好物マシュマロホイップクリームましましパンケーキ1つください」
「パンケーキセット1つと、マシュマロホイップパンケーキですね」
彼女はそう商品を復唱して、再び小走りにキッチンへと戻って行った。
隣から、ふふふと声を殺して笑う声が聞こえる。慌てて声の元へ目をやり眉を顰めると、彼は更に愉快そうにビシビシと僕の肩を叩いた。
「バカ真面目にあんなメニュー名全部読むことないだろ」
「だって、書いてあったから」
僕が口を尖らすと、彼はまた愉快そうに笑った。
あんなのを読み上げさせられて恥ずかしいやら、悔しいやら。しかし。同時に、どこか安堵感を抱いていた。
さっきまで泣いていた聖也くんが、こんなに楽しそうに笑うから。だから。そんなにはしゃぐ程にここに来てみたかったのかと、そう思う。だから。
僕はそんな彼の隣でスマホのメモアプリを開いてテーブルへ置くと、右手で頬杖を着いて左手に居る彼へ優しく視線を送った。
「他に行きたいところ、やってみたいこと。ないんですか?」
「んーと」
彼は少し考えるように目を伏せたが、直ぐに顔を上げ、パーカーの袖を弄りながら次々と言葉を並べた。
「パンケーキ食べること、あの曲完成させること、ゲームも完成させること。あと、俺のやってるゲームで今回のシーズン、いいランクとりたい」
普段のんびりした口調の彼が、あまりに前のめりに話す物だから、思わず呆けてしまう。どうやら、余程情熱があるらしい。
僕は、そんな彼の言葉を箇条書きにして、一つ一つメモを取っていった。
そう話しているうちに、僕たちのパンケーキが届き、彼は話を中断させて手を合わせる。しかし、そんな無邪気さには似合わず聖也くんは、綺麗にフォークとナイフを使ってパンケーキを切り分け、小さな口でそれにありついた。
そんな様子に見蕩れてしまい、つい目の前のパンケーキの事を忘れてしまう。聖也くんはそんな僕を見て、ふふと笑って僕の大きなパンケーキを指さした。
「早く食べなよ。俺に食べられる前に」
別に、彼が食べたいのなら全然構わないけれど。しかし、そう言うのもまるで僕が彼に付き合ってやっている感じになるから趣味じゃない。
僕はふっと笑って、手元のナイフを握ってパンケーキへと手を伸ばした。
「そんなこと言う前に、自分の食べ切れるか心配した方がいいですよ」
「大丈夫。俺今お腹すいてるから」
彼はドヤ顔でそう言って、しっかりと最後には僕に3分の1ほど余ったパンケーキと、砂糖の塊であるくまさんを押し付けるのだった。
……美味しかったけど。
目の前にこじんまりとした、しかしまるで小人のお家のようなパステルカラーを基調とした存在感のある建物が現れた。
こんなに目立つ建物あったっけ、と考える。しかし。そういえば聖也くんは、最近できたと言っていたっけ。
僕はそんな物珍しい建物を見上げて、あまりの男二人での入りにくさにあんぐりと口を開けた。
「これ、食べたかったの」
聖也くんはそう言って、夏に似合わぬ長袖パーカーから指先を出して店先に展示された、クリームが山盛りに乗ったパンケーキの食品サンプルを指し示した。
クリームの上にはマカロンやホワイトチョコレート、さくらんぼなどがギッシリ乗っていて、隣には砂糖でできた熊さんが鎮座している。……考えただけでも甘そうだ。
自然と分泌された唾液を飲み込みながら、聖也くんへと視線を移す。彼は、まるでなにかを強請る時の小春のようにじっと僕を見上げた。
しかし、と思う。僕はそのサンプルへ顔を近づけ、まじまじとガラスケースを覗き込んだ。
「食べ切れるんですか?」
「大丈夫。パンケーキは思ったより大きくないよ」
確かに、彼の言う通り土台となるパンケーキは僕の手のひらが2個もあれば覆い隠せる程であった。しかし。なにぶん、その上に乗ったボリューム満点のクリームが気になって顎を擦る。
彼が残したら、僕は絶対食べきれないぞ、と。
しかし、聖也くんはそんなことを考える僕の手を引き、早々に入店を済ませてしまうのだった。
