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1章 覚悟のとき
18話 ひとりにしないで
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「聖也くん、大丈夫?」
くったりと僕に寄りかかり、息を荒らげる聖也くんの背中をゆっくりと摩る。彼は首を横に振って僕の肩へ顎を置くと、そのまま目を瞑った。
「待って、寝ないでください。風邪引きますよ」
慌てて彼の肩を揺すり、両手で頬を包む。彼は面倒くさそうにまぶたを持ち上げて、ゆっくりと目を擦った。
「橙花、洗って」
そして、そんなことを言って再びぐでんと体を預けられる。
全く、子供みたいな人だ。
僕はそんな彼の腕をすり抜け湯船を出ると、うとうとする聖也くんの頭をせっせと洗ってやるのだった。
そうしてようやく全て荒い終えた僕は、初めての作業にくたくたになりながら自分の頭を洗う。
先に寝ててと追い出した彼は、ちゃんと寝ているだろうか。でも。あんなに眠たそうだったのだから、きっと眠っただろうと。そう思ったのはつかの間。
シャワーの音の合間から、何やら優しい音がする。彼らしくもなくゆったりとした曲調は、彼の睡魔のせいだろうか。
「寝ててって言ったのに」
でも。お風呂を出てからも寝なさいと叱るという口実でまだ聖也くんとお話出来るのが嬉しくて。
僕はついふっと息を漏らしながら、急いで体を洗うのだった。
そうして彼とは違いしっかり髪を拭いて、脱衣所を後にする。リビングにはズボンも履かずに大きなTシャツ一枚の姿で、ギターを持って必死に楽譜と睨めっこする聖也くんがいた。
「聖也くん、なんて恰好してるんですか」
僕は思わず両手で両目を覆い、声を上げる。
「暑いから」
彼は楽譜から目を離すことなくそう呟いた。本当に困った人だ。
せめて、彼の足にひざ掛けでもかけてやろうと傍へ寄り直視しないよう目を逸らしながら上から彼の足を覗き込む。
そこには、小春が丸まって眠っていた。
「小春もなんてとこで寝てるの! おうち戻るよ」
慌てて勢いよくしゃがみこんで眠る彼女を抱き上げ、ゲージへ戻そうと立ち上がる。しかし。聖也くんはそんな僕の腕を掴んで、初めて楽譜から顔を上げた。
「やだ、小春と一緒に寝る」
なんだか、やっぱり小春に負けているようで悔しい。でも。
「じゃあ」
と僕は彼へ小春を差し出して言った。
「潰さないこと、ちゃんとベッドで寝ること」
彼はこくんと頷いて手を伸ばす。しかし、僕は彼女を抱いた腕をひっこめた。
「それと、今すぐ寝ること」
彼は、伸ばした手を引っ込めてパソコンの隣の置時計へと視線を送る。そこにはもう天井をもまわった時刻が示されており、寝るには丁度いい時間であった。しかし、彼は渋るように顎を擦る。
これはだめだ、と思った僕は再び彼の隣へしゃがみこみ、そんな彼の腕を肘で小突いた。
「さっきは眠たそうだったじゃないですか。なんでこんな時間に曲書きはじめちゃったんですか」
彼の手元の楽譜を覗き込む。どうやら、彼にしては案外進行は悪くなさそうだ。
彼はしばし沈黙してから、大きく首を振って手を伸ばした。
「今寝るから。小春抱かせて」
欲しい回答は得られなかったが、まぁいいだろう。僕が小春を差し出すと、聖也くんは相変わらず真顔なくせに小春に頬擦りをしてからのっそりと立ち上がり、寝室へ向かった。
彼氏より小春か、と思う。でも。まぁあんな天使相手なら仕方がない。
僕はリビングの電気を消そうと立ち上がり、スイッチの場所へ向かう。しかし。聖也くんは不思議そうに振り向いて僕を見た。
「お前も一緒に寝るんでしょ?」
どき、っと心臓が音を立てた。今までは頑なに拒否したくせに。でも。
「電気消すだけです。すぐ行きます」
僕はまるで当たり前であるかのようにそう言ってのけて電気を消し、平然を装って彼の後をつけた。
