19 / 81
第3章
18
しおりを挟む
長い夏休みが始まった。
乗合馬車の集まったロータリーは、いつものごとく凄いことになっている、という話だ。高位貴族の同級生たちなんかは、家の馬車で自分たちの領地に向かうのだろうけれど、遠方から来ている、あまり裕福ではない貴族の子や、平民の子たちは乗合馬車で帰っていく。
私みたいに、王都に住んでいる者には縁のない話だったのだけれど、この夏はそういうわけにもいかない。
そう、アストリア人のカイルに誘われて、父の祖国、アストリア王国に行くことになっているからだ。乗合馬車で行くと、二週間近くかかるらしい。
二か月の夏休みの間、行って帰ってくるだけで終わりそうではあるけれど、一度は行ってみたかった国だし、あちらに行けば、エルドおじさんにも会えるかもしれない。
その凄く混雑しているはずの乗合馬車に乗るべく、朝早くから準備をして、大きな荷物を背負った私。おじさんやギヨームさんやマリエッタさんに見送られ、屋敷のドアを出たところで、固まる。
目の前に、かなり立派な馬車が止まっていたからだ。
「あ、あれ? こんな早くにお客様?」
振り返って、おじさんに聞くと、おじさんの方も驚いている。
「いや、ギヨーム、誰か予定があったか?」
「い、いいえ」
二人ともが、困ったような顔をしていると、馬車から一人の男性が降り立った。男は、少し口元に苦笑いを浮かべながら、私たちの方へと歩いてくる。
『レイ・マイアール』
少し冷ややかな声で私の名前を呼ぶ男。
目の前で立ち止まると、ジロリと上から下まで、確認するように眺めまわす。黒を基調とした立派な服を着て、白髪を一つに結んで長く下している姿に、見覚えがありすぎる。前に学校で会った人だ。名前は……なんだっけ。
『もしや、サージェント様……ですか?』
先に名前を言ったのは、なぜかサカエラのおじさん。それも、アストリアの言葉で。あちこちに商売に行っている関係上、言葉が堪能なおじさん。しかし、すぐに相手の名前が出てくるなんて、この人と、おじさんは知り合いだったのだろうか。
『ああ、ユージン・サージェントだ。貴方は、ミハイル・サカエラ殿で間違いないな』
『はい……まさか、レイと同行されるのは……』
『私だ』
彼の言葉に固まる私。
「え? あれ? 私、乗合馬車で行くつもりだったんだけど」
「う、うむ……まぁ、でも、カイルが誘った時点で、ある程度、予想はしていたが……まさか、サージェント様が……」
困惑気味なおじさま。困惑するべきは、私の方だとは思うんだけど。
そもそも、一応男爵であるおじさまが、相手に『様』を付けて話しているということは、身分は当然、あちらが上。まさか、この人、貴族か何か?
『レイ・マイアール、荷物はそれだけか』
『え、あ、はい』
サージェント様は上から覗き込むように、私の背中の荷物に目を向ける。
『ダン、この荷物を』
『はい、旦那様』
「え、え、え~っ!?」
いつの間に現れたのか、ポポイノポイッというくらいあっさりと私の荷物を奪い取る、ダンと呼ばれた御者のおじさん。にっこり笑ったかと思ったら、さっさと馬車の方へと戻っていく。
『さぁ、あまり遅くなると、街道が他の馬車でうまってしまう』
『え、あ、はい』
サージェント様に背中を軽く押され、馬車の方へと歩き出す私。
「あ、い、行って来ます!」
慌てて、ドアの前に並んでたおじさまたちに声をかけると、皆、少しばかり苦笑いしながらも、手を振って見送ってくれた。
乗合馬車の集まったロータリーは、いつものごとく凄いことになっている、という話だ。高位貴族の同級生たちなんかは、家の馬車で自分たちの領地に向かうのだろうけれど、遠方から来ている、あまり裕福ではない貴族の子や、平民の子たちは乗合馬車で帰っていく。
私みたいに、王都に住んでいる者には縁のない話だったのだけれど、この夏はそういうわけにもいかない。
そう、アストリア人のカイルに誘われて、父の祖国、アストリア王国に行くことになっているからだ。乗合馬車で行くと、二週間近くかかるらしい。
二か月の夏休みの間、行って帰ってくるだけで終わりそうではあるけれど、一度は行ってみたかった国だし、あちらに行けば、エルドおじさんにも会えるかもしれない。
その凄く混雑しているはずの乗合馬車に乗るべく、朝早くから準備をして、大きな荷物を背負った私。おじさんやギヨームさんやマリエッタさんに見送られ、屋敷のドアを出たところで、固まる。
目の前に、かなり立派な馬車が止まっていたからだ。
「あ、あれ? こんな早くにお客様?」
振り返って、おじさんに聞くと、おじさんの方も驚いている。
「いや、ギヨーム、誰か予定があったか?」
「い、いいえ」
二人ともが、困ったような顔をしていると、馬車から一人の男性が降り立った。男は、少し口元に苦笑いを浮かべながら、私たちの方へと歩いてくる。
『レイ・マイアール』
少し冷ややかな声で私の名前を呼ぶ男。
目の前で立ち止まると、ジロリと上から下まで、確認するように眺めまわす。黒を基調とした立派な服を着て、白髪を一つに結んで長く下している姿に、見覚えがありすぎる。前に学校で会った人だ。名前は……なんだっけ。
『もしや、サージェント様……ですか?』
先に名前を言ったのは、なぜかサカエラのおじさん。それも、アストリアの言葉で。あちこちに商売に行っている関係上、言葉が堪能なおじさん。しかし、すぐに相手の名前が出てくるなんて、この人と、おじさんは知り合いだったのだろうか。
『ああ、ユージン・サージェントだ。貴方は、ミハイル・サカエラ殿で間違いないな』
『はい……まさか、レイと同行されるのは……』
『私だ』
彼の言葉に固まる私。
「え? あれ? 私、乗合馬車で行くつもりだったんだけど」
「う、うむ……まぁ、でも、カイルが誘った時点で、ある程度、予想はしていたが……まさか、サージェント様が……」
困惑気味なおじさま。困惑するべきは、私の方だとは思うんだけど。
そもそも、一応男爵であるおじさまが、相手に『様』を付けて話しているということは、身分は当然、あちらが上。まさか、この人、貴族か何か?
『レイ・マイアール、荷物はそれだけか』
『え、あ、はい』
サージェント様は上から覗き込むように、私の背中の荷物に目を向ける。
『ダン、この荷物を』
『はい、旦那様』
「え、え、え~っ!?」
いつの間に現れたのか、ポポイノポイッというくらいあっさりと私の荷物を奪い取る、ダンと呼ばれた御者のおじさん。にっこり笑ったかと思ったら、さっさと馬車の方へと戻っていく。
『さぁ、あまり遅くなると、街道が他の馬車でうまってしまう』
『え、あ、はい』
サージェント様に背中を軽く押され、馬車の方へと歩き出す私。
「あ、い、行って来ます!」
慌てて、ドアの前に並んでたおじさまたちに声をかけると、皆、少しばかり苦笑いしながらも、手を振って見送ってくれた。
0
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。


