ご落胤じゃありませんから!

実川えむ

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第3章

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 長い夏休みが始まった。
 乗合馬車の集まったロータリーは、いつものごとく凄いことになっている、という話だ。高位貴族の同級生たちなんかは、家の馬車で自分たちの領地に向かうのだろうけれど、遠方から来ている、あまり裕福ではない貴族の子や、平民の子たちは乗合馬車で帰っていく。
 私みたいに、王都に住んでいる者には縁のない話だったのだけれど、この夏はそういうわけにもいかない。
 そう、アストリア人のカイルに誘われて、父の祖国、アストリア王国に行くことになっているからだ。乗合馬車で行くと、二週間近くかかるらしい。
 二か月の夏休みの間、行って帰ってくるだけで終わりそうではあるけれど、一度は行ってみたかった国だし、あちらに行けば、エルドおじさんにも会えるかもしれない。

 その凄く混雑しているはずの乗合馬車に乗るべく、朝早くから準備をして、大きな荷物を背負った私。おじさんやギヨームさんやマリエッタさんに見送られ、屋敷のドアを出たところで、固まる。
 目の前に、かなり立派な馬車が止まっていたからだ。

「あ、あれ? こんな早くにお客様?」

 振り返って、おじさんに聞くと、おじさんの方も驚いている。

「いや、ギヨーム、誰か予定があったか?」
「い、いいえ」

 二人ともが、困ったような顔をしていると、馬車から一人の男性が降り立った。男は、少し口元に苦笑いを浮かべながら、私たちの方へと歩いてくる。

『レイ・マイアール』

 少し冷ややかな声で私の名前を呼ぶ男。
 目の前で立ち止まると、ジロリと上から下まで、確認するように眺めまわす。黒を基調とした立派な服を着て、白髪を一つに結んで長く下している姿に、見覚えがありすぎる。前に学校で会った人だ。名前は……なんだっけ。

『もしや、サージェント様……ですか?』

 先に名前を言ったのは、なぜかサカエラのおじさん。それも、アストリアの言葉で。あちこちに商売に行っている関係上、言葉が堪能なおじさん。しかし、すぐに相手の名前が出てくるなんて、この人と、おじさんは知り合いだったのだろうか。

『ああ、ユージン・サージェントだ。貴方は、ミハイル・サカエラ殿で間違いないな』
『はい……まさか、レイと同行されるのは……』
『私だ』

 彼の言葉に固まる私。

「え? あれ? 私、乗合馬車で行くつもりだったんだけど」
「う、うむ……まぁ、でも、カイルが誘った時点で、ある程度、予想はしていたが……まさか、サージェント様が……」

 困惑気味なおじさま。困惑するべきは、私の方だとは思うんだけど。
 そもそも、一応男爵であるおじさまが、相手に『様』を付けて話しているということは、身分は当然、あちらが上。まさか、この人、貴族か何か?

『レイ・マイアール、荷物はそれだけか』
『え、あ、はい』

 サージェント様は上から覗き込むように、私の背中の荷物に目を向ける。

『ダン、この荷物を』
『はい、旦那様』
「え、え、え~っ!?」

 いつの間に現れたのか、ポポイノポイッというくらいあっさりと私の荷物を奪い取る、ダンと呼ばれた御者のおじさん。にっこり笑ったかと思ったら、さっさと馬車の方へと戻っていく。

『さぁ、あまり遅くなると、街道が他の馬車でうまってしまう』
『え、あ、はい』

 サージェント様に背中を軽く押され、馬車の方へと歩き出す私。

「あ、い、行って来ます!」

 慌てて、ドアの前に並んでたおじさまたちに声をかけると、皆、少しばかり苦笑いしながらも、手を振って見送ってくれた。
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