席には思った通り、女の子のグループやら男女のカップルやらが見受けられる。そして。その人たちは、僕達が入店するや否や、顔を上げてちらりと僕たちを確認した、気がした。
「聖也くん、なんか見られてる気がします」
僕が言うと彼はすかさず僕の後ろへ身を隠しながら背を押してきた。
「隠れられるように橙花連れてきたんだから、想定内」
やられた、と思う。てっきり、もっとカップルのデートらしい展開になると思っていたのに。
僕は落胆しながらも、でもそんな彼らしい所にどこか喜びを感じながら、案内されるがままにハートの散りばめられた席へ腰をかけてメニューを開くのだった。
聖也くんが、しっかりと距離を開けて隣へ座り、控えめにメニューを覗き込んでくる。しかし、特に商品を選ぶ様子はなくどちらかと言うと僕の選ぶものを観察しているようであった。
どうせなら、あまりお高くなくて沢山食べられるような、コスパのよいものがいい。
僕は、表紙にあったお得な5段パンケーキとクリームソーダ、そしてアイスクリームのセットに決めて、机の上に置かれた金色の小さなベルを鳴らした。
チリンと綺麗な音に反応して、「はーい」と高い声がなった。
しばし待つと、可愛らしいピンク色のエプロンを纏った店員さんが小走りにやって来て、僕らの前でお辞儀をした。
「ご注文はおきまりですか?」
「夢のパンケーキセット1つと、くまさんの大好物マシュマロホイップクリームましましパンケーキ1つください」
「パンケーキセット1つと、マシュマロホイップパンケーキですね」
彼女はそう商品を復唱して、再び小走りにキッチンへと戻って行った。
隣から、ふふふと声を殺して笑う声が聞こえる。慌てて声の元へ目をやり眉を顰めると、彼は更に愉快そうにビシビシと僕の肩を叩いた。
「バカ真面目にあんなメニュー名全部読むことないだろ」
「だって、書いてあったから」
僕が口を尖らすと、彼はまた愉快そうに笑った。
あんなのを読み上げさせられて恥ずかしいやら、悔しいやら。しかし。同時に、どこか安堵感を抱いていた。
さっきまで泣いていた聖也くんが、こんなに楽しそうに笑うから。だから。そんなにはしゃぐ程にここに来てみたかったのかと、そう思う。だから。
僕はそんな彼の隣でスマホのメモアプリを開いてテーブルへ置くと、右手で頬杖を着いて左手に居る彼へ優しく視線を送った。
「他に行きたいところ、やってみたいこと。ないんですか?」
「んーと」
彼は少し考えるように目を伏せたが、直ぐに顔を上げ、パーカーの袖を弄りながら次々と言葉を並べた。
「パンケーキ食べること、あの曲完成させること、ゲームも完成させること。あと、俺のやってるゲームで今回のシーズン、いいランクとりたい」
普段のんびりした口調の彼が、あまりに前のめりに話す物だから、思わず呆けてしまう。どうやら、余程情熱があるらしい。
僕は、そんな彼の言葉を箇条書きにして、一つ一つメモを取っていった。
そう話しているうちに、僕たちのパンケーキが届き、彼は話を中断させて手を合わせる。しかし、そんな無邪気さには似合わず聖也くんは、綺麗にフォークとナイフを使ってパンケーキを切り分け、小さな口でそれにありついた。
そんな様子に見蕩れてしまい、つい目の前のパンケーキの事を忘れてしまう。聖也くんはそんな僕を見て、ふふと笑って僕の大きなパンケーキを指さした。
「早く食べなよ。俺に食べられる前に」
別に、彼が食べたいのなら全然構わないけれど。しかし、そう言うのもまるで僕が彼に付き合ってやっている感じになるから趣味じゃない。
僕はふっと笑って、手元のナイフを握ってパンケーキへと手を伸ばした。
「そんなこと言う前に、自分の食べ切れるか心配した方がいいですよ」
「大丈夫。俺今お腹すいてるから」
彼はドヤ顔でそう言って、しっかりと最後には僕に3分の1ほど余ったパンケーキと、砂糖の塊であるくまさんを押し付けるのだった。
……美味しかったけど。
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