「……えっちはしないからね」
しばしの沈黙の後、彼は小さな声でそう言った。
「さっきしたじゃないですか」
僕の言葉に、聖也くんは返事をしなかった。でも。彼の心情は僕には筒抜けだった。
前を歩く彼はまるで焦るようにひょこひょこと黒髪を揺らして、駆け足に寝室へ向かう。
そんな彼を見て僕はぷっと笑みを零しながら、のんびりとそんな彼の背を眺めるのだった。
ベッドへ着いてから、彼が眠るのは一瞬だった。それはもう、彼が言うような行為を彷彿とさせる暇もないくらいに。
そして。彼の腕の中には、心地よさそうにピーピーと鼻を鳴らす小春がいる。こんなの、襲えるはずもなければ、そんな気も起きない。
僕はそんな彼の寝顔を眺めながら、睡魔がくるのを待つ。しかし。もちろん、そんなものは一向に訪れる気配はない。むしろ、彼の寝顔を見れば見るほど、不安感が増していく気がした。
忘れないと約束をしたまではよかった。
1%というとんでもない確率に信頼を寄せてしまった愚かさも、今は一旦目を瞑ろう。ただ、だ。
じゃあ、手術はいつになるんだろう。それを知らなくちゃ、これからの彼との過ごし方を決められない。
彼のおじいさんとおばあさんには、いつちゃんとした説明をするのだろう。まさか、あんな雑な説明で、しかも記憶がなくなる可能性の話すらしていない今の状況で、手術に臨むわけにはいかないと思う。でも、聖也くんならあり得そうだ。
僕が、諭さなきゃいけないのだろうか。そんな残酷なこと、僕に出来るだろうか。
そんなところまで考えたところで。気が付いたら涙が頬を伝っていた。信じていないわけではないのに。しっかり聖也くんとの前を向いているはずなのに。なのに、彼が隣で見ていてくれないと不安で押しつぶされそうだった。
動物園では、ほとんど何も気にせずはしゃげたのに。お風呂でも、彼を真っ直ぐに信じて愛し合えたのに。照れて逃げていく彼の背中を見る僕は、あんなにも穏やかだったのに。
「なんで、先に寝ちゃうんですか……」
震える声で呟いたが、彼が目を覚ますことは無かった。
くったりと僕に寄りかかり、息を荒らげる聖也くんの背中をゆっくりと摩る。彼は首を横に振って僕の肩へ顎を置くと、そのまま目を瞑った。
「待って、寝ないでください。風邪引きますよ」
慌てて彼の肩を揺すり、両手で頬を包む。彼は面倒くさそうにまぶたを持ち上げて、ゆっくりと目を擦った。
「橙花、洗って」
そして、そんなことを言って再びぐでんと体を預けられる。
全く、子供みたいな人だ。
僕はそんな彼の腕をすり抜け湯船を出ると、うとうとする聖也くんの頭をせっせと洗ってやるのだった。
そうしてようやく全て荒い終えた僕は、初めての作業にくたくたになりながら自分の頭を洗う。
先に寝ててと追い出した彼は、ちゃんと寝ているだろうか。でも。あんなに眠たそうだったのだから、きっと眠っただろうと。そう思ったのはつかの間。
シャワーの音の合間から、何やら優しい音がする。彼らしくもなくゆったりとした曲調は、彼の睡魔のせいだろうか。
「寝ててって言ったのに」
でも。お風呂を出てからも寝なさいと叱るという口実でまだ聖也くんとお話出来るのが嬉しくて。
僕はついふっと息を漏らしながら、急いで体を洗うのだった。
そうして彼とは違いしっかり髪を拭いて、脱衣所を後にする。リビングにはズボンも履かずに大きなTシャツ一枚の姿で、ギターを持って必死に楽譜と睨めっこする聖也くんがいた。
「聖也くん、なんて恰好してるんですか」
僕は思わず両手で両目を覆い、声を上げる。
「暑いから」
彼は楽譜から目を離すことなくそう呟いた。本当に困った人だ。
せめて、彼の足にひざ掛けでもかけてやろうと傍へ寄り直視しないよう目を逸らしながら上から彼の足を覗き込む。
そこには、小春が丸まって眠っていた。
「小春もなんてとこで寝てるの! おうち戻るよ」
慌てて勢いよくしゃがみこんで眠る彼女を抱き上げ、ゲージへ戻そうと立ち上がる。しかし。聖也くんはそんな僕の腕を掴んで、初めて楽譜から顔を上げた。
「やだ、小春と一緒に寝る」
なんだか、やっぱり小春に負けているようで悔しい。でも。
「じゃあ」
と僕は彼へ小春を差し出して言った。
「潰さないこと、ちゃんとベッドで寝ること」
彼はこくんと頷いて手を伸ばす。しかし、僕は彼女を抱いた腕をひっこめた。
「それと、今すぐ寝ること」
彼は、伸ばした手を引っ込めてパソコンの隣の置時計へと視線を送る。そこにはもう天井をもまわった時刻が示されており、寝るには丁度いい時間であった。しかし、彼は渋るように顎を擦る。
これはだめだ、と思った僕は再び彼の隣へしゃがみこみ、そんな彼の腕を肘で小突いた。
「さっきは眠たそうだったじゃないですか。なんでこんな時間に曲書きはじめちゃったんですか」
彼の手元の楽譜を覗き込む。どうやら、彼にしては案外進行は悪くなさそうだ。
彼はしばし沈黙してから、大きく首を振って手を伸ばした。
「今寝るから。小春抱かせて」
欲しい回答は得られなかったが、まぁいいだろう。僕が小春を差し出すと、聖也くんは相変わらず真顔なくせに小春に頬擦りをしてからのっそりと立ち上がり、寝室へ向かった。
彼氏より小春か、と思う。でも。まぁあんな天使相手なら仕方がない。
僕はリビングの電気を消そうと立ち上がり、スイッチの場所へ向かう。しかし。聖也くんは不思議そうに振り向いて僕を見た。
「お前も一緒に寝るんでしょ?」
どき、っと心臓が音を立てた。今までは頑なに拒否したくせに。でも。
「電気消すだけです。すぐ行きます」
僕はまるで当たり前であるかのようにそう言ってのけて電気を消し、平然を装って彼の後をつけた。
「……えっちはしないからね」
しばしの沈黙の後、彼は小さな声でそう言った。
「さっきしたじゃないですか」
僕の言葉に、聖也くんは返事をしなかった。でも。彼の心情は僕には筒抜けだった。
前を歩く彼はまるで焦るようにひょこひょこと黒髪を揺らして、駆け足に寝室へ向かう。
そんな彼を見て僕はぷっと笑みを零しながら、のんびりとそんな彼の背を眺めるのだった。
ベッドへ着いてから、彼が眠るのは一瞬だった。それはもう、彼が言うような行為を彷彿とさせる暇もないくらいに。
そして。彼の腕の中には、心地よさそうにピーピーと鼻を鳴らす小春がいる。こんなの、襲えるはずもなければ、そんな気も起きない。
僕はそんな彼の寝顔を眺めながら、睡魔がくるのを待つ。しかし。もちろん、そんなものは一向に訪れる気配はない。むしろ、彼の寝顔を見れば見るほど、不安感が増していく気がした。
忘れないと約束をしたまではよかった。
1%というとんでもない確率に信頼を寄せてしまった愚かさも、今は一旦目を瞑ろう。ただ、だ。
じゃあ、手術はいつになるんだろう。それを知らなくちゃ、これからの彼との過ごし方を決められない。
彼のおじいさんとおばあさんには、いつちゃんとした説明をするのだろう。まさか、あんな雑な説明で、しかも記憶がなくなる可能性の話すらしていない今の状況で、手術に臨むわけにはいかないと思う。でも、聖也くんならあり得そうだ。
僕が、諭さなきゃいけないのだろうか。そんな残酷なこと、僕に出来るだろうか。
そんなところまで考えたところで。気が付いたら涙が頬を伝っていた。信じていないわけではないのに。しっかり聖也くんとの前を向いているはずなのに。なのに、彼が隣で見ていてくれないと不安で押しつぶされそうだった。
動物園では、ほとんど何も気にせずはしゃげたのに。お風呂でも、彼を真っ直ぐに信じて愛し合えたのに。照れて逃げていく彼の背中を見る僕は、あんなにも穏やかだったのに。
「なんで、先に寝ちゃうんですか……」
震える声で呟いたが、彼が目を覚ますことは無かった。
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