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0章 オーヴァチュア
8話 別れよっか
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スマホのアラームで、目が覚める。昨日の夜
アラームをかけた覚えはない。
そういえば、と思い出す。この前かけたっけ。今日は、友達のバイトのシフトを変わってあげたから、寝坊しないように、って。普段なんてほとんどシフトを入れていないのに、なんで今日に限って。
僕はスマホを枕へと放り出し、再び布団を被った。今日くらい、許してほしい。
なのに。
「橙花」
部屋の戸が開く音がした。
寝たフリでもしようかとふと迷いつつも渋々目元だけ布団から出すと、そこにはもうすっかり記念日モードも終わった、スウェット姿の聖也くんがいた。
「今日バイトでしょ? 起きて」
「休みます」
「だめ。お前がいないと困る人がいる」
「やだ」
剥がされかける布団を強く引き、押し問答を繰り広げる。華奢で綺麗で、か弱い。そう見えていたはずの彼の力は意外と強くて、十数秒も経たないうちに気づいたら全て布団は剥がされていた。
「早く準備しろ。カップラーメンあげるから」
「……悪魔ですか」
こうして、僕は半ば強制で準備を始めることになるのだった。
聖也くんに置いていかれた中一人、スマホのカメラで最低限の寝癖を確認し手櫛で髪を梳かす。といっても、やばいのは寝癖よりも真っ赤に晴れた眼球であった。その上、頬も目の周りも、涙の跡がハッキリしている。
「こんなんで普通、バイト行かせるかなあ」
つい、小言が漏れた。
本当に、我ながらとんでもない人を好きになってしまったものだ。華奢なのも綺麗なのも全部見た目だけで、中身なんて僕なんかよりもよっぽど男らしくて。
「意地悪。悪魔。聖也くんの、ばか」
彼への不満をボソボソと呟きながら、涙のあとを指でゴシゴシと擦る。しかし。
そこが、好きだった。
部屋なんてぐちゃぐちゃな癖に。ご飯はコンビニ弁当ばっかりな癖に。いつもゲームばっかりやってる癖に。なのに、課題の曲は誰よりも真面目に取り組んで、記念日には美味しいケーキを買ってくれて、バイトを飛ぶのは許さないような。そんな、所が好きだった。
「ばか……」
また、涙が溢れ出した。せっかく綺麗にしたのに。慌てて部屋にあったティッシュで拭うが、どうにも止まる気配はない。
背後から、笑い声がした。
「また泣いてるの。カップラーメン出来たよ」
普段はよく分からない表情をしているくせに、昨日からはよく笑うなあと。そう思った。
そうして相変わらず落ち込んだまま、対照的にいつにも増してご機嫌のよい太陽の光に照らされながらカップラーメンを食べて。寝癖のついた聖也くんに寝癖を直されて。顔を拭かれて、バイトの制服を押し付けられて。最後には家から追い出された。
「大丈夫。お前なら出来る」
彼はそう言ったけれど、僕には思い当たる節なんてこれっぽっちもなかった。
もちろん、それは当たっていた。
バイト先の店長は僕の顔を見るなり、聖也くんとは違って物凄く心配してくれた。それはバイトの友達も同じで、なんだか腫れ物扱いで。
それもそうか。いきなり、注文を取りながら泣き出すやつがいたらたまったものではない。
結果、僕は2時間も経つ頃には『お家でゆっくり休みなさい』との名目上、店外へ追放を受けるのだった。
そうなると当然。向かう場所は一つだった。
震える手で、自分の家のお隣のドアノブを捻る。そこは意外にも鍵は開いていた。
リビングへ続く扉の向こうは真っ暗で。しかし、部屋の奥から一筋だけ光がさしている。
初めて行った時と変わらないや、とそう思った。
彼の頭には大きなヘッドホンが付いていて、ただひたすらに目の前の敵を撃ち抜いている。声を上げることも無ければ、振り向くこともない。家に忍び込んだ僕にも気づいていない様子であった。いいや、気付かないふりをしているだけなのかもしれないけれど。
「聖也くん」
彼のヘッドホンを勝手に取って首に掛けてやり、背後から強く抱きしめる。それでも彼の指は動揺を見せることも無くコントローラーのボタンを押すけれど、抱きしめた心臓はドキドキと高鳴っているのを感じた。
「ねぇ、橙花」
彼は、敵を撃ち抜きながら言った。
「別れよっか」
「なん……」
なんで、と最後まで言葉にすることは出来なかった。だって、そう言われるようなことを僕は沢山した。昨日もそうだし、今日だって。彼が無理にでも追い出したのに、帰ってきてしまった。きっと、怒っているのだろうと。ならば謝ろうと。そう思って息を吸うけれど、僕の言葉よりも先に彼は口を開いた。
「お前は悪くないよ。……どうせ俺、お前のこと忘れるから」
息が、出来なかった。
アラームをかけた覚えはない。
そういえば、と思い出す。この前かけたっけ。今日は、友達のバイトのシフトを変わってあげたから、寝坊しないように、って。普段なんてほとんどシフトを入れていないのに、なんで今日に限って。
僕はスマホを枕へと放り出し、再び布団を被った。今日くらい、許してほしい。
なのに。
「橙花」
部屋の戸が開く音がした。
寝たフリでもしようかとふと迷いつつも渋々目元だけ布団から出すと、そこにはもうすっかり記念日モードも終わった、スウェット姿の聖也くんがいた。
「今日バイトでしょ? 起きて」
「休みます」
「だめ。お前がいないと困る人がいる」
「やだ」
剥がされかける布団を強く引き、押し問答を繰り広げる。華奢で綺麗で、か弱い。そう見えていたはずの彼の力は意外と強くて、十数秒も経たないうちに気づいたら全て布団は剥がされていた。
「早く準備しろ。カップラーメンあげるから」
「……悪魔ですか」
こうして、僕は半ば強制で準備を始めることになるのだった。
聖也くんに置いていかれた中一人、スマホのカメラで最低限の寝癖を確認し手櫛で髪を梳かす。といっても、やばいのは寝癖よりも真っ赤に晴れた眼球であった。その上、頬も目の周りも、涙の跡がハッキリしている。
「こんなんで普通、バイト行かせるかなあ」
つい、小言が漏れた。
本当に、我ながらとんでもない人を好きになってしまったものだ。華奢なのも綺麗なのも全部見た目だけで、中身なんて僕なんかよりもよっぽど男らしくて。
「意地悪。悪魔。聖也くんの、ばか」
彼への不満をボソボソと呟きながら、涙のあとを指でゴシゴシと擦る。しかし。
そこが、好きだった。
部屋なんてぐちゃぐちゃな癖に。ご飯はコンビニ弁当ばっかりな癖に。いつもゲームばっかりやってる癖に。なのに、課題の曲は誰よりも真面目に取り組んで、記念日には美味しいケーキを買ってくれて、バイトを飛ぶのは許さないような。そんな、所が好きだった。
「ばか……」
また、涙が溢れ出した。せっかく綺麗にしたのに。慌てて部屋にあったティッシュで拭うが、どうにも止まる気配はない。
背後から、笑い声がした。
「また泣いてるの。カップラーメン出来たよ」
普段はよく分からない表情をしているくせに、昨日からはよく笑うなあと。そう思った。
そうして相変わらず落ち込んだまま、対照的にいつにも増してご機嫌のよい太陽の光に照らされながらカップラーメンを食べて。寝癖のついた聖也くんに寝癖を直されて。顔を拭かれて、バイトの制服を押し付けられて。最後には家から追い出された。
「大丈夫。お前なら出来る」
彼はそう言ったけれど、僕には思い当たる節なんてこれっぽっちもなかった。
もちろん、それは当たっていた。
バイト先の店長は僕の顔を見るなり、聖也くんとは違って物凄く心配してくれた。それはバイトの友達も同じで、なんだか腫れ物扱いで。
それもそうか。いきなり、注文を取りながら泣き出すやつがいたらたまったものではない。
結果、僕は2時間も経つ頃には『お家でゆっくり休みなさい』との名目上、店外へ追放を受けるのだった。
そうなると当然。向かう場所は一つだった。
震える手で、自分の家のお隣のドアノブを捻る。そこは意外にも鍵は開いていた。
リビングへ続く扉の向こうは真っ暗で。しかし、部屋の奥から一筋だけ光がさしている。
初めて行った時と変わらないや、とそう思った。
彼の頭には大きなヘッドホンが付いていて、ただひたすらに目の前の敵を撃ち抜いている。声を上げることも無ければ、振り向くこともない。家に忍び込んだ僕にも気づいていない様子であった。いいや、気付かないふりをしているだけなのかもしれないけれど。
「聖也くん」
彼のヘッドホンを勝手に取って首に掛けてやり、背後から強く抱きしめる。それでも彼の指は動揺を見せることも無くコントローラーのボタンを押すけれど、抱きしめた心臓はドキドキと高鳴っているのを感じた。
「ねぇ、橙花」
彼は、敵を撃ち抜きながら言った。
「別れよっか」
「なん……」
なんで、と最後まで言葉にすることは出来なかった。だって、そう言われるようなことを僕は沢山した。昨日もそうだし、今日だって。彼が無理にでも追い出したのに、帰ってきてしまった。きっと、怒っているのだろうと。ならば謝ろうと。そう思って息を吸うけれど、僕の言葉よりも先に彼は口を開いた。
「お前は悪くないよ。……どうせ俺、お前のこと忘れるから」
息が、出来なかった。
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