【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。

この度、運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
※章ごとに主人公が変わるオムニバス形式
・青龍の章:
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
・朱雀の章:
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。

【完結】冷酷な王太子は私にだけ甘すぎる
21時完結
恋愛
王国の次期国王であり、「氷の王太子」と恐れられるエドワード殿下。
冷酷非情で、誰にも心を許さない彼が――なぜか私にだけ甘すぎる。
私、セシリアは公爵令嬢ながら、家の事情で王太子殿下の婚約者となったものの、
「どうせ政略結婚、殿下は私に興味なんてないはず」と思っていた。
だけど――
「セシリア、今日も可愛いな」
「……え?」
「もっと俺に甘えていいんだよ?」
冷酷なはずの王太子殿下が、私にだけは優しく微笑み、異常なほど甘やかしてくる!?
さらに、宮廷では冷徹に振る舞う彼が、私が他の男性と話しただけで不機嫌になり、牽制しまくるのを見てしまい……
(え、これってまさか……嫉妬?)
しかも、周囲は「王太子は誰にも心を開かない」と言うけれど、
私の前ではまるで別人みたいに甘く、時折見せる執着の強さにドキドキが止まらない!
「セシリア、お前はもう俺のものだ。
……誰にも渡すつもりはないから、覚悟して?」
――冷酷な王太子殿下の本性は、溺愛系の独占欲モンスターでした!?
周囲には冷たいのに、ヒロインにだけ甘く執着する王太子殿下のギャップが楽しめる展開

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います
下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。
御都合主義のハッピーエンドです。
元鞘に戻ります。
ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる