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1章 覚悟のとき
26日 覚悟
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いつか話すと、そう彼が言ってから数週間。もうすぐ春休みも終わる。
それでも。聖也くんの日常は変わらなかった。
早朝、聖也くんが布団を抜け出す時間。と言っても、日すら登っていないこの時間を朝と呼ぶに相応しいかも微妙である。
聖也くんはいつも通りにゴソゴソと布団を抜け出し、リビングへと向かった。相変わらず、何かに焦っている様子である。
はあ、とため息を1つ。僕もまた、小春をひと撫でして、リビングへと向かうのだった。
「おはようございます」
パソコンの前の聖也くんへ声を掛けてキッチンへと向かう。彼はくるりと振り向き僕を見ると、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「半熟の目玉焼きがいい」
「はいはい」
本当に、人生何があるか分からない、と思う。つい最近まで昼まで眠りこけてインスタントラーメンを食べていた僕が、気づけばこんな朝早くからキッチンに立っているなんて。
それもこれも、全部あのわがままで可愛い、僕の恋人のせいだ。
フライパンへ卵を2つ割入れ、水を入れて蓋をする。そして。僕は、キッチンに常備された薬の袋へ手を伸ばした。
中身の例の薬は、1錠も減っていなかった。あれから毎日食事の度に勧めているけれど、また今度という彼の今度は一向に訪れなかった。
僕は少し悩んだ挙句に薬を取り出すことなく袋を閉じ、ご飯をお盆へ並べていった。
「お待たせしましたー」
今日は珍しくヘッドホンをしていない彼へ声をかける。
聖也くんはすぐにヘッドホンをスタンドへかけ直し、テーブルへと寄ってきた。そして、当たり前のように僕の隣へぺったりとくっついて腰を下ろし、料理を眺める。
彼はゆっくりと瞬いて、こてんと小首を傾げた。
「今日は薬いいの?」
いいのだなんて、と思う。
「聖也くんが毎回拒否したんじゃないですか」
「そうだけど」
彼はそう言って箸を手に持ち手を合わせる。そして挨拶をして、おもむろに卵焼きの黄身に箸を刺した。
トロッと、固まり掛けた黄身が溢れ出す。彼はそれに表情を変えずとも隠しきれぬ興奮に目を輝かせ、舌なめずりをした。
「うまそ。ありがとう」
「いえ」
彼のお礼に首を振って、卵焼きをお米へ乗せる。
聖也くんはあんなに目を輝かせたくせに、割れた卵へ口をつけることなく僕をその真っ黒な瞳で捉えたままに動きを止めた。
相変わらずだ。その、何を考えているのか全く分からない瞳、表情。そのどれもが恐ろしくて。僕は手を止め、彼の手をとった。
「ねぇ、どうしたんですか」
と、僕は問う。
「わがままな俺に、愛想を尽かしたわけじゃない?」
と、彼はゆっくりと手を握り返した。
何のことを言っているのだろう、と思う。聖也くんを、他の誰の手にも渡さないという気持ちは今も変わらないし、自分なりに好きを伝えているつもりではいる。
しかし、聖也くんは目を泳がせた後に小さく俯いて口を開いた。
「俺、薬、飲まなくていいの?」
なるほど、と思う。彼はきっと、今までしつこく言われたことがいきなり無くなり、不安になったのだろう。ならば、と僕はふっと笑って見せた。
「飲んでくれるんですか?」
「飲まないけど……」
彼は案の定すぐさまそう拒否して、目を逸らした。飲まないけど、飲めと言われたいだなんて。まるでメンヘラだ、と思う。
「じゃあ」と、僕は言った。「聖也くんが飲んでくれるまで待ちますよ。曲が完成して、ゲームも完成したら飲んでくれますか?」
聖也くんはそれを聞き、なんだか安心したように柔らかく微笑んで、そして僕に体重を預けた。
「ねえ、聞いて」
その声は実に穏やかで。耳がこそばゆいくらいに心地がいい。そのゆったりと低い声が大好きで、僕は首肯で示して耳を傾ける。
彼は、目を瞑りその暖かい手で僕の手を強く握って、小さく呟いた。
「俺さ、手術受けないことにする」
それでも。聖也くんの日常は変わらなかった。
早朝、聖也くんが布団を抜け出す時間。と言っても、日すら登っていないこの時間を朝と呼ぶに相応しいかも微妙である。
聖也くんはいつも通りにゴソゴソと布団を抜け出し、リビングへと向かった。相変わらず、何かに焦っている様子である。
はあ、とため息を1つ。僕もまた、小春をひと撫でして、リビングへと向かうのだった。
「おはようございます」
パソコンの前の聖也くんへ声を掛けてキッチンへと向かう。彼はくるりと振り向き僕を見ると、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「半熟の目玉焼きがいい」
「はいはい」
本当に、人生何があるか分からない、と思う。つい最近まで昼まで眠りこけてインスタントラーメンを食べていた僕が、気づけばこんな朝早くからキッチンに立っているなんて。
それもこれも、全部あのわがままで可愛い、僕の恋人のせいだ。
フライパンへ卵を2つ割入れ、水を入れて蓋をする。そして。僕は、キッチンに常備された薬の袋へ手を伸ばした。
中身の例の薬は、1錠も減っていなかった。あれから毎日食事の度に勧めているけれど、また今度という彼の今度は一向に訪れなかった。
僕は少し悩んだ挙句に薬を取り出すことなく袋を閉じ、ご飯をお盆へ並べていった。
「お待たせしましたー」
今日は珍しくヘッドホンをしていない彼へ声をかける。
聖也くんはすぐにヘッドホンをスタンドへかけ直し、テーブルへと寄ってきた。そして、当たり前のように僕の隣へぺったりとくっついて腰を下ろし、料理を眺める。
彼はゆっくりと瞬いて、こてんと小首を傾げた。
「今日は薬いいの?」
いいのだなんて、と思う。
「聖也くんが毎回拒否したんじゃないですか」
「そうだけど」
彼はそう言って箸を手に持ち手を合わせる。そして挨拶をして、おもむろに卵焼きの黄身に箸を刺した。
トロッと、固まり掛けた黄身が溢れ出す。彼はそれに表情を変えずとも隠しきれぬ興奮に目を輝かせ、舌なめずりをした。
「うまそ。ありがとう」
「いえ」
彼のお礼に首を振って、卵焼きをお米へ乗せる。
聖也くんはあんなに目を輝かせたくせに、割れた卵へ口をつけることなく僕をその真っ黒な瞳で捉えたままに動きを止めた。
相変わらずだ。その、何を考えているのか全く分からない瞳、表情。そのどれもが恐ろしくて。僕は手を止め、彼の手をとった。
「ねぇ、どうしたんですか」
と、僕は問う。
「わがままな俺に、愛想を尽かしたわけじゃない?」
と、彼はゆっくりと手を握り返した。
何のことを言っているのだろう、と思う。聖也くんを、他の誰の手にも渡さないという気持ちは今も変わらないし、自分なりに好きを伝えているつもりではいる。
しかし、聖也くんは目を泳がせた後に小さく俯いて口を開いた。
「俺、薬、飲まなくていいの?」
なるほど、と思う。彼はきっと、今までしつこく言われたことがいきなり無くなり、不安になったのだろう。ならば、と僕はふっと笑って見せた。
「飲んでくれるんですか?」
「飲まないけど……」
彼は案の定すぐさまそう拒否して、目を逸らした。飲まないけど、飲めと言われたいだなんて。まるでメンヘラだ、と思う。
「じゃあ」と、僕は言った。「聖也くんが飲んでくれるまで待ちますよ。曲が完成して、ゲームも完成したら飲んでくれますか?」
聖也くんはそれを聞き、なんだか安心したように柔らかく微笑んで、そして僕に体重を預けた。
「ねえ、聞いて」
その声は実に穏やかで。耳がこそばゆいくらいに心地がいい。そのゆったりと低い声が大好きで、僕は首肯で示して耳を傾ける。
彼は、目を瞑りその暖かい手で僕の手を強く握って、小さく呟いた。
「俺さ、手術受けないことにする」
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