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1章 覚悟のとき
15話 青いペン
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料理にラップをかけて、スカスカの冷蔵庫へ押し込む。きっと、これは良くてお昼ご飯、悪くて夜ご飯だろう。僕は、冷蔵庫をそっと閉めて、リビングへと移動した。
聖也くんは、相変わらずケージの前で寝転がって寝息を立てている。一方で小春はというと、いつの間にか聖也くんの頬に寄り添って丸まっていた。
こんなに密着していると肌が荒れないだろうか。聖也くんの絹のように滑らかで真っ白なその頬へ触れる。小春はモゾモゾと起き上がると、まるで兄弟にやるように彼の頬を舐めた。
同類だと思われてる、なんて聖也くんの動物園での言葉はあながち間違いじゃないのかもしれない。
小春なら、記憶があろうがなかろうが、関係なく聖也くんと仲良くできるんだろうなあ、なんて。少しだけ、思うのだった。
そんな彼に寝室から布団を持ってきて、体へそっとかけてやる。小春の顔は出るようにしてやったが、彼女はすぐに布団へと潜り込んだ。
聖也くんが眠っていると、さすがに少し暇だった。彼の製作途中のゲームを遊ばせてもらうわけにもいかないし、ギターを拝借して鳴らすわけにもいかない。結局、僕はやることがなくて彼の隣に両膝を抱えて座り込んでただ、楽譜へ目を通していた。
楽譜はもうすっかりら僕の口を出した印である青色のペンで染まっている。元はと言えば聖也くんの作品なのに。もしかしたら、と思う。彼はわざと僕に口を出させて真っ青にしようとでもしているのだろうか。そうして僕の好みのものを作ってくれようとしているのかもしれない。僕が、音楽が好きだから。
「可愛いなぁ」
つい、声が零れる。しかし、徹夜明けの彼はこれくらいで目を覚ますことなく相変わらずの寝息を立てていた。ずっと、このまま寝ていればいいと、そう思った。
だって、そうしたら手術の日はこないし、聖也くんと小春。その愛する一人と一匹に囲まれて幸せに過ごせる。もう、このまま時が止まればいい。
「聖也くん、絶対忘れないでね」
僕は、そう呟いて自分の両膝へと顔を埋めた。
無理だと、わかっている。でも。彼が絶対忘れないと言ってくれたから。それは絶対だと言ってくれたから。だから。僕は彼のことを、少し信じてみようと思う。
わがままで不摂生で、どうしようもなく先輩としては頼りない人だけれど。でも。当時知らない人であった僕を、酷い顔をしていたとその一つだけで家にあげてしまうような優しさがあるから。そして、音楽やゲーム。自分の好きなもののためには何日も徹夜で向き合う、まっすぐな人だから。
だからきっと、そんな彼に大切にされている僕が悲しむようなこと、聖也くんがするはずない。絶対に、覚えていてくれるはずだ。と、そう自分に言い聞かせた。
顔を上げると、手に持った作りかけの曲の楽譜が見えた。そう言えば、聖也くんはお昼、これを作るために夜も起きていたんだっけ。せっかくなら。
「少し、やっておいてあげます」
僕はそう独り言を言って、頭の中で彼の赤いギターの音を鳴らすのだった。
そうして、青色のボールペンを置いたのはお昼も大分過ぎたころ。小春が、ゲージの中にあった餌を食べる音により意識が音楽から逸らされる。そういえば、と思う。僕もご飯食べてないんだっけ。
朝に作ったご飯を、少し食べよう、と。そう考えてキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けて、勝手に電子レンジで温めて。そして、一人分のご飯を持ってリビングへ戻る。
そこでは、相変わらず眠たそうな顔をした青年がさっきの僕と同じように膝を抱え込み、僕が書き込みを加えた楽譜をじっと見つめていた。
「起きたんですか」と、声をかけて彼の目の前にご飯を置く。
彼は、それに目をくれることもなく楽譜をしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「さすが橙花。やるじゃん」
そういう彼は、褒めているのかそうでもないのか。表情のない顔を向けるのだった。
聖也くんは、相変わらずケージの前で寝転がって寝息を立てている。一方で小春はというと、いつの間にか聖也くんの頬に寄り添って丸まっていた。
こんなに密着していると肌が荒れないだろうか。聖也くんの絹のように滑らかで真っ白なその頬へ触れる。小春はモゾモゾと起き上がると、まるで兄弟にやるように彼の頬を舐めた。
同類だと思われてる、なんて聖也くんの動物園での言葉はあながち間違いじゃないのかもしれない。
小春なら、記憶があろうがなかろうが、関係なく聖也くんと仲良くできるんだろうなあ、なんて。少しだけ、思うのだった。
そんな彼に寝室から布団を持ってきて、体へそっとかけてやる。小春の顔は出るようにしてやったが、彼女はすぐに布団へと潜り込んだ。
聖也くんが眠っていると、さすがに少し暇だった。彼の製作途中のゲームを遊ばせてもらうわけにもいかないし、ギターを拝借して鳴らすわけにもいかない。結局、僕はやることがなくて彼の隣に両膝を抱えて座り込んでただ、楽譜へ目を通していた。
楽譜はもうすっかりら僕の口を出した印である青色のペンで染まっている。元はと言えば聖也くんの作品なのに。もしかしたら、と思う。彼はわざと僕に口を出させて真っ青にしようとでもしているのだろうか。そうして僕の好みのものを作ってくれようとしているのかもしれない。僕が、音楽が好きだから。
「可愛いなぁ」
つい、声が零れる。しかし、徹夜明けの彼はこれくらいで目を覚ますことなく相変わらずの寝息を立てていた。ずっと、このまま寝ていればいいと、そう思った。
だって、そうしたら手術の日はこないし、聖也くんと小春。その愛する一人と一匹に囲まれて幸せに過ごせる。もう、このまま時が止まればいい。
「聖也くん、絶対忘れないでね」
僕は、そう呟いて自分の両膝へと顔を埋めた。
無理だと、わかっている。でも。彼が絶対忘れないと言ってくれたから。それは絶対だと言ってくれたから。だから。僕は彼のことを、少し信じてみようと思う。
わがままで不摂生で、どうしようもなく先輩としては頼りない人だけれど。でも。当時知らない人であった僕を、酷い顔をしていたとその一つだけで家にあげてしまうような優しさがあるから。そして、音楽やゲーム。自分の好きなもののためには何日も徹夜で向き合う、まっすぐな人だから。
だからきっと、そんな彼に大切にされている僕が悲しむようなこと、聖也くんがするはずない。絶対に、覚えていてくれるはずだ。と、そう自分に言い聞かせた。
顔を上げると、手に持った作りかけの曲の楽譜が見えた。そう言えば、聖也くんはお昼、これを作るために夜も起きていたんだっけ。せっかくなら。
「少し、やっておいてあげます」
僕はそう独り言を言って、頭の中で彼の赤いギターの音を鳴らすのだった。
そうして、青色のボールペンを置いたのはお昼も大分過ぎたころ。小春が、ゲージの中にあった餌を食べる音により意識が音楽から逸らされる。そういえば、と思う。僕もご飯食べてないんだっけ。
朝に作ったご飯を、少し食べよう、と。そう考えてキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けて、勝手に電子レンジで温めて。そして、一人分のご飯を持ってリビングへ戻る。
そこでは、相変わらず眠たそうな顔をした青年がさっきの僕と同じように膝を抱え込み、僕が書き込みを加えた楽譜をじっと見つめていた。
「起きたんですか」と、声をかけて彼の目の前にご飯を置く。
彼は、それに目をくれることもなく楽譜をしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「さすが橙花。やるじゃん」
そういう彼は、褒めているのかそうでもないのか。表情のない顔を向けるのだった。
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