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第1章

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 電車での通学時間はドアツードアで約一時間。この時間帯のおかげで、通勤ラッシュからは逃れられてる。駅から学校までの道のりも、人の流れと逆方向。
 高校の正門は、この時間は開いていない。だから、俺はいつも校舎の裏手にある裏門から入る。教師専用の駐車場がこちら側にあるから、ここはいつも早めに開いている。
 俺同様に、こんな時間にやってくる生徒は、運動部の朝練にやってくるような奴らだ。

 人気のない昇降口で上履きに履き替えると、俺は教室ではなく、図書館のほうへと向かう。うちの高校の図書室は、公立の高校の割に、かなりデカい。新館の二階と三階がブチ抜きで図書室になっているのだ。その上、内部で繋がってるように出来ている。
 正直、地元の図書館と比べても、遜色ないくらいだ。それは県内随一の進学校、ということもあるし、うちを母校にしている某有名作家先生からの寄付なんてのもあるせいだ。
 俺はコートの前ボタンを外すと、ブレザーのポケットから鍵を出して、二階の図書室のドアを開けた。

「失礼しま~す」

 小さな声で挨拶をするが、当たり前だが、誰もいやしない。
 図書委員を三年間続けた結果、司書の先生に気に入られたおかげで、俺はここの鍵を預けられている。それは、日ごろの行いってヤツもあるんだろうけれど。

 本の匂いを吸い込むと、俺は白いカーテンで覆われているのを、一つ一つ開けていく。
 薄く曇った空から、弱々しい日差しが降ってくる。新館からは正門に向かって歩いてくる通学路が目の前にある。ポツポツと人の姿が見えてきてはいるが、その様子を気にするでもなく、俺はいつもの指定席、窓際の一番隅の席へと向かう。

 推薦が決まってはいるものの、期末試験は受けなければならない。
 ここで教科書と問題集を広げて勉強を始めたいところなんだが、俺はバッグをテーブルに置くと、俺の大好きなファンタジー関連の書籍が置かれている本棚へと向かった。
 うちの先輩という作家先生というのが、まさにファンタジー作家ということもあって、なかなかの充実ぶりなのは、ありがたい。その先生の新刊もかなり早いタイミングで入ってくる。おかげで俺にとっては本屋いらずだ。

「あ、あった、あった」

 俺は一人で呟くと、その本を手にして席に戻る。それから始業のチャイムが鳴るまで、俺はファンタジーの世界に没頭した。

                     *  *  *

 昼休みになると、購買部へと足を向ける。いつものごとく、戦場と化している中、俺はスルスルと前へと進んでいく。

「お、飯野くん、今日は何にするね?」

 顔見知りの購買のおばちゃんが、俺の顔を見つけるとすぐに声をかけてくれる。

「焼きそばパンにカレーパン、残ってる?」
 
 それが俺の昼の定番だ。しかし、目の前のパンのケースには、それらしきものがもう残っていない。甘い菓子パンばかりが残ってる。
 だけど、おばちゃんはニヤリと笑って奥から二つのパンを入れた白いビニール袋を持ってきてくれる。これもいつも通りのこと。

「当たり前だろ、飯野くんのために取って置いたわよ」
「サンキュ」

 ニッと笑って財布からちょうどの金額を取り出すと、おばちゃんは顔を赤くしながら、両手を差し出す。

「午後も頑張るのよぉ」

 おばちゃんの声に、片手を上げながら戦場から離脱し、途中、自販機で牛乳のパックを買って、教室へと戻る。
 自分の席で昼飯を食っていると、やたらと視線が突き刺さる。これも、いつものことだ。それがどういう意味の視線なのかはよくわからない。俺が目を向けると、すぐに視線が逸らされるからだ。相手は女だけじゃなく、男もだったりするから、意味不明だ